放課後レンジャー

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第1章 だってそこにダンジョンがあったから

第1話 人生最悪な日①何もなくなった

 15年と半年近く生きてきて、今日は最低な日だった。

 思えば頭痛が酷かった。

 辛かったので「朝ごはんを作れない」と姉の部屋へことわりに行き愕然とした。

 備え付けの家具以外、部屋には何もなくなっていたからだ。

 キッチンと一体化した居間のテーブルに書き置きがあった。

 それは家を出る決意が書いてあり、理由は……出産のためとある。

 父に伝えたら●スとあり、生活費はもらっていくとあった。

 わたしはタンスに走った。今月の振り込まれた生活費をおろしておいたのが、封筒ごとなくなっている。あと、28日、どう暮らせというのだ。

 ちなみに父は海外に単身赴任中である。


 ウチは仮面・仲良し家族だ。

 わたしが5歳の時、姉を連れた父と母が結婚をした。父も母も姉も外面を大変慮る人たちだったので、出かける時は一緒に、仲良く、絵に描いたような幸せそうな家族と思われがちだった。けれどいつだって心は寄り添っていなかったと感じる。特に父が海外転勤になってから、ハリボテの外面が少しずつ剥がされてきた。家の中では母と姉の仲がよくなかった。きつい言い合いになり、わたしはいつも耳を塞いでいた。

 週に一回の確認の電話。生活費を毎月送り込むことで、父は父という役割を果たしていると思っているのだろう。


 母は昨日の夜、山梨のおばあちゃんの家に行った。祖母の介護をするためだ。姉にはわたしから今日伝えることになっていた。

 母に電話をした。祖母の容体を尋ねると、具合が悪くしばらく帰れそうもないと言われ、……わたしはこっちのことは心配しなくていいからと言って、姉のことは伝えずに電話を切っていた。


 長い休みに行く祖母の家で過ごす日々は、いつも楽しかった。大好きなおばあちゃん。できることならわたしも会いに行きたいが、その電車賃をどうしよう。

 大学3年の姉は近頃、体調を悪そうにしていた。機嫌も悪かった。本当にていたのかもしれない。考えなくてはいけないことが山積みだが、呆けていては学校に遅刻してしまう。


 朝起きていつもそうするように、全ての部屋の窓を開けていく。


「風通しをよくしておき。そうすれば大概な嫌なことは飛んでいくけんな」


 これもおばあちゃんの教えだ。

 庭にはいくつかの野菜が植えてある。

 食糧の足しにはなるな。

 帰ってきたら、食材がどれくらいあるかを確認しよう。


 光熱費などは引き落とされるはずだから、気にしなくても大丈夫だ。

 普段買い物に行くようなもの、それが困る。

 お財布を見てみると、3870円しか入っていなかった。

 お年玉、それからお小遣いなどは貯めているが、銀行に預けたものは父が管理している。だからわたしが引き落とすことはできない。


 今あるのは少ないけど、少しずつ使ったことにして貯めておいたタンス貯金のみだ。父に通帳もカードも渡してあるというと、おばあちゃんは「大人になってお金の適切な使い方ができるまで持っていてくれてるんじゃろ」と褒めてから、「でも人知れずどうしてもお金がいる時もある、いっぱいやるとわかってしまうけれど、ほんの少しずつ、タンスの奥に貯金していくといい」と言われた。

 わたしは実行してきた。

 おばあちゃん、ありがとう。野菜の育て方も全部おばあちゃんから習ったものだ。おばあちゃんに会いたい。ゴールデンウィークにはおばあちゃんのところへ行こう。


 いつも通り学校へ行った。お昼は友達に用事があると嘘をついて、お水を飲んでやり過ごした。

 放課後になり、帰宅部のわたしは自転車置き場から自転車を引き上げ、門へ向かった。そこで幼なじみの真由が軽そうな男の先輩たちに囲まれているのを見た。


 高田真由、幼稚園から小・中・高と長く連れ添っている親友だ。……認めたくないが親友だったと言った方がいいかもしれない。

 同じ高校を目指し一緒に合格した時は飛び上がって喜んでいたのに、いざ入学してクラスも別になると、わたしたちの間に距離ができたように感じた。

 真由は美少女だ。顔の造形も整っているけど、色素の薄い瞳がまた印象的だ。色が白く、体型のバランスもすっごくよくて、彼女とお知り合いになりたい人が詰めかけるのはよく見る光景だ。


 真由は人見知りだ。思っていることを伝えるのも苦手で、口を閉ざしてしまう。わたしもそうなので、真由の気持ちはすっごくわかり、わたしより内気な真由を守ってあげたいと思ってきた。


「真由?」


 わたしは声をかけた。

 振り向いた真由は泣きそうで、わたしに助けを求めているように見えた。


「真由、帰るところ? 一緒に帰ろう」


 真由が頷く。


「おいおいおい、真由ちゃんは今俺たちと話してるの、お前なんかお呼びじゃないんだよ」


「真由、この先輩たちと話があるの?」


 尋ねると真由はわたしの後ろに回り込んだ。

 わたしは片手で自転車を持ち、片手で真由の腕をつかんで、その場を離れようとした。


「真由は話はないようです。失礼します」


 声が少し震えた。だから先輩たちはニヤッと笑っている。

 頭を下げると、自転車の前に回り込まれる。


「お呼びじゃないっつってんだろ? 真由ちゃんにクラブに入ってって話をしてるんだ、邪魔すんな!」


 自転車の籠に入れていたバッグを引っ張り上げて地面に捨てられる。


「女の子ひとりに、複数の上級生が囲んで勧誘するなんて恐怖でしかないと思います」


 わたしは自転車のスタンドを立てて、真由と手を繋いだまま歩き、捨てられたバッグを拾った。

 ひとりの先輩が自転車に蹴りを入れて自転車が倒れた。

 真由がわたしの手をギュッと握る。


「ちょっと、何してんのあんたたち?」


 後ろから声がかかった。ネクタイの色が一緒なので、軽めの人たちと同学年だろう。女の先輩だ。


「ウッセーな。何もしてねーよ。ただ真由ちゃんと話をしていただけなのに、この変なのが間に入ってきてギャーギャー騒いだだけだ」


 わたしを顎でさした。






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