第5話

 N県に位置する滝月市は大自然に囲まれた小さな街である。街の両側を山々に囲まれ、中央を雄大な川が流れている。そよ風とせせらぎと音楽が響く街。――と、シキが手にするパンフレットには書かれていた。


 見上げれば、スカッとするほどの冴えた青空が広がっている。車の騒音は、東京のド真ん中よりもずっと少ない。


 シキは滝月市へやってきていた。……のだが、シキはやる気になれずにいた。


 稲藤そらみの生まれたこの地で起きている何かを調査するために来た。それは仕事だからいいのだ。どうして興味津々だったこなたが来なかったのか。


「私は後方支援なの。こっちで君たちが集めた情報を解析するから、じゃんじゃん送ってちょうだいな」


 とは、出発前のこなたの言葉。その後「あとはお若い二人でごゆっくりー」と口元に笑みを浮かべ言ったこなたのことを思いだしてシキはため息をつく。


 そんなシキの隣には、「お若い二人」のもう片方ことジュリがいる。まさに直立不動というふうにピンと背筋を伸ばして立っているジュリは、その水晶玉みたいな目を四方八方へと向けている。その姿は、人の皮をかぶったロボットのようで、不気味である。


「ジュリさんは何を……?」


「魔力的なものを感知しています」


「魔力」


「はい。この街には多量の魔力があります」


「それって龍脈とかいうやつ?」


 ギュンとジュリの顔がシキを向いた。かと思えば、つかつかと近づいてくる。眼前までやってきたところで、立ち止まった。


 鼻と鼻とがくっついてしまうのではないか、という超至近距離。ふわっと何やらいい香りがする。これからキスの一つでもしそうな構図だったが、ジュリの瞳はちっとも濡れていなかった。


「まったく違う」


「わ、わかった。わかったから、ちょっと離れて」


 言いながらも、シキはよろめくように後ずさっていた。距離をとって幼い同僚の方を見れば、ジュリはピクリとも動いていなければ、動揺もしていない。


 これじゃあ、どっちが年上なのかわからないな。シキは内心苦笑した。


「じゅ、ジュリさんに質問なんですが」


「何」


「えっと、こういう調査って、やったことあるのかなあと」


「ある。それが?」


「オレ、来たばかりだから調査の仕方とか教えてもらえると嬉しい」


 ジュリは黙ってしまった。何かまずいことでも言ってしまったのだろうか、シキは脳内で考えをめぐらせるが、心当たりは全くない。


 少女は数秒ほど固まっていたが、黒いワンピースの裾をひるがえして、ターン。


「ついて来て」


「りょ、了解」


 ジュリが先を進むような形で、二人は滝月市へ繰り出していく。


 かと思われたが、数歩進んだところで、ジュリが立ち止まる。


「図書館はどこ?」

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