第9話 我儘


四月になり、私がいる支社にも

毎年のことながら新入社員が

数名入ってきた。



高卒、大卒と前は様々だったのに、

ここ最近は大卒のみ



私からすれば22歳って

もうかなり前のことのように思える



『おはようございます。

 倉庫内は二名の新入社員が

 来てくれました。』



東井さんはここを束ねる主任のため、

相変わらず毎日忙しくしている。



前より作業着姿が似合うって思えるのも

上司から恋人に変わったからなのだろうか‥



かっこいい‥‥な、ほんと。


『では、大倉さんの指導は‥甲斐田さん

 頼めますか?』


えっ?


しまった‥‥

朝礼中なのにぼーっとしていた。



「あ、はい、分かりました。」



私が担当する整理やピッキングは、

自社の製品を発注を受けている

受け入れ先に時間までに詰め込み、

伝票を貼って出荷できる状態に

するのがメインになり、

私の他にも委託のパートさんが数名時々

入ってくれている。



大倉さんか‥‥


私以外の女性で社員でこの仕事選ぶなんて

若いのに珍しい。



おとなしそうといえばそうだけど、

大人っぽい子にも見える。


私が選んだのは、対人が苦手で、

なるべく気を使わず話さずに

仕事したかったからで、

今でも企業は大手だし、入社できて

良かったと思っていた。



『甲斐田さん‥よろしくお願いします。』



「あ、こちらこそ。

 よろしくお願いします。」



ニコリと笑う彼女に、頭をペコリと下げる。



なんか作業着より、

事務服とか可愛い服似合いそうなのに

勿体ないな‥‥



七年来てきた作業着は

最早一番着心地が良く似合ってるとさえ

思う私とはちょっと違う気がする



『では今日も怪我なくよろしくお願いします。』

 暫くは僕もサポートにあたるので、

 分からないことあれば聞いてください。』



えっ?

東井さんがサポートに回るんだ‥‥



ここ三年でそんなことなかったから

少しだけ疑問に思いつつも、

今日の仕事をしつつも教えないと。



「大倉さんまずは簡単な流れからはじ」

『東井さん私緊張して不安なので、

 ついててもらえますか?』



目の前で私との間を遮るかのように立たれ、

呆気に取られてしまう。



え?

私今話してたよね?



『あの‥‥ダメですか?』


現場主任で指示出すことの方がメインの

東井さんに直接指導ってこと?



『‥甲斐田さん、すみません先に

 仕事始めててもらえますか?

 大倉さんとお話があるので。』


「えっ‥‥あ、はい、分かりました。」



頭を下げてから二人を背に倉庫の奥へ

歩きながらも気になって振り返る



ま‥‥あ、あれかな‥

初日だし今の若い子は社会人として

どうしていいのか分からないのか?



私も最初は覚えることだらけで

一日あっという間に終わってた気もするけど、

あんな目上の人に直接話す勇気はなかったな‥



東井さん話すって言ってたし、

とりあえず出荷分頑張ろう‥‥



『甲斐田さんってこの仕事長いんですか?』



食堂で日替わりのランチを食べていた私は、

目の前に座ってきた大倉さんに驚いて、

口に入れたものを飲み込みむせそうになった



この子結局午前中ずっと東井さんに

くっついてて来なかったし‥‥



東井さんだって、リフトや他の仕事だって

こなさないといけないから忙しいんだよ?



きっと優しいから断らないだろうし、

そんな優しい東井さんのことが好きだ。



「八年目です。」


『へぇ‥‥ここ楽しいですか?』


えっ?


大倉さん‥なんて言ってもらいたんだろう。

それよりも、人見知りというか

慣れてない人と話すの苦手だから

初日から気持ち的に苦しいな‥



さっきまで食べてた食事が

なんとなく喉を通らなくなる。



「楽しい‥というか入社したから

 頑張って働いてます。」


『えっ?そんなんで八年もですか?

 真面目ですね‥‥』



そんなん?


なんとなく言い方にムッとしてしまい、

話すのがバカらしくなり止めていた手を

動かしてご飯を食べ始めた。



丸七年ここにいたけど、

辞めたいって思ったことはないし、

ミスしながらも丁寧にやってきた。



なのに、入社一日目、

社会人一日目の子に言われると気分が

悪くて仕方ない



それなら、なんで大倉さんは

ここにきたんだろう‥‥



朝も思ったけど、

職種なんて山ほどあって、接客や事務とか、

もっと華やかな世界とかあるのに。



「あの、私もう休憩終わるからお先です」



本当はもっとここで

ゆっくりするつもりだったけど、

トレーを手に持ち立ち上がった。



はぁ‥‥午後からなんとなく憂鬱だ。


午前中に東井さんに色々聞いてたから

仕事は簡単なものからやらせてあげたいけど。



『あ、甲斐田さん。』


「えっ?‥なんですか?」


『東井さんって彼女いますか?』


ドクン



立ち上がったところから、

見下ろす感じで大倉さんからの

鋭い視線を受け取ると、

何故か冷や汗が出始める



えっと‥‥

さっきから何度も考えてるけど、

今日、初日ですよね?



午前中殆ど仕事してないのに、

上司の恋人の有無が気になる?



‥‥‥その前に、

午後の仕事のこと聞かないの?



「知りません。お先です。」



冷たい応対と思われても嫌われても

別にいいと思う。



今までの慣れてきた仕事のペースが

乱されるほうがどっと疲れてしまうから



東井さんには申し訳ないけど、

様子見ながら指導の件は断ろうかな‥



今まで長く勤めてきて、

自分の意見なんて伝えたことないけど、

我儘って思われてでも私には向いてないから

正直に伝えたいと思った。



『甲斐田さん、ちょっといいですか?』



倉庫内に入った私は、

手招きする東井さんの方に駆け寄った。



みんな今休憩してるのに、

東井さん食堂まだ行ってなかったんだ‥



大倉さんのことで、もしかしたら

今日の仕事が大幅に遅れてるのかな‥



『チョコレート食べれる?』


えっ?


何を言われたか一瞬分からずにいると、

机の引き出しから出したチョコの銀紙を向き

差し出してきた



「と、東井さん?」


『奈央口開けて。今誰もいないから。』



それは休憩時間だから分かるけど、

こんなところでチョコレート食べさせてもらう

部下ってどうなの?



『ほら、早くしないと溶ける。』


うっ!



‥‥前よりも色気が増している東井さんが、

ニヤッと笑ったので、仕方なく近づいて

小さく口を開けた。



『美味しい?』


嬉しそうに笑う相手に多分顔が赤くなった

ままで何度か頷くと、立ち上がった東井さんに

唇を奪われて口内を舌が勢いよく動いていく



「ンッ!!‥‥」



な、な、なに?

口の中にまだほんのり残るチョコのかけらが

甘く残るものの、キスしてきた東井さんに

少しだけ涙目で訴える



職場でこんなことするなんて‥‥なんで?



『ごめん‥‥午前中ちょっと疲れたから

 奈央で充電した。』


えっ?



笑ってるけどどこか辛そうに見えた

東井さんの手が、初めて会った時のように

優しくポンポンと撫でてくれる



私ダメじゃん‥‥‥

自分のことばかり考えてて。



「東井さん、チョコレートもう一つ

 もらってもいいですか?」


『ん、いいよ、はい』



銀紙に包まれたままのそれを

受け取ると床に落とし、

しゃがんだ東井さんに思い切り抱きついた



デスクで入り口から影になってるから

誰にも見えないこの場所で、

私は初めて自分からキスをした。



「東井さん、ごめんなさい。

 私頑張ります、だから‥‥」



『奈央‥‥もっと』



「ンッ‥‥ハァ‥‥」



いつも真面目で冷静な東井さんが

仕事場でこんなことするなんて

いつも通りじゃないのに、

気付けなかった自分が嫌になる



チョコレートの甘さと唾液が混じって

今までで一番甘いキスをした後

とろけた私の顔を見て、東井さんが

嬉しそうに笑っただけで幸せになってしまう



「東井さん‥‥お疲れ様です。」



もう一度薄い唇に触れた後、

大好きな腕に抱きしめられる



単純なのかもしれないけど、

苦手なことでも誰かのためになるなら

頑張れるってすごいなって思う



大倉さんも相変わらず掴めないけど、

午後はゆっくりだけどなんとか

東井さんに頼らず仕事をこなしてくれた。



態度や口の書き方にはまだまだ

目を瞑れないことも多いけど、

やるだけ接してダメだったら仕方ない



東井さんが頑張ってたように

私もそうでありたいから‥‥




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