オンボロアパートと男の子

「つぼみちゃーん!パス!」

「あっ」

夏にそよそよと吹く風はなんとも言えない

生温かさで、少し気持ち悪かった。

サッカーなんてやったことないなぁ。

カホちゃんパスを出されて受け止め方も知らない私は

「うわぁ!?」

ボールについついつっかかって

コケてしまった。


「ごめんね、つぼみちゃん」

「大丈夫だよ。ちょっとコケただけ。

それにしてもここの日陰狭すぎない??」

「確かに。いいところないかな。」

いとこのシュウセイ兄ちゃんが汗を流して

つぶやいた。

「そうだ。みんなでいい日陰探そうよ。」


「もー!日陰を探すってどんな案よー!」

カホちゃんがプリプリしている。

だいたいシュウセイが〜とか文句を言いながらもいい日陰を一生懸命探していた。

「もう嫌!いい日陰なんて見つからない!

シュウセイに話つけてくる!つぼみちゃん、ここで待ってて!」

とどすどすと足音を立て、シュウセイ兄ちゃんのところへ行ってしまった。


仕方なく1人で探していると、近くのオンボロアパートからガシャン!と

急に大きな音がした。

「え?今の音…なに…」

大きな緊張が走った。出ている汗が冷や汗に変わるのがはっきりわかった。

ゆっくりゆっくり近づいていくと、

やせ細って髪も服もボロボロな男の子が

倒れていた。ちょうど水筒を持っていたので

慌てて男の子に水筒を渡した。


「ありがとう。本当に喉が渇いていたんだ。」

男の子はぐびぐびと水を飲み干した。

「お父さんとお母さんは?いないの?」

「いるよ。」

「どうしてお水をもらえないの?」

「父さんも母さんもばあちゃんも、

妹のことでいっぱいなんだ。僕を育てる余裕がないんだって。」

俯いて男の子は答える。

「そうなの…名前は?なんていうの?」

「誰にも教えるなって母さんが。」

今考えると本当に酷い母親だ。

子供の頃でも充分それが分かるくらいに。


他にもいろいろ教えてもらった。

本当のおうちはオンボロアパートではなくて

住宅街にあること。

妹は変な言葉を喋るということ。

私の中である名案を思いついた。

「たくさん教えてもらったから私もいいもの見せてあげるよ。」

男の子と歩いた先に、海の景色があった。

「ここの景色とても綺麗でしょう?

たまに通る船が汽笛を鳴らすのも見どころ。」


男の子はあの景色を見てどう思ったのかな。

男の子がオンボロアパートに戻ったあとの

ことはよく覚えていなかった。

あれ以来は会うこともなかったし、見ることもなかった。あの子はもういないのだろうか。


また一緒にみたいなあ。

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