第13話

 目覚めたシキがまぶたをバチリと開けると、足首を強く握られていた。首を動かし、足を見れば、黒い影がいた。電気のついていない、新月の夜に溶け込むようなその人影は、シキが目覚めたことに気がついたように顔を上げる。


 突然、引っ張るような力が加わった。


 ――狙われてるよ?


 夢の中の一言が脳裏をよぎる。狙われているという言葉の意味は分からなかったが、シキはその相手を蹴りつける。足首を掴む力は弱まらない。いやむしろ、強まっているような感じさえあった。


 肉厚なマットレスのヘリをつかみ、引きずろうとする力に抗いながら、蹴りを何度も何度も放つ。


 と、隣のベッドが視界に入る。ジュリのことが思い浮かんだ。


「ジュリさん、大丈夫ですかっ!!」


 叫ぶと、ベッドのふくらみが揺らいだ。そこにはジュリがいて、少なくとも命はあるらしかった。ホッとしたのもつかの間の事。シキはジュリに助けを求めた。


「ここに、侵入者が」


 シキがそういうのと、足にかかっていた力がふっと消えるのはほとんど同じタイミングであった。


 人影はバッとシキから飛ぶように離れると、まるで地をなめるように部屋の出口の方へ行く。


「待て!」


 シキは追いかけようと、ベッドから降りた。その瞬間、掴まれていた方の脚に痛みが走る。引っ張られた時に痛めてしまったらしい。


 呻きながらもシキは、扉の方を見た。扉はあけ放たれ、今まさにゆっくりゆっくりと閉まっていって、ガチャリと音を立て、鍵がかかった。


「逃げられたか……」


「ううん」


 隣のベッドからとろけるような声がした。見れば、ジュリが目をこすりながら体を起こしているところだった。


「何かあったの」


「誰かに誘拐されそうになって。……証拠とかはあんまりないんですけど」


 シキは、自らの赤くなった足首を、ジュリへと見せつける。侵入者の証拠は、足首の手形と乱れたベッドくらいだった。


 ジュリは未だ夢の中で揺蕩っているかのようにぼおっとしていたが、その表情が一瞬にして引き締まる。


「ん、だいたい分かった。誰かがここにいたのは間違いない」


「わかるんですか!?」


「臭いがする。獣臭さと腐乱臭」


 ジュリがそう言ったので、シキは鼻をすんすんひくつかせて、臭いをかぐ。獣臭さや何かが腐ったようなイヤな臭いは全く感じなかった。


「鼻詰まってるのかなあ。臭いなんてしませんよ」


「する。おそらく、食屍鬼のしわざ」


「グール?」


「人の肉を食らうバケモノがいる。そいつが、この部屋にいた」


「オレは、そのグールってやつに食べられそうになってたってことかよっ!?」


 ジュリが首を振った。「そうとも限らない。誰かに指示されたのかも。連れてこいと」


「その誰かって」


 おおよその見当はシキもついていたが、聞かずにはいられなかった。


「稲藤そらみ、あるいはその一味」

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