第12話 ギルマスからしっぺ返しをくらったんだが?

「――以上の功績をたたえ、冒険者アモネをランクEからランクDへ昇格しょうかくするッ!」

 

 二時間前にも見た光景がまたあった。

 

 拍手喝采はくしゅかっさいどころか、もはや畏怖いふねんを覚えるようなどよめきがギルドを支配する。

 

 アモネは相も変わらず、例のカーテンコールよろしく頭をぺこぺこ下げていた。


「ちなみに登録初日にランクを三つあげたのは歴代四人目の偉業だ! 今後も精進するように!」

「は、はひぃ……頑張りますぅ……」


 そういやそんな記録もあったな。……というか初日でベテラン級の働きする新人、恐ろしすぎるだろ。冒険者たちの顔が若干じゃっかん強張こわばっている理由はたぶんそれだろうな。うん。


 もちろん俺はGランクで停滞。いつも通りの結果だ。


 半分はお祭り騒ぎ、半分は畏怖におののくギルドをぼーっと眺めていると。


 カウンター越し、ウィズレットさんがため息交じりに声をかけてきた。


「それで、デリータくん? あなたはいつまでGランクに居座いすわり続けるのかしら? 毎度毎度ギルドマスターの発作ほっさ抑止よくしするこっちの身にもなってほしいんだけど?」

「いやもう、それは本当頭が上がらないっすウィズレットさん」


 なんでもゲンゴクは俺が実績をあげるたびに『いいや、今度こそデリータとかいう冒険者のランクはあげる! あげるからなぁ!』と発作を起こしているらしい。


 それをなだめているのがこちらの女神ウィズレットさん。昇格を望まない俺の意向に最大限配慮さいだいげんはいりょしてくれているという訳だ。彼女のおかげで、俺は今日もGランクにいられる。



 ……わかってる。はたから見ればおかしなことをしているのは百も承知だ。

 それでも俺は今後もここで足踏あしぶみを続けるだろう――少なくとも、《消去》で見てしまった『あの日』を乗り切るまでは。



 ……あ。ウィズレットさんが眉をつりあげてツンとそっぽを向いている。

 

 当然か。


 面倒なお願いをしているのは間違いないし、きっとゲンゴクを宥めるのだって骨の折れる作業だろうから。


「本当すみません、ウィズレットさん。迷惑かけちゃって。さっさと上に行けって感じですよね」

「ま、まぁ別に? わたしはデリータくんが? 最下層ランクでいてくれるなら? ずっとあなたの面倒を見れるワケだし? それもやぶさかではないかな? とも思ってるんだけど――」

「やぁデリータ君。驚いたよ、まさか僕が調査ちょうさしていた案件あんけんすら解決してしまうとは」

「ブルームレイさん!」


 突如とつじょ現れた有名冒険者。思わず俺は彼と名を呼びわしてしまう。


「……あ、お話中だったかな?」

「?」


 後ろを向くと、歯を食いしばってこちらを睨むウィズレットさんが。一応様子をうかがってみたが「もういいわ」とあしらわれてしまった。


「君は本当にすごいね、デリータくん。一体どうやってあの場所を?」

「偶然の産物ですよ。それより……案件を横取りしてしまったようですみません」

「いやいや気にしなくて良いんだ。ローヴェニカの人々から脅威きょういが去るのなら僕も君も同じ気持ちだろう? 平和と安寧あんねいが一番なのさ」


 爽やかな笑顔に金髪が揺れる。さすが高ランク冒険者。考え方が聖職者せいしょくしゃみたいだ。


 あの後――モンスター因子いんしから解放されたキャリーは今、ギルドの医務室で安静にしている。

 その時にギルマスにもこと経緯けいいを説明したが、やはり不可解な点がたくさんあったようだった。

 中でも格別の謎は、人の言葉を話すあのモンスターのこと。


 そういう意味では、少女の失踪事件はまだ完全解決には至っていない――それが俺の本音だ。


 だがそんななかでも、俺たちはキャリーを救うことができた。

 誰も失わず、こうして日常に戻ってこられている。紛れもなく幸運だろう。


「……今回は本当に運が良かったな、と思います」

「気持ちはわかるよ。これですべてが解決したとは言いがたいし、もしかすると今後また同じようなことが起きてしまうかもしれないからね」


 ブルームレイが俺の肩にぽん、と手を置いた。


「でもその時は、また僕らで戦えばいいだけだろう? そしてまた救えばいいのさ。今回君が救った荷物持ちポーターの子と同じように。そうじゃないかい?」


 聖職者みたいじゃない。この男は聖職者だ。いいや絶対にそうだ。

 内心そんな指摘をブルームレイへ向けつつ、俺は言葉を返した。


「ええ……そうですね」

「これからも共に頑張っていこう、デリータ君」



 興奮こうふん冷めやらぬギルド内だったが、


「皆、ちょっと聞いてくれ」


 ギルドマスターゲンゴクの一言で不気味なほどの静寂せいじゃくがやってくる。

 ゲンゴクはぐるりと見回し、真面目な表情で続けた。


「最新の情報によると、人間の言葉を理解するモンスターが現れたらしい。奴は非常に理知的りちてき狡猾こうかつ、さらには人をモンスター化させることも可能だったそうだ。今後そういうモンスターたちと遭遇する場合もあるだろう。くれぐれも警戒して依頼をこなすように。以上!」


 注意喚起が終わると、冒険者たちは各々の活動へ戻っていく。


 アモネが「デリータさんの報告がみなさんの役に立つんですよ、さすがです!」と耳打ちしてきた。さすがなのはそれを知らしめる力を有するゲンゴクだろう。


「さ、俺たちも今日はもう休もうぜ。どっかいい宿を――」

「あ、そうだった。もう一つ!」


 突然、ゲンゴクが思い出したように大声をあげた。



 ……なぜか俺の腕を高らかにりあげて。



「えっ」

「その貴重な情報を持ち帰ってきたのはGランク冒険者のこの男、デリータだ! 人の言葉を話すモンスターについて知りたいことがあったら、なんでもコイツに聞いてくれ!」

「ちょ、ちょっと待ってくれよゲン――」

「それからついでに! デリータのスキルは《ダメージ吸収》だ。もし『スキルを思い切り使いたい、けれど使える場所・環境がない……』って困ってるなら、コイツに相談してみるといい! きっと誠実せいじつに対応してくれるはずだ! ……そうだろう、デリータぁ……?」


 いやいや……いやいやいや!


 ゲンゴクめ、なんだその含みのある笑みは!


 まるでランク維持いじ代価だいかだと言わんばかりの不敵な笑みだぞ⁉


「ウィズレットさん、話がちが――!」



 ぷいっ。



 ……あー、これ、さっき最後まで話を聞かなかった天罰……っぽいな。うん、絶対そうだ。


 さ、最悪だ……。これじゃ何のためにGランクに居座いすわっているのかわからなくなるぞ。


 だが当然、そんな俺の内情ないじょうなど他人が知るはずもなく、


「お前Gランクのくせにやるじゃないか!」

「早くランクアップして一緒に冒険しようぜ!」


 と、顔見知り程度の冒険者たちに声をかけられる。


「おー、デリータさんモテモテですねぇ!」

「何をニヤニヤしてるんだ……」

「お顔がとても明るくなったように見えるので! わたしも嬉しいです」


 えへへー、と慈愛じあいに満ちた笑みを浮かべるアモネ。

 ……だったが、次の瞬間にはほおを真っ赤にする彼女が見えた。


 というのも、冒険者の中にはナイスバディでせくしぃビューティーなお姉さまもいる訳で、そんな女性が俺のかおやら首筋くびすじやらむねやらに指をわせて、


「デリータくん、今夜アタシの宿にいらっしゃい? 冒険者のアレコレ……知りたいでしょぉ?」


 なんてえっちぃ声で言ってきたせいだろう。


 俺はほぼ無意識むいしきうなずきそうになったが、


「だだだダメですから!」


 もう余裕よゆう欠片かけらもなくなったアモネが割って入ってくる。さっきまでの笑顔はどこいったんだ。


 そうする間にも、別の女冒険者がわらわらと集まってくる。各々が各々の好きなように声をかけてくる――が、俺の意識は完全にある一人へ向いていた。


 それは集まる女性たちのさらに向こう。


「…………、」


 心底しんそこ不機嫌ふきげんそうに前屈まえかがみになって座る男、ディオスだった。


 貧乏びんぼう揺すりをする彼の瞳はじ……っと俺を捉えている。


 思わず口を引き結んでしまう。あの瞳には怒りや恨み……そんな言葉では到底とうてい形容けいようしきれない、どす黒い何かが渦巻うずまいているように見えたのだ。


 そしてその悪意は今、確実に俺に向いて――――「デリータさん!」

「うおっ⁉」


 視界が急にブレたと思ったら、アモネに腕を引っ張られていた。


 力に逆らわず、俺は駆け足で彼女の背中についていく。


「どうしたんだよそんなに急いで!」

「ここは危険です! デリータさんを狙う女性冒険者モンスターがうじゃうじゃいます! 早くここから逃げましょう!」

 

 ……ディオスのことが気ならないと言えば嘘になる。

 

 でも、今の俺の居場所いばしょはここだ。アモネのいる今だ。

 だから連れ出してくれてありがとう、と心の中で感謝を述べつつ、

 

 俺は呆れたように言った。


「同業者をモンスター扱いするやつがあるか!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る