第4話

 やってきたのは、スーツ姿の男である。乱暴に扉を開けたその男は、部屋の中をぎょろりと見回し、その視線を蔵山に向けた。


「久しぶりだな、蔵山」


「大宮じゃないか数か月ぶりか?」


「いやもっとだよ。まさか外事課から引っこ抜かれて、こんなところに飛ばされたショックで忘れたのか?」


 蔵山と彼に大宮と呼ばれた男は、親し気に話をしている。シキはそれを横目に見つつ、こなたへと問いかける。


「あの人は?」


「大宮大五郎。課長とバディを組んでいたっていう人で、ヤマゴローコンビって呼ばれてたかしら。知力の蔵山、脳筋の大五郎ってね」


「誰が脳筋のイノシシ野郎じゃい」突然、振り返りながら大五郎が言った。


「いや、そこまでは言っていないんだけど」


「ん? そこのガキは……」


「ああ、こちら今度六課に配属されたシキ君だ」


「シキっつったらどこかで聞き覚えが」


「な、何かの気のせいだろうさ。シキなんて名前、佐藤くらいありふれているからな!」


「二年前の事件の生き残りですよ」


「こなた君!?」


「こういうのは先に言っておかないと、あとからぐだぐだ言われますからね」


 シキという名前と、二年前の事件とがやっと結びついたのか「ああ」と大五郎が声を上げる。


「あの意味わからん事件の生き残りがねえ。何の因果だか」


「因果というよりは、彼のその経歴を買った、のかもしれないな」


「それはどういう……?」


 蔵山は肩をすくめた。「さあな。上層部の考えてることはいまいちわからないから」


「なるほど?」


「それはそうと、大宮は何の用で来たんだ」


「ああそうだった。公安で目をつけてた町があったんだが、どうやらお前さんたちの仕事になりそうってんで、仕事を回しに来たんだ」




 ホワイトボードにいくつかの紙を貼り終えた大五郎が咳払いをした。


「突然だが、年間の自殺者数はどのくらいだと思う」


「おおよそ二万人前後だね」タブレットを見ていたこなたが言った。


「お前には聞いてねえんだが、まあいい。それは年間の自殺者数だな。一県一市ともなれば、もっと少なくなるだろう」


 言いながら大五郎が指さすのは、日本地図である。その日本地図は普通のそれとは違い、各県から棒グラフが伸びている。それが自殺者の数を表していた。基本的に大都市ほど人の数が多く、自殺者も多い。だから、警視庁のある東京が一位――ではなかった。


 N県が一番だった。N県は人口がとりたてて多いわけではない。むしろ人口の流出が問題視されている県だ。そんな県が自殺率が高い――それも二位の東京にダブルスコアつけて――というのはいささか奇妙であった。


「これは何かあるのではないかと考えたわけだ」


「何かって?」


「それを今から説明するんだよ、ガキは黙ってろ」


「…………」


 睨まれたシキは俯いた。ガキといえばガキかもしれなかったが、そうではないかもしれない。記憶がないから、自分の年齢さえも覚えていない。どう返せばいいのかわからなかった。


 鼻を鳴らした大五郎が言葉を続ける。


「例えば、違法薬物の横行が考えられたため、マトリに捜査を依頼した。そしたらこれがドンピシャでよ」


「じゃあどうして解決してないの?」


「違法薬物だけではなかったんだよ。それ以外の犯罪数そのものが増加傾向にあったんだ」


「ふむ、しかし、その町の治安が悪化しただけなのではないか?」


 言ったのは、おいしそうにコーヒーをすすった蔵山。


「俺もそう思ったさ。だがどうやらそうじゃないらしい」


 そう言って、大五郎は次なる紙を指で弾いた。その紙には女性の顔が印刷されている。丸っこいメガネをかけた髪の長い女性に、シキは見覚えがあった。


「あれ、そらみさんじゃん」


「そらみって――この方を知っているのか?」


「知ってるっていうか、よく聞いてるっていうか。この人バンドマンなんですよ――や、今はバンドを解散してソロでやってるんだったっけ」


「よく知ってるじゃねえか。この女性は、稲藤そらみというシンガーソングライターだ。昨年解散した『超神聖爆発』の作詞作曲担当で、現在は他のバンドにも楽曲提供を行っているうんぬん」


「へえー最近追っかけてなかったけど、そんなことしてたんだ」


「もしかしてファンなのー?」


「うっさい黙れ!」からかい気味のこなたの声に、大五郎が怒鳴る。「そんなことよりだ。追っかけてた奴ならわかると思うが、なんかあいつの曲って独特だっただろ」


「そうなの?」


「変わってはいるかなあ」


 シキの脳裏に浮かぶのは、そらみ作曲の曲たち。確かに独特な曲調のものもあったが、めちゃくちゃ変わっているわけでもない。


「それでよ、その変わってるってところがなんか絡んでるんじゃねえかってわけ」


「じゃあまさか、その曲が人々を犯罪や自殺に導いているということかい?」


「そうなるな。実際、N県にはそらみの生まれ故郷があって、そこの午後五時を告げるメロディがそらみによって生み出されたものらしいが、それが流されるようになってから自殺者犯罪者が増加したんだと」


 だから、と大五郎は言葉を続ける。


「稲藤そらみが何か超自然的な方法で、人を操ってる可能性がある。そういうわけで、そういう意味わからんものを扱っている六課に持ってきたってわけ」


「……なにが持ってきたよ。押しつけに来ただけでしょ」


「なんか言ったか!」


「なんでもー。どっちみち、音で自殺を誘導するっていうのはちょっち気になるし、やりますよ私は」


 ギロリ。


 大五郎が発する鋭い視線の切っ先が、シキへ向けられる。シキは課長の方をみたが、両手を合わせて、まるで頼むよと言っているかのよう。隣のジュリは小さく頷いたかと思えば、正面を向いた。


 誰も断ろうとしない。。


 シキは渋々頷くのだった。

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