第6話

 滝月市図書館は、山を間伐した際に出た材木で造られた木造建築である。その形は、開いたホタテを彷彿とさせるものだ。


 人々は下の貝殻から中へ入り、ホタテでいうところの可食部にあたる円筒状の建物で、本を読む。上の貝は屋上となっており、小さな菜園もあった。


「貝ね」


「そうですね……」


「あれ、見てるとぶっ壊したくなる」


「いきなり物騒なことを言わないでくださいよ」


 中へ入ると、本の香りが二人を包み込んだ。ここ二、三年でつくられたという建物は、どこもかしこもピカピカでこじゃれた感じがある。入り口近くの吹き抜けにはカフェがあり、本を読みながらコーヒーに舌鼓を打つ人々の姿が見受けられる。


 奥に行けばゲートの先に、本の海が広がっている。だが、ジュリの目的は本ではないようだった。


「どこ行くんです?」


「新聞」


「新聞で何を?」


「なんでもいい。気になることがあったらあとから報告」


 言うが早いか、ジュリは棚いっぱいに収められた新聞を両手に抱えると、テーブルに広げて読み始める。それを見てか、隣にいたおじさんが目をぱちくりさせていた。


 シキはため息をついて、ジュリのとは別の新聞を手に取る。


 アーカイブは過去十年間にわたって残されているようで、その量は膨大なものになる。だが、シキは十年前から読み始めるつもりはさらさらなかった。自殺者や犯罪数が増え始めたのは、二年前から。そのあたり何かあるのではないかとあたりをつけていた。


 地方紙にいくつか目を通したところで、そらみの名前が出てくる。彼女の功績を鑑みて、午後五時を告げるメロディを、そらみ書き下ろしのものにするうんぬん。


 同じ面に載せられた写真には、抱き合う二人の男女。片方はそらみで、男性の方は市長の女野都洋というらしい。高校の時のクラスメイトだという二人は、親し気な笑みを互いへと向けている。


 シキはメモを取る。それからふうと息をつき、新聞を棚に戻した。


「何かわかりました?」


「自殺の記事が多い。情報は確かみたい。そっちは」


「市長がそらみさんと同級生みたいで、楽曲提供はその縁だってさ」


「市長も関係があるということ」


「さあそこまでは書いてない。あ、こなたさんに調べてもらいましょうか」


「ついでに、稲藤そらみの住所も調べさせて」


「どうして?」


「容疑者の家に調べるため」


 どうやってとか、そういったことは全く言わずに、ジュリは立ち上がる。新聞を両手に抱え、棚へと戻しに行ってしまった。


 シキはその小さな背中を見つめる。


 口数少ない同僚の考えていることが、シキにはよくわからなかった。何より、彼女が公安という警察の中でもよくわからない所で働いているのが、気になってしょうがなかった。


「なんでこんなことになったのやら……」


 シキ自身、どうして公安六課に配属されたのかわかっていないのだ。はれて警察官になったのもつかのま、手書きの辞令を渡されたのである。彼の上司も首をひねってしまうほど不可解な辞令だった。


 とはいえ、思い当たる節がないわけでもない。


 ――今回の調査と、大五郎たちが話していたことを考えるに。


「オレの過去に何かあるのか?」


「――ある」


 声がした方を見れば、ジュリが仁王立ちして、シキのことを見ていた。


「何か知ってるのか、オレの過去を――何があったのかを」


「そこまでは知らない。だけど、何か悍ましい存在が関与しているのは間違いない」


「なんだよ、その悍ましい存在ってのは!」


 シキの問いかけに、ジュリは首を振った。


 そして、シキへ背をむけると図書館の出口へと歩いていった。


 またも意味深な発言をしたジュリに、シキの肩がぷるぷると震えた。だが次の瞬間には、大声を出した自分へ集中している非難の視線に気づいて、頭を下げながらその場を後にするのだった。

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