第6話 人それぞれ


『奈央眠そう‥‥もう寝る?』



遠くの方で聞こえる映画の英語が

子守唄のように聞こえ始める頃



いつものように、毛布にくるまって

ソファで映画を見ていると、

いつものように睡魔がトコトコやってくる



お酒飲まなければいいのに

ついつい慎さんのとこ行くと飲んじゃうし、

金曜日って疲れが蓄積するピークでもあるから

起きてたいけど眠い‥‥



それに、いつもは横並びで毛布を

かけているのに対し、今日は背中に

ハルの温もりがある状態だから

あったかくて余計に眠くなる。



「ごめん‥‥なんか色々ホッとして‥」



腰に回された腕の中にスッポリと

おさまりつつも首が何度も無意識に

カクカクしてしまう



『ハルまだ見てていいよ。私先に寝るから』



東井さんの家に初めて泊まった時に、

ゲストルームが用意されていて、

慎さんも何度か泊まったことがあるらしく、

毎回私もそこを使わせてもらっている



いつも先に寝て運んでもらったりしてるから

意識あるうちに今日は自分で行かなきゃ‥



ハルも無理して帰ってきてるはずだから

私がここにいると寝られないかもしれないし。



『一緒に寝るんだろ?』



えっ?


首筋にハルの温もりが触れると、

くすぐったくて少し笑ってしまう



「ん‥‥いいけど‥‥疲れ取れないよ?

 わたし寝相悪いから。」



『クス‥‥そうなんだ。

 じゃあ俺の腕の中でつかまえとくわ。』



背中越しに笑っているハルが揺れると、

洗い立ての髪が首筋に触れて

なんだかとても愛しく感じる



この距離感に触れられるって

友達では難しい‥‥



二人で並んで歯磨きをして、

手を繋いでハルの寝室の部屋に

一緒に行く時も緊張感はなく、

そばにいられる安心感の方が強かった。



広めの寝室は、

大きめのベッドしか置いてなくて

ハルが先に寝転がると、手を引かれ

隙間にそのまま私も寝転んだ。



『奈央と一緒だとあったかいな。

 今日はくっついて寝よう。』



「うん、私も‥‥あったかいから‥」



腕の中に私を包みこみ、

ハルの心臓の音と香りが眠気を誘う



「‥‥‥‥ハル‥おやすみ‥‥」


『おやすみ奈央‥‥』



今までだったら、その日のうちに

体を重ねて一人で帰るばかりだったけど、

そういうことしなくても、

朝まで一緒にいられるこの時間の方が

幸せで仕方ない‥‥



唇に軽く落とされたキスは

今までで一番幸せを感じたキスだった

 



『それで?』



次の週の土曜日の午後、

ハルの家から一旦家に戻って着替えると、

清香に報告したいことがあると呼び出し、

カフェでお茶をしていた。



今日もぬかりないくらい完璧な出立ちは、

眩しすぎて隣に座るのも申し訳ない。



「‥‥だから東井さんと友達から恋人に

 なりました。」



この報告をする前に、

悠介が一年前に結婚をしていたことを

伝えてえらく機嫌が悪いとこで、

東井さんとのことを伝えたから

ピリピリ考え否めない。



清香はいつも厳しいこと言うけど、

本当に心配してくれている。


だから東井さんのことはちゃんと

伝えておきたかったのだ。



『はぁ‥‥奈央の職場の人は

 前にも会ったから大丈夫そうだけど、

 何その友達から恋人って。

 あんたたち何歳なわけ?』


うっ!!


「ち、ちがうよ。

 東井さんは、私がずっとろくでもない

 恋愛をしてきたからこそ、

 ゆっくり時間をかけて向き合って

 いきたいって言ってくれたの。

 ‥‥私がまたフラれると怖いって

 言っちゃったから‥‥。」



『はあ?まあ、

 それは人それぞれペースがあるから

 構わないけど、あんたの都合だけで

 相手を大きく我慢させるのは違うからね?

 向こうは30過ぎの大人よ?

 分かってる?』



「はい‥‥分かってます。」



分かってるよ、そんなこと。


今までが体許したら終わりなパターンが

多すぎたからトラウマなんだって‥‥



悠介こそ、体から始まったけど、

一年続いたから今度こそはって

思ってたから余計にそういうことが

したくなくなってる。



『ごめん、でもこれだけは

 せっかくスタートしたあんたに

 伝えておきたかったから。

 あとは、もう少し女らしさ出しなさい、

 元が綺麗って言ってるでしょ?』



眩しすぎる清香に笑顔で言われても

自信がなくなるけど、

普段が作業着生活で、冬なんて

倉庫内乾燥するからマスクだし

身なりはいい加減ではある。



「ん‥‥そうだね。

 20代最後だから変わらないとね。」



『よし、そうと決まったら、

 今日は夜まで私に付き合いなさいよ。

 知識ない子猫には躾が必要だからね』



妖艶な笑みで顔面偏差値高い顔を

近づけて笑う清香に、冬なのに

冷や汗が出そうになった。



人それぞれのペースでいいって言ったのに、

結局清香のペースに巻き込まれ、

買い物やら清香行きつけの美容院に

連れていかれたりと、本当に夜まで

付き合わされてしまった。



「‥‥疲れた」


両手には持ちきれないほどの荷物で

手が重さと痛みで顔が歪む


『エステとヘアサロン代は

 私からの祝いで奢ったでしょ?

 さ、今から彼氏呼び出して会いな。』



「はぁ!?‥‥昼に別れたのに

 なんでまた会うの?」


『だからこそじゃない。

 こういうのは早いに越したことないの。

 奈央、今日一番今までで綺麗よ、

 自信持って。

 それじゃ私用事あるからまた

 今度色々報告待ってるわね。』



えっ?

まさかの置き去り?


とりあえず荷物すごいから

一旦タクシーで家に帰ろう‥


手が今にもちぎれそうだし。


でも‥‥自信持って‥‥か。


スマホを取り出して、

ハルに少しだけ会いたいと

メールしてみた。


ハルだって用事あるかもしれないし、

私がいたことで疲れて寝てるかもしれない。



そんな気持ちでタクシーをつかまえて

乗り込むと、ちょうどハルから

返信が来て、後で家に来てくれるそうだ。



明日はもうハルには

ゆっくりしてもらおう‥‥

流石に金曜日の夜から過ごしてもらってて

申し訳ないから。



重い荷物を持って部屋まで行くと、

買ったものを整理してから、

少しだけ部屋を整えた。



上がってくかは分からないけど、

念のため、清香にも女らしくと

言われてるから普段から

そんなに散らかってないけど

なんとなくやることにした。



前だったら、こんなに必死になって

こんなことやってなかったな‥‥



ピンポーン



あ‥‥もう着いたの?


慌てて玄関先まで行き、

相手を中から確認した後

玄関の扉を勢いよく開けた。



「ハル、ごめんね、来てもらって。」


『‥‥‥‥』



オフの日は髪の毛を下ろしているハルが、

目の前で私を見下ろして固まっている



「ハル?どうかし‥‥た?うわっ!!」


ガチャン


勢いよく玄関の中に入ってきたハルは、

入るや否や、狭い玄関で、

ドラマでよく見る壁ドンを

思いっきりして私を見下ろした。



‥‥もしかして呼び出してイラッとさせた?


なんとなく少し不機嫌そうな顔色に、

チラッと見上げた後、気まずくて俯く



『今日その格好で出掛けたの?』


えっ?

格好‥‥?


「あ‥‥き、清香が似合いそうなの

 選んでくれて、あ、そうだ、髪の毛も

 久しぶりに切ったんだよね‥‥

 ‥‥‥‥やっぱり変‥‥だよね。」



普段は絶対着ない体のラインが出るニットに、

細身のペンシルタイプのスカートを履き、

ボサボサの髪も、トリートメントして

長さを整えてもらった。



スカート自体履くのが高校生ぶりで、

最早似合ってるのかさえ分からなくて、

とりあえず丈が長めのならって

選んでもらったのだ。



「‥‥ハル?」


『やめてくれない?そういう格好‥』


えっ?


片手で顔を覆うハルを見て

一気に顔が青ざめていくくらい

体が震えていく



大した用もないのに、こんな格好して

呼びつけるなんて、機嫌悪くなるのも

仕方ない‥‥よね‥‥



「ご‥ごめん、もう」

『奈央がいつもより可愛すぎてしんどい』


「えっ?」


覆われた手の奥が見たくて

そっとその手に触れると、

思っている以上に顔を赤くしたハルがいて、

青ざめた顔に一気に火がつく



なに‥‥!?

なんでこんなに照れてるの!?



こっちまで予期せぬ事態に

心臓が変に早くなっていく



「あ、あのね、ハル‥‥私、ハルのために今日

 色々どうしたら変われるかなって‥‥。

 私いつも男みたいな服ばかりだし、

 ハルの隣にその‥彼女としていたいから

 ‥‥くだらないけど見せたくて‥ごめん。」



覆われていた手が離れると、

その手がサラサラな私の髪に触れ掬うと、

その毛先に唇を寄せる。



『それは反則‥‥。

 でも俺に見せたかったなら

 ちゃんと見ないとな。

 細い首から綺麗な鎖骨‥‥それに』


「ハルっ、ふ、普通に見て!!」



手のひらがゆっくりと滑り落ち、

その手が胸に届きそうな時に

ハルの掌を掴んだ



『奈央がいいって言うまでは触らないよ。

 こうしてゆっくり変わってく奈央を見るのも

 楽しみだから。ただ今はキスだけさせて‥』



初めてハルとキスしたのは

ハルの家の玄関で次は私の家の玄関って

ムードもないけれど、

落とされた唇に舌先を吸われ、転がされ、

深く熱いキスを交わした。



準備なんて本当は出来てるんだよ‥‥


ただ私が弱いからもう少しだけ、

待ってて‥‥ハル



「んっ‥‥もう‥苦し‥‥」



恋人とするキスは、

思いが重なれば重なるほど

唾液が甘く感じられた。



東井さんは、いつだって

私の気持ちを優先してくれていた



疲れてても一緒にいてくれたり、

ただの友達なのに泊めてくれたり、

ツラい時も楽しい話も沢山聞いてくれる人だ



立っているのもツラくなる私の腰を

支えてくれ、私も背伸びをしてハルの首に

手を回しキスに答える



この人と出会うために別れてきた恋なら

今なら受け入れられるよ‥‥



ハル‥‥ありがとう‥‥

 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る