第8話

 公安六課として知りたいのは、この街でオカルティックな何かとその内容である。人々に害がなければ――例えばUFOとの交信や、コックリさん――経過観察という可能性もあるが、今回においては当てはまらない。


 自殺者と犯罪者の増加に、そらみの曲が関与していることを前提として調査を行っている。だから、シキたちが求めているのは、その二つの因果関係である。


 そらみがつくり出した曲あるいは彼女自身が、人々を操っている。――その証拠のしっぽを掴むための聞き込みというわけだった。


 そういうわけで「何か変わったこととか噂とかありませんかねえ」みたいなことを、手当たり次第に聞き込みまわったシキだったが。


「成果なし、か……」


 数十人に聞き込みを行ったが、その成果は芳しくなかった。得られたのは、最近物騒だということくらい。近所の犬が吠えてるとか、オヤジ狩りが流行っているだとか、夜はパトカーや救急車のサイレンでうるさい、訴えてやる……などなど。


 第一、シキのことを信用している人間が少なかった。今のシキは制服を着ていない。私服でいいと言われたので、Tシャツにパーカーをはおり、ジーパンスニーカーという没個性的な服装をしている。


 しかも、まだあどけなさを残す顔に、警察手帳を見せているにも関わらず、十人中九人が胡乱な目つきを向けた。あとの一人は、俳優か何かだと思ったらしく握手を求めてきた。


 どうしたもんかね、と頭をかいたシキはそのまま腕時計を見る。時刻は午後四時半になろうとしている。ジュリとの待ち合わせ場所に向かう時刻が迫っていた。


 待ち合わせ場所は街の中央に位置している、その名もずばり中央広場。そこには街を見下ろすことができる時計塔があり、そこからそらみ作曲の「」は流されるのだ。


「折角なら時計塔のお膝元で聞いてきなよ」


 そう提案したのは、時計塔から最も遠い位置にいるこなたであった。ちなみにスマホで録音し、データを転送することになっている。それで、メロディに隠された秘密を科学的に解析するのが、後方支援担当こなたの仕事である。


 そういうわけだったので、シキは中央公園まで向かう。


 滝月駅で見つけたパンフレットの地図を見ながらシキは歩く。街の様子は、いたって普通に見える。平日というだけあって、往来は少ないが、そこここで黒煙が上がっているとか、奇声嬌声怒号の類が響くということもない。昼下がりの静けさが街には広がっていた。


 ただ気になるのは、大通りからはずれた薄暗い路地だ。ごみが散乱し、落書きが無数に見られた。いかがわしいポスターも貼られており、治安は悪くなっていると言われるとそうなのかもしれないと、シキは納得する。


「しっかし変な道だなあ」


 地図を顔を突き合わせていたシキは呟いた。


 地図で見る滝月市は、山に挟まれているためか細長いナスのような形をしている。上の方はキュッとしていて、下の方は丸っこい。その丸っぽい輪郭に沿うようにして川は流れている。


 シキが気になったのは、道の伸び具合だ。


 二年ほど前から再開発が行われ、最近終わったばかりという滝月市の道は、見るからに新しいものへと変貌している。日本では数少ないラウンドアバウトが導入されているのもその一つ。


 だが、再開発したという割には、道はうねり歪み、無法図に伸びているように見えた。それは自らの尾にかぶりついているウロボロスのよう。その円を貫くように、曲がりくねった道がいくつも放射状に伸びている。


 その中心には中央公園がある。


 そらみの曲を街中へ響かせる時計塔がある。


 何か恣意的なものを感じ、シキの体にゾゾゾっと猫の舌で舐められたみたいな不快感が走った。


 偶然だとは思えなくて、シキは歩みを速めるのだった。

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