第14話

 見慣れた黒のワンピースに身を包んだジュリが、浴室から出てくる。


 そのころにはすでにシキも着替えていた。


 時刻は午前三時半。眠りについてから三時間ちょっとしか経っていない。


「本当に追いかけるんですか……?」


「追いかける」


「正気です? 臭いをたどっていくなんて犬じゃないんですから」


「犬は嫌い。吠えるから」


「いや、そういう話じゃなくて」


 などと言いつつも、シキはすっかり着替えが終わって、軽食代わりにエナジーバーと缶コーヒーを胃の中に流し終えている。


 ジュリは、スマホを操作する。


「何してるんです?」


「こなたに連絡。あっちから、銃の携帯を許可してもらう」


「じゅ、銃?」


 ジュリはじっとシキのことを見つめた。「警官なら撃ったことはあるはず」


「そりゃあ訓練はしましたが……装備しないといけないんですか」


「危険だから」


「さっきのやつが襲いかかってくるって考えるなら、そうでしょうが」


「イヤなら警棒でもいい。自分の身は自分で守れるようにして」


 ふいっとジュリは扉の方へと歩いていく。その声はどこかいらだっているように、シキは聞こえた。なぜだかはわからない。


 だが、ジュリの背中は小さく震えているようにも見えた。




 拳銃携帯の許可は速やかに下りた。それにともない、滝月市警察署で拳銃が貸し出されることとなった。


 ガンラックの中で鈍い光を放つそれを、シキは手に取る。


 真っ黒で成人男性の手のひら大ほどのそれは、P230と呼ばれる拳銃である。日本警察用に、口径を32口径に小さくしたものである。装弾数はチャンバー内も含めて9発。刑事部の備品だ。


「自動拳銃なんてはじめて握るな」


 腰につけたホルスターに銃を収めながらシキが言う。


「撃てればなんでもいい」


「っていうか、撃てるんですか」


 小口径とはいえ撃たれた相手よりも、撃った当の本人の腕が吹き飛んでしまいそうなほどにその腕は細かった。


 じろりとジュリはシキを見た。いつになく細められた目にシキはぎょっとする。


「じょ、冗談です」


 鼻を鳴らしたかと思えば、ジュリは部屋を出ていった。シキは胸をなでおろしてから、マガジン二つをひっつかんで、その後を追った。

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