第12話 選択


『こちらでお待ちください』



いつも働いている工場とは違い、

高いビルや綺麗なフロア、

作業着ではなくスーツやおしゃれな服、

そのどれもが慣れていなくて緊張する



『な‥‥甲斐田さん、座って待ってよう。

 大丈夫だから。』



ほんとハルは余裕だな‥‥


社長室なんて入ったことないのに、

いつも通り落ち着いている



歳だってそんなに変わらないのに、

隣に座るハルの存在はかなり安心してしまう



さっきの秘書?みたいな人も

綺麗で所作が優雅だった。



同じ女として、髪ボサボサのまま

出勤している普段の姿のどこに

ハルが惹かれたのか不思議になるくらいだ



ガチャ



ドキン



『やぁ、待たせたね。』



あ‥‥‥この人って



容姿が整っていて、髪もセットされ

体のラインが綺麗に見えるほど似合っている

スーツを着こなしている男性に、

ハルと立ち上がり頭を下げた



『お忙しい中お時間作っていただき

 ありがとうございます、社長。』



上着を脱いで椅子にかけると、

ネクタイを緩めながら私と視線があい、

ニコリと社長が笑った。



若そうな人‥‥。

ハルより少し上か同じくらいにも見える



『晴臣、いいよそういうの。

 甲斐田さんが緊張するだろ?』



えっ?



『そう?じゃあそうさせてもらうわ。』



えっ?

ええっ!?


社長の声のトーンや態度にも驚いたのに、

真横の恋人の態度も一変して

隣を見上げてしまう



『プッ‥‥アッハッハ!!

 晴臣、何なの、彼女のアホっ面!!』


ア‥‥アホ?



子供みたいにケラケラ笑う相手に、

力が入っていた肩の力が抜けて

その場にストンと座ってしまう



ちょっと待って‥‥



この人ってこの大企業の社長だよね?



もっとうちの社長って、威圧感あって

接するのも緊張してしまう人だと

思ってたのに本当に社長?



『和、いい加減にしろ。

 そして彼女にアホって言ったこと謝れ。』



『ハハッ‥ごめんごめん、甲斐田さん。

 思わず本音が。』



『和!』


「東井さん、だ、大丈夫ですから。」



それにしても私そんなに涙出して泣くほど

面白い顔してたのかな‥‥

そっちの方が不安になるけど、

今‥‥彼女ってハル言ってくれたよね?



どうしよう‥‥いきなり

カミングアウトしてしまったのに、

嬉しくてたまらない。



『ハァ‥‥お腹痛い‥‥。

 甲斐田さん、初めましてだね。

 晴臣の兄の和隆(かずたか)です。』



「‥‥えっ!?」



『ごめん、奈央。

 面倒くさくなるの嫌で黙ってたけど、

 俺の兄なんだ、ここの社長』



大きな掌で頭をポンポンと撫でながら

優しく笑うハルとは裏腹に、

頭の中は思考が止まったままである



ハルは社長のおとうと‥


社長はハルのお兄さん‥‥


えっ?

じゃあハルってなんで物流で作業着着て

働いてるの?



私そんなすごい人と

普通に付き合ってたの!?



『おい、奈央、奈央!』



「‥‥あっ‥‥ごめん、

 ビックリし過ぎて‥‥」



家族に会いに来たのなら、

ハルがリラックスしてたのも納得できる。



それによく見たら顔立ちも綺麗だし、

二人とも背も高いしスーツが似合うし、

兄弟って言われたらそうかもって

思えてしまう。



『甲斐田さんリラックスリラックス。

 それで、晴臣は俺になんの頼みな訳?』



目の前のソファに座る社長が、

前のめりになり、ワクワクした顔で

私とハルを交互に見ている



なんか‥‥

緊張感ないなぁ‥この人。



『奈央と一緒に住みたいから、

 あのマンション出ようと思ってる』



えっ?

 


突然のことでまた頭がついていかない。

マンションを出てく?

そんな話聞いてない‥‥‥



ハルを見上げると、真剣だけど

何処か切ない表情で社長を見ている



『晴臣‥』



『和隆が買った部屋で奈央と住むのは

 違うかなって。

 もうそろそろ俺も色々安定してきたし。』



あのマンション‥‥高そうだとは

思ってたし、一人暮らしなのにかなり

広いから不思議ではあった。




『甲斐田さん、晴臣が言葉足らずでごめん。

 俺と晴臣は母親が違って、

 俺の母親が亡くなった後、

 父が晴臣の母親と再婚してるんだよ。

 父が倒れてから急に社長業を一人で

 やるのは無理だったから晴臣とあそこに

 住んで経営を立て直しながらやってたわけ。

 二年前、俺の結婚を機に晴臣に

 譲ったんだよ。』

 



「‥‥そうだったんですね。

 やっとなんとなく理解できました。」



なんとなく二人が似てるのはお父さんが

同じだからかもしれない。





私と出会う前は二人で住んで

東井さんが、影で支えてたなんて

素敵な兄弟だと思う‥‥



お母さんは違っても、二人が

仲が良いのがすごく伝わるから。



『俺は別にそのまま住めばいいって

 思うけどね。まぁ使わないなら

 親父と相談して貸し出すか売るかは

 するさ。晴臣が家を頼らずに

 甲斐田さんと頼らずに今後も

 やっていきたいなら応援するし。』



『ん、悪いな。

 俺も良い歳だし、奈央との将来や今後も

 考えるいい機会だから。

 それでさ、もう一つ頼みたいんだけど。』



サラッと私との将来とか今後とか

優しく笑いながら話してるけど、

ちゃんと考えてくれてたことに

顔が熱を帯びてしまう



ハルって真っ直ぐ気持ち伝えてくるから

時々恥ずかしい‥‥



『俺をあそこから異動させて欲しい。』



ドクン

 


隣のハルを見上げると、

私に不安そうな視線に気付いたのか、

手をしっかりと握ってくれた



『同じ部署で、同じ住所になると、

 事務の人達はすぐ気付いて噂も広がると

 流石に奈央は働きにくくなると思う。

 だから離れてはしまうけど、その方が

 誰にも気を使わず同じ場所に帰れる。

 奈央はどう思う?』



確かに引っ越すとなると、住所変更するわけで

ハルと同じだと事務の人はすぐ気付くはず。



七年あそこで勤めてきて、

みんなとの関係を拗らせたりするのも

かなり不安だ‥‥



人付き合いが苦手なだけに、

噂とか周りの視線を気にしながら働くのは

相当ツラい。



「‥‥うん、私もハルとずっといたいから

 ハルの意見に賛成したい‥‥。」



職場が離れても、

帰る場所が同じ‥‥

それだけでもじゅうぶん幸せだ


こうなることは昨日の時点で

なんとなく覚悟していたから。



ほっとしたように笑うハルに私も

手を握り返して笑いかける



こんな時でも、私のことを一番に

考えてくれる人の手をずっと

離したくないから‥‥



『ちょっとお二人さん、俺のこと

 忘れてますよね?』



ドキッ


 

前のめりで私たちを交互に見て

ニコリと笑う社長に恥ずかしくなるも、

握られた手は離してもらえずそのままだ



「‥‥すみません‥‥あの私」


『あのさ、晴臣が彼女を俺にちゃんと

 紹介してくれたのは甲斐田さんが

 初めてだよ。

 これからも晴臣のこと頼むね。』



頼むなんて‥‥

私の方がハルに甘えてばかりなのに‥‥



「はい、約束します。」

 

 

隣に居てくれる人の笑顔に

泣きそうになるのを堪えながらも、

幸せにしたい‥‥そう思えた。



『異動の件はまた連絡する。』


『ああ、頼むな。』


「あ、あの、今日はお忙しい中

 ありがとうございました。」


『気にしないで、弟のことなら

 協力したいから。甲斐田さんまたね。』



あっという間の本社訪問も終わって

その日はハルに包まれてゆっくり眠った



ハルの家族のことを知れた

素敵な日だったから‥‥









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