第3話 休日の過ごし方



『で?‥‥悠介さんとは本当に終わったの?』


「‥うん、そうみたい。」



仕事休みの土曜日



大学から仲良くなった友人の清香(きよか)と

一月ぶりのランチをしていた。



清香はわたしの歴代の彼氏ともいえないような

人との付き合いも全部見てきた

唯一の友人だ



『あんた案外あっさりしてるのね?

 今までの変人たちの時の方が

 よっぽど落ち込んでなかった?』



変人って‥‥酷い言い方


でもほんとに愛されてるって感じで

付き合った人ってよく考えたら

いなかった気がする



わたしの方が好きで惹かれて

結局フラれるパターンばかりで、

相手から付き合ってくださいって

なかった



だから悠介とは今までとは違うって

何処かで感じてたんだよね‥‥



「報告遅くなってごめん。

 とりあえず今回もダメだったから

 暫くはもういいかな‥‥ちょっと

 疲れたのもあるし。」



悠介と別れてから二ヶ月、

いつもだったらすぐ清香に電話してたのに

今回は意外と大丈夫だったんだよね‥


なんでだろ?



『ま、それもありなんじゃない?

 年齢的には私たち焦る時期でもあるけど、

 恋愛だけが人生じゃないからさ。』



「そうだね‥‥清香忙しいのにごめんね。」



デザイン広告会社に就職した清香は

今では雑誌やWEBなどさまざまな分野で

活躍している主任クラスだ。



徹夜続きでなかなかスケジュールも

合わない私たちは、月に一度会えたら

いい方なのに、長々と友達を

続けて来れている。



わたしのダメなとこも全部知ってるからね‥



『いいのよ、奈央に会うのいつも

 楽しみにしてるんだから。

 それにしても相変わらず女気が

 奈央は幾多になってもないのね。

 元がいいんだから着飾ればいいのに』



「いいよ、わたしはこれで。」



ヒールにスカート、アクセサリー、

お化粧や髪型まで女を感じる清香



忙しいのに、

爪だって綺麗にネイルされている。



かたやわたしは、無地のセーターに

細身のパンツにスニーカー。

髪の毛だって適当に一括りに

まとめてるだけの正反対の身なりだ。



前に付き合った人の時に、

清香のような格好を頑張ってし過ぎて

ものすごく疲れてしまったから、

それからは自分がラクなスタイルで

探している。



『本当勿体無い‥‥。でもそれでも

 あんたはモテるからいいんだけどね。』



ろくでもないのばっかりですけどね‥‥



褒められてるのかそうでないのか

清香はものをはっきり言う方だから

最初こそ落ち込んでたけど、

腹黒くないまっすぐなとこが

今だになんでも話せるのだと思う



「はぁ‥美味しかったね。

 どうする、まだ話し足りないから

 どこかでお茶でもする?」


『あれ、甲斐田さん?』


えっ?



ランチを終えて街中も歩いていたら

後ろからかけられた声に振り向いた



『あ、やっぱり甲斐田さんだ。』


「東井さん!ビックリしました。

 しかも槙さんまで。」



振り向いた先には身長が高く

スレンダーな二人が立っていて

思わず大きな声を出してしまい

慌てて両手で口元を押さえた。



タートルネックに

キャメルのチェスターコートが似合う東井さん



全身黒で纏めて

可愛いダッフルコートの槙さん



二人ともこの間とは違って

並んでるとモデルみたいだ‥‥



『俺もビックリした。

 今日は友達とランチとか?』



「あ、はい、そうなんです。

 清香、会社の先輩の東井さんと、

 東井さんのお友達でバーで働いてる

 槙さん。」


『初めまして、奈央の友人の

 相田 清香です。』



清香に二人と出会った時のことを

簡単に説明してみた。


わたしに異性の友達がいないことは

百も承知な清香だし、恋愛はこりごりと

伝えたばかりだったから

変に思われたくなかったのだ。



『甲斐田さんたちはこれからの予定は?』


「えっ?

 あーとりあえずお茶でもしようかと。

 東井さんたちは何されてたんですか?」



よくみたら、手には荷物を持っていて、

お買い物?っていう感じかな?



休みの日まで一緒にいるなんて

なんだかんだで槙さんと仲がいいんだね。



『俺は槙に月に一回

 料理教えてもらってるんだよね。

 一人暮らし長いから体のために

 自炊しっかりしたくてさ。』



「槙さんお上手ですもんね。

 この間食べたのもすごく美味しかったです。

 わたしも料理苦手だから羨ましいですね。」



東井さんすごいな‥‥


会社は食堂があるけど、

男性なのにちゃんと自炊するなんて

女として少し恥ずかしい


『良かったら一緒にやる?

 東井の家でこれから仕事まで

 飲みながらやるつもりだったんだけど』


「えっ!?あ、でも今日は」


『奈央行っておいでよ。

 お茶したら仕事戻るとこだったし、

 わたしとはいつでも会えるから。』


清香!?



『東井さん、槙さん、

 この子女子力なさすぎなので、

 ご迷惑じゃなければお願いしても

 いいですか?』


「ちょっと、清香やめてよ。

 東井さんたち気にせず行ってください。」



変な詮索されたくないから

色々話したのに、

美しい笑みで二人に笑いかけてる清香を

慌てて制する。



グイッ


「うわっ!‥‥ってと、東井さん!?」



二人の間に入ったつもりが、

後ろから片手で引き寄せられると

そのまま東井さんにもたれかかってしまった



ん?なに?この状況?


目の前には目を丸くしている清香がいて、

見上げた背後には、満面の笑みで笑う

東井さんがいる



『相田さん、では任されたので

 しっかりレクチャーしますね。』


『ええ、よろしくお願いします。

 じゃあまたね、奈央。

 久しぶりに会えて良かったわ。』



「えっ?ええっ!?清香!?」



コツコツとヒールを鳴らして手を振る彼女に

手を伸ばすも、回された腕が阻止して

前に進めない。



‥‥‥これってもう

行くしかないんだよね?


『甲斐田さんと一緒に料理できるの

 楽しみだね。さ、槙行こうか。』



槙さんを見上げると、

笑いを堪えているように目を逸らされ、

そのまま背中に手を回されたまま

仕方なく二人に着いて行くことにした。



ガチャ



『どうぞ。』



「‥‥お邪魔します。」



荷物を運ぶ槙さんは

何度も着てるのか、靴を脱いで

さっさと部屋の奥に行ってしまった。



わたしの1LDKのマンションとは違って、

玄関だけでも既に広い場所に

遠慮がちに足を入れると、

背後でドアが閉まって鍵がかけられた。



はぁ‥‥


わたし何してるんだろう‥‥



休みの日に会社の上司とその友人と

仲良く料理教室なんていうプランなかったよ?



あの後も両手に素敵な花状態で

歩いてくる時の周りの視線が

すごく怖かったんですけど‥‥



『甲斐田さんスリッパどうぞ。

 手洗いはそこの洗面所使ってね。』



「あ、あの東井さん、本当に

 わたしがいてもいいんですか?」



あそこで合ってなかったら

完全に二人でやる予定だったのでは?と

邪魔をした気分になってしまう。



『むしろ一緒にやりたかったから

 嬉しいよ。槙の料理は本当に

 簡単でおいしから勉強になるよ。

 遠慮せずにどうぞ。』



それはそうだけど‥‥


清香に言われた女気がないとか、

女子力が足りないとかが

胸に突き刺さる



「じゃあ、せっかくなので

 よろしくお願いします‥‥」



スリッパを履いて手を洗わせてもらい、

奥の開かれたままの扉の方へ行き、

こっそりと覗いた。



うわ‥‥‥


オシャレな部屋だし、

とっても広い‥‥



本当にここで一人暮らしなの?


明るいリビングダイニングは

家族で住めるくらい広く、

キッチンもうちの二倍くらいは広くて

思わず口が開いてしまう。



『甲斐田さんそんなとこにいないで、

 こっちに来て座ってて、そこ寒いでしょ?』


「あ、は、はい!」



手招きされた方に向かえば、

初めて見るアイランドキッチンがあり、

カウンターチェアに座らせてもらった



ここって‥‥普通のマンションだよね?


賃貸とは思えない設備に

ただただ驚くけど、そんなところに

女子ではなく男性が住んでるってところに

そわそわする


『よし、準備はこんなもんかな。』


「あの、槙さん今日は何を作るんですか?」



野菜を洗ったり準備をしている槙さんの

手際の良さに、思わず興味津々になってしまう



『今日は白ワインに合う簡単料理に

 しようかなって。

 トマトのリゾットと、簡単な前菜と、

 鶏ハム使って何か一品作るよ。

 飲みながら作るけど奈央ちゃん飲める?』



な、奈央‥ちゃんって‥‥


見た目も可愛らしい槙さんが呼ぶと

全然嫌じゃないけど少し恥ずかしい。


だってわたしもうすぐ30目前なのに

ちゃん付けとか大丈夫なものなの?



『槙、勝手に名前で呼ぶなよ。

 甲斐田さん家ここから近いし今日は

 飲んだら?帰り家まで

 歩いて送ってくから。』



「えっ‥‥いいんですか?

 じゃあお言葉に甘えていただきます。」



料理教室に来たはずなのに、

槙さんがパパッと作ったタコとアボガドの

サラダで乾杯をした。



トマトリゾットも小さめのフライパンひとつで

簡単にできることが分かったし、

鶏ハムもソースを変えれば色々なお酒に

合わせれそうで、どれも10分くらいで

簡単にできるものばかりで勉強になる。



料理って苦手意識が強かったけど、

材料も少なめで簡単なら

わたしも沢山覚えたいな‥‥



『じゃ、そろそろしごと行くから。

 奈央ちゃんさえ良ければまた来月も

 おいで、いいレシピ教えてあげるから。』



「はい、槙さんありがとうございます。

 美味しいものばかりで嬉しいです。

 ぜひ次回もよろしくお願いします。」



『だってさ、臣。よかったね。

 ちゃんと奈央ちゃん送ってけよ。』



エプロン姿の槙さんも

すごくかっこよくて素敵だったな‥‥


男の人で料理できるなんて羨ましい



『さてと、甲斐田さんまだ時間大丈夫なら

 もう一杯飲まない?』


「じゃあ‥あと一杯だけいただきます。」



まだお料理も残ってるし18時過ぎなので

時間は大丈夫だったので甘えることにした。



隣に座ってグラスにワインを注いでくれた

東井さんと軽く乾杯をして、お料理を

食べながらまた色々話した。



「あー、美味しすぎて飲みすぎました。

 ちょっと暑くてぼーっとしちゃいますね。」



東井さんと話してると自然でいられるから

ついついあれから二杯も飲んでしまい、

頭がぼーっとしてしまっていたのだ



美味しい料理‥

美味しいお酒‥


そしてこんな素敵な空間で楽しければ

嫌でも酔ってしまう‥‥



『あのさ、そういえば友達のこと

 あれから考えてくれた?』


えっ?


あ‥‥そういえば、あの日

友達にならないって言われてたっけ‥‥



仕事場ではあまり話す機会がないけど、

時々すれ違った時などは挨拶や少し

話したりしてたけど、

職場だと友達っていう気持ちには

やっぱりなれないから忘れてた。



「東井さんは

 どうして友達になりたいんですか?」


歳も二つ上で接点なんてないのに、

先輩後輩ではだめなんだろうか?



私服姿の東井さんがスタイル良すぎて、

酔っているからかいつもよりすごく

素敵に見えてしまう



あの時もスーツ着たら似合いそうなんて

思ってしまったもんね‥‥



『まずはなんとなく

 友達になってからかなって。

 こう言う時気軽に誘いやすいし、

 休みの日も友達なら会えるから。』



確かに‥‥


ただの先輩後輩で、こんな自宅に招くことって

誘いにくいけど友達なら来やすい‥‥



東井さんと過ごす時間は

楽しくて居心地がいいから

全く嫌じゃないんだよね‥‥



「じゃあ今日から友達ですね。」



ニコッと笑って東井さんの方を向いたら、

驚いたのか顔を背けて口元に手を当てている。



ん?何か変なこと言った?



体を少しだけ東井さんの方に近づけて

肩に手を置くと、東井さんが振り向き

一気に距離が縮まる



「東井さん?」


『‥‥奈央』


ドキン




『友達だから‥‥今日から奈央ね。

 俺のことも東井さんはダメだから。

 あと敬語も辞めようか。』


ドクン


頭に響く声でただ名前を呼ばれただけなのに、

心臓が変に跳ねる。



わたしはなんで呼ばれようがいいけれど、

東井さんじゃだめなの!?



「‥‥‥えと‥‥なんて呼べばいいか

 分からないんですが‥‥」



いまだに至近距離で見つめられたままの

わたしは、心臓がドクンドクンとうるさくて

変な汗をかきそうだ



何これ‥‥

この前仕事でミスした時より

緊張してない?


『槙は臣(おみ)って呼ぶけど、

 そうだな‥‥晴臣だから奈央が決めて。』


ええっ!?



酔っているのか、ニコッと笑うと、

困ってるわたしを他所に

わたしの頭をまたあの時のように

なでなでし始める。



友達のあだ名みたいななんて

今まで一度も考えたことないし、

そもそも先輩なのに名前で呼ぶのって

ハードル高すぎだよ‥‥



あ、でもそうか‥今日から

友達だもんね‥‥



「‥‥‥は‥‥ハル‥‥とか?」



呼んでおいて、今更だけど、

顔がものすごく熱くなり恥ずかしい!



はるおみとかいきなり呼べないって‥‥。

東井さんは年上だから奈央って

呼びやすいけど、話すの苦手な

わたしからしたら相当勇気が必要です。



『ハル‥‥か。ん、いいよ。

 奈央、じゃあ友達記念に。』



えっ?



掴んでいた肩ごと引き寄せられると、

冷たい唇がこめかみにそっと触れた。



握手とかじゃなく

まさかのハグに驚いたけど、

なんだか嬉しそうな東井さんに

よろしくお願いしますの意味を込めて

わたしも背中に手を回した。



いつもだったらこんな大胆なこと

まずはしないのに、

ワインのせいにしてしまおう‥‥



初めてできた異性の友達?と

過ごした休日は、

今まで過ごしてきた休日とは違って

なんだか楽しかった‥‥



あー‥‥

東井さんの腕の中あったかすぎない?


抱きしめてくれる腕の力が

優しくて、お酒が一気に回ってしまう。



なんか‥‥ここ‥‥‥安心‥する




「‥‥ハル‥‥あった‥かい」



『‥‥ハハッ‥‥寝るの?奈央。』


「‥‥寝ない‥‥よ」



それからの記憶が曖昧なまま、

目覚めたのは夜の9時過ぎで、

東井さんの家のソファで謝ってから、

家まで本当に歩いて送ってくれた。



気を許しすぎてる?


いや‥‥許せるくらい安心できる

友達が出来たんだよ‥‥きっと。



まだ名前で呼ぶのはぎこちないけど、

初めてできた異性の友達を

大切にしたいと思えた。




 



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