第2話 友達とは



『いらっしゃいませ‥‥

 って臣(おみ)か。久しぶりだな』



東井さんに連れてこられたのは

半地下にあるバーだった。


普段はこの通りなんて来たことなかったけど、

バーというよりオシャレな非日常的な空間で

足を踏み入れるのに戸惑う



『甲斐田さん、どうぞ。』



当たり前のように

スマートに扉を開けてくれる東井さんを

横目で見上げれば、口角を少し上げて

優しく笑った気がした



さっきまでの車の中では

泣いていた私を気遣ってくれたのか

あまり話さずにいてくれて助かったのだ



『槙(しん)、今日は会社の子いるから

 何か上手いもの作ってくれるか?』



またもや自然にカウンターの一番端の椅子を

引いてくれると笑顔でそこに座らせてくれ

東井さんはその横に腰掛けた。




「へぇ‥‥会社の子‥‥ね。」



カウンター越しに立つ男性は、

中世的で顔立ちがとても綺麗な金髪男子で、

私と目が合うとじーっと見た後ニコッと笑った



『初めまして、臣の高校からの親友で

 多田 槙です。』



「あ‥‥えっと‥東井さんと同じ会社に

 勤めてます甲斐田 奈央といいます。」



『甲斐田さんね。何か嫌いな食べ物ある?』



「いえ‥‥なんでも食べれます」


『オッケー、ちょっと待っててね。

 裏に頼んでくるから。』



ふぅ‥‥‥なんか緊張する‥


こういったバーってなんだかんだで

入ったことないし、ましてや

カウンターなんて座ったことない



緊張からか少し暑くなり、

着ていた上着を脱ごうとした。



『甲斐田さんそれ貸して。

 こっちにカバンと一緒に置いとくから』



差し出された手がカバンを

ひょいっと受け取ると

足元にあった荷物を入れるボックスに

カバンを置いてくれ、

上着を横の空いている椅子に

丁寧に折り畳んでかけてくれた。



なんか‥‥東井さんって

もしかしなくても面倒見がすごく

いいような気がする‥‥



二年前に県外から移動してきた東井さんは、

仕事も冷静にこなしてる人だから、

周りからも信頼されてるのは知ってるけど、

オフの姿はちゃんと見たことなかった



何度か会社の人達と飲みに行っても、

東井さんのことを見ようとは

してなかったからかもしれない



『甲斐田さん目が腫れてるけど

 ここならカウンターで槙しか見てないし

 安心して食べていいよ。

 アイツ女の子にはデリカシーないこと

 言わないやつだから。』



あ‥‥カウンターにしたのって

私の顔を他の人に見られないように?



しかも女の子って‥‥


三十路前の私には不釣り合いな言葉だけど、

久しぶりにそんな扱いされて恥ずかしくなり、

温かいおしぼりを泣き腫らした目に当てた



気持ちいい‥‥


涙でパリパリになってるであろう顔が

ほぐれていく‥‥



こういう時なんて言葉を返していいか

よくわからない。

そういうのに慣れてないから‥



頭もボサボサで、

化粧なんて殆ど取れてて、

大したオシャレもしてないけど、

このカウンター席で今日は良かったって

本当に思えた



『お待たせ。簡単なものだけど

 摘みながら色々食べてね。

 もし良ければお酒飲む?』



目の前に美味しそうなサラダや

前菜が運ばれてきて、簡単なものには

見えないそれらに槙さんを見上げた。



なんか‥オシャレなレストランみたい‥


『甲斐田さん一杯飲んだら?

 ちゃんと送ってくし。』



「いえ、でも東井さん飲めないので、

 今日は大丈夫です。‥‥今度一緒に

 飲める日に飲みますね。」



『‥‥今度また一緒に行ってくれるんだ?』



少し綺麗な顔がニヤリと笑ってから

また頭を撫でてくれたあと、

自分が自然に発していた言葉に

一気に恥ずかしくなる



泣いて匿ってもらい、

お腹を鳴らしてご飯に連れてきてもらい

次回の約束を自分からするなんて‥‥

 


『槙、じゃあ何かおすすめの作って。』


『了解、甲斐田さん待っててね。』



目の前で飲み物作ってるのは

初めて見るかもしれない‥‥



テレビや映像とかではなんとなくイメージが

沸くけど、実際こうして見れるなら

次は飲みに来ようかと思ってしまう。



『はい、お待たせ。ミントとレモンベースで

 サッパリとした飲み物作って見たよ。

 臣は烏龍茶ね。』



うわ‥‥すごく綺麗な飲み物‥


ソーダ割りかな?

ミントの葉が浮かべられていて

くし切りされたレモンが浮かんでる



『じゃあ甲斐田さん、お疲れ様。』


「あ、お疲れ様です‥いただきます」



グラス片手にカチンと軽くコップを

鳴らした後、わたしは一口

いただいた飲み物を飲んだ。


なにこれ‥おいし‥‥



泣きすぎて喉が渇いていたのもあるけど、

レモンとミントがかなりサッパリしていて

体が潤っていくみたい‥‥



「すごくおいしい‥‥

 ありがとうございます、槙さん。」



モヤモヤした悲しい気分だったからか、

余計にこの飲み物が今のわたしには

必要に思えるくらい嬉しかった



『‥‥へぇ‥‥甲斐田さん笑うといいね。』


えっ?



『槙、やめろ。』


『えー、だってほんとのことだし、なんで

 臣にそんなこと

 言われなきゃいけないわけ?

 ま、とりあえず食べてて、何品かまた

 作ってくるから。』



少し低い声を出した東井さんにも

驚いたけど、綺麗な顔をした槙さんが

子供みたいにふざけて話すのにも驚いた



友達って言ってたけど

どういう繋がりなんだろう‥‥



『甲斐田さん、ごめん。

 とりあえず食べようか。』


「あ、はい‥‥じゃあわたし

 取り分けしてもいいですか?」


『ん、じゃあお願いします。

 つまめるオリーブやチーズとかは

 そのまま食べよう。』



それから私と東井さんは

美味しすぎる食事を食べながら

今まで話したことないことなどを

少しずつ話した



地元は都内で、

槙さんとは高校の時には美術部、

大学では二人とも映画が好きで

映画研究サークルに入っていたこと、

趣味は意外にも料理など、

今までに知らない東井さんの話を聞くのが

とても楽しい



『じゃあ次は甲斐田さんのこと教えて。』



「私ですか?‥‥私の話なんて大したこと

 ないですけどそれでもいいんですか?」



さっきまで泣いてたことなんて

思い出せないくらいお腹も満たされて、

東井さんと一杯目と同じ飲み物を

飲んでいた。



『いいよ、甲斐田さんのこと知りたいから』


ドクン



違う違う‥

東井さんはそういうのじゃないでしょ?


同じ場所なのに、話したことないから

先輩として後輩のこと気にかけて

くれてるだけだから‥‥



「私は‥‥‥人と接するのが苦手で、

 今の倉庫内の仕事はすごく好きです。

 ‥‥あと‥‥今日は誘っていただいて

 ありがとうございました。

 正直‥‥彼と別れた後だったので

 誰かと一緒にいれて良かったです。」



自分のことを上手く話すのが苦手だし、

今までの恋愛は踏み込むと上手くいかず

さらけ出すのはまだ勇気が出ない



東井さんはちゃんと話してくれたのに

ちょっと申し訳ない気がしてしまう‥



『俺も残業して良かったかな‥‥

 そっか‥‥ツラいのに頑張ったな。

 またツラい時はこうしてご飯行こう?

 まだ甲斐田さんのこと知りたいから。』



「‥‥頑張れたんですかね。

 私別れてって言われたのに何も言えなくて、

 ‥‥ほんとはなんでって‥‥」



あーまずい‥‥


この楽しい時間を壊したくないのに、

ちょっと目頭が熱くなってきてしまう



東井さんとのご飯が楽しいのもあるけど、

友達と過ごすのとは違って、異性や恋人と

こんなふうに自然体で食事したこと

なかったなって悲しくなったのだ



『大丈夫だよ。頑張ってたから

 泣けたんだろ?

 甲斐田さんを振った人は

 ほんともったいないことしたね。』



今日何度目になるかわからないくらい

優しく頭を撫でてくれる手が優しくて、

その手が頭を引き寄せると、

東井さんの肩にもたれかかった。



頑張ってたから泣けたの?


今度こそは嫌われないように、

頑張りすぎないように、

わがまま言わないようにしてきた



それくらい‥‥やっぱり悠介のこと

好きだったな‥‥



「‥‥すみません」



『ん?好きなだけ甘えていいよ。

 誰も見てないから』



初めてこんなに話した上司の肩にもたれて、

頭を撫でてもらうなんて

想像出来なかったけど、

今はこの温もりから離れれずに

瞳から止まらない涙を沢山流した



「東井さん今日は

 ありがとうございました。

 遅くまで付き合わせてしまいすみません。」



日付が変わる頃まで

泣き腫らした目で東井さんと槙さんに

慰めてもらい、目は腫れてしまったけど

心はスッキリしたまま帰って来れた



すっかり甘えてしまったけど

こんなに力が入らないでいられたのは

思い出せないくらい久しぶりだ‥



『すみませんはいらないから。

 それより泣かせて悪かったな‥‥

 目冷やして、ゆっくり寝て。』



頭を撫でてくれていた手が、

腫れぼったい瞼に触れると

そのまま頬にそっと触れた。



さっき帰る前にトイレの鏡で見た

自分の酷い顔に卒倒しそうだったけど、

東井さんも槙さんも触れずに接してくれた。



「東井さん、私、今日、東井さんと

 過ごせて良かったです。

 彼のこと忘れるくらい楽しくて

 その‥‥」



上手く言葉が出てこない‥‥


頬に触れている手がひんやりとして

気持ちいいけど、

私を見る東井さんの視線に

少しだけ緊張してしまう



『甲斐田さん』


「は、はい」


『あのさ、まずは友達になってくれますか?』



えっ?



と‥ともだち?



私のほっぺた触りながら友達?



車の室内の薄暗い場所でのまさかの

友達宣言に、なんで答えたらいいのか

全くわからない‥‥



そもそも友達ってどういう感じで

友達になったか頭の中で

小さい時から学生を思い描く



あ‥‥そうだ私って



‥‥私‥‥異性の友達って一人もいない‥



今日ほんの数時間しか過ごせていない

目の前の上司との時間は、

友達に話すくらい確かに自然でいられた



『フッ‥‥‥ゆっくり考えてみて。

 俺は甲斐田さんといるの楽しかったから

 ‥‥じゃあまた来週な。おやすみ』


「‥‥あ‥‥おやすみなさい。」



最初触れた時は冷たかった掌が

離れると、その部分が急に冷たく感じたけど、

車を降りて部屋に入るまで停まっていた車に

なんだかとても後ろ髪をひかれてしまったのだ


ガチャ



「はぁ‥‥」



朝起きて今この瞬間まで、

今日一日がとても長く感じられたのは

少なくとも東井さんのせいだろう



‥‥ともだち‥か。



悠介のことで暫くは恋愛はもうしたくない。


友達なら‥‥



最後に触れた頬にそっと手を当てたまま

眠れないと思った夜にぐっすり眠った







 

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