第13話 露出狂がハチャメチャに強いんだが?

 宿に行ったはいいものの、俺は部屋を確保することができなかった。

 なぜか? 金がないからだ。


「や、宿代やどだいだけは手元に残しておけばよかった……」


 キャリーに渡した六千万ゲルが恋しくなる。


 そんな俺の横で、アモネが励ますように言ってきた。


「ここはひとまず、鍛冶屋かじやでわたしの剣を作るというのはどうでしょう!」

「金がない」

「で、では何か美味おいしいモノでも!」

「金がない」

「……、」


 あぁ、なんて虚しい会話だろう。


 ぶっちゃけ俺はベッドで寝なくても全然問題ない。これまでにそういう日を過ごしてきたことは多々あったし、路上で寝ろと言われれば余裕で眠れるだろう。


 だが……と俺は隣の少女を見やる。


 さすがに金髪のお嬢さまを道端みちばたに寝かせる訳には……いかんよな。


「仕方ない。もう一回ギルドに言って、短時間かつ高収入の依頼をこなそう」


 うん、これが一番手っ取り早いに違いない。

 あわよくば沢山稼いで、美味うまい飯でも食べよう、そうしよう。


「そんな都合の良い依頼があるんでしょうか……」


 そう不安になることはないぞ、アモネ。

 依頼書は掲示板に貼られているものだけじゃないんだな、実は。



 ギルドの扉を開けた瞬間、俺は凄まじい殺気のようなものを感じた。


 ウィズレットさんがたいそう不機嫌そうにこちらを睥睨へいげいする。


 そういえば怒らせてしまったままだったなー……。


「こ、こんにちはーウィズレットさん。数十分ぶりですねー……?」

「…………、」


 フル無視である。


 いつもならもう少し粘るところだが、そこまで時間に余裕があるわけでもない。

 彼女には悪いが、カウンターの奥にいる別の受付嬢にお願いしよう。


「あ、そこの新人さん! ちょっとお願いしたいことが――ッ⁉」

「私に言いなさい」


 ウィズレットさんの握力が俺の手首に身じろぎ一つさせてくれない。


 なんて力だよ……とは口にせず、俺は大人しく事情を説明した。


「なるほどね。つまりあなたは私に『アモネさんと秘め事チョメチョメをしたいからその場所を探す手伝いをして欲しい』と言っている訳ね? 良い度胸してるじゃない」

曲解きょっかいすさまじいんですがウィズレットさん⁉ 単にお金がなくて困ってるってだけですよ。掲示板にも良さそうな依頼はないですし、何か紹介してくれませんか?」


 すると決死の想いが伝わったのだろう。

 ウィズレットさんは呆れたようにため息をついて、


「……はぁ、しょうがないわね。ちょっと待ってなさい」


 水色の髪を揺らしながらカウンターの奥へと消えて行った。


 待ちながら、ふいにアモネが言う。


「ウィズレットさん、可愛らしい方ですね」


 微笑ほほえむような、口をとがらせるような、そんな口調だ。もしかするとアモネはウィズレットさんのようなお姉さん感にあこがれているのかもしれない。


「そうだな。ちょっと照れ屋で自分の気持ちを表現することが苦手なだけで、根は真面目だしすげーいい人だと思う」

「……! デ、デリータさんはウィズレットさんの気持ちに気付いているんですか……?」


 不安げににらむような目を向けてくるアモネ。


 当然わかっているつもりだ。


「それなりに付き合いも長いしな。彼女が俺に対して何を思ってるかなんて手に取るようにわかる」


 ウィズレットさんにはたくさん迷惑をかけているし、きっと俺の顔を見るたびに早くランクを上げてくれと思っていることだろう。


 するとアモネは小さく「わたしもうかうかしていられませんね……」とか何とか言っている。何の話だろう?


 やがてウィズレットさんが一枚の紙とともに戻ってきた。


「二人ともお待たせ。あったわよ、あなたの望み通りの依頼書が」


 カウンターに置かれた紙面しめんに目を通す……が。


「……実験助手じっけんサポーター? なんの実験だ?」

「場所は西の森。その南方向に研究所があるから、詳しい話はそこで聞くと良いわ」


 研究所、怪しげな場所にあるな。本当に大丈夫か?


 と一瞬だけ迷いが生まれたものの、報酬金額三〇万ゲルという表記に俺は二つ返事をした。


「ウィズレットさん、ありがとう。本当いつもいつも感謝してる」

「ぼ、冒険者のサポートが私の仕事だもの。良いからさっさと行ってきなさい」


 すっかりいつもの調子に戻ってくれたらしい。よかった。


 ……にしてもウィズレットさん、なんであんなに顔が赤いんだろう?



 西の森をしばらく進んでいく。

 俺は依頼書を見ながら、研究所への道を探っていた。


「三本の分岐道があって、それを……あ」


 眼前。ちょうど研究所へ行くときの目印を発見する。


 三つの矢印が棒に取り付けられた看板だ。


「依頼書に書かれてるの、ここだな。これを南だから……こっちか」


 そのうち一つの方向へ足を進めようとすると、後ろからそでをぐいっと引っ張られた。


「いいえデリータさん。南側ならこちらですよ?」


 アモネが俺と反対方向を指差しながらそう言う。


「え? だって俺たちは西向きに歩いて来たんだぞ? なら南はこっちじゃないか?」

「でもデリータさん、これ見てくださいよ」


 とっとっと、とアモネは看板まで近寄り、矢印の先端へ指先をあてた。


「こっちが南になってます。きっと森の中を歩いてくるうちに方向感覚が変わってしまったんですよ」


 ……よく見ると矢印の先には『北』とか『南』と方角が書かれている。気がつかなかったな。


「ま、じゃあそっちにするか」


 俺はきびすを返し、アモネが指さした道へ足を進めることにした。

 看板に方角が書いてるくらいだ。何かのいたずらでもない限り、こちらが南なのだろう。



 そのまま進むこと三分ほどか。


 研究所なんてどこにも見当たらないのだ。どころか人の影一つとも遭遇していない。


 やっぱりこっち、南方向じゃなかったか……? とふいに思った時。


「デリータさんアレ……!」


 少し前を歩くアモネが、驚いたように何かを指差していた。

 俺はけ足で彼女の隣へ行き、そちらへ視線をやる。と。


「すごい……!」


 隣で驚嘆きょうたんの声を漏らすアモネ。その理由は――確かにわかった。


 森の中の開けた場所、とでもいうのだろうか。


 そこでモンスターと激しい戦闘を繰り広げる少女がいたのだ。


 いや、激しいという表現は正しくないかもしれない。

 一方的な蹂躙じゅうりんだ。


 二メートの全長をほこ巨人型きょじんがたモンスターに対し、白衣をまとう少女はかなり短躯たんく

 にもかかわらず、一切のひるみを見せずに真っ向からの突撃をためらわない。


 少女が移動するたびに紫電しでんまたたき、足場の枯れ葉が衝撃で宙を舞う。

 疾風しっぷうのごとくモンスターの周囲を駆けまわるその姿はまるで狂飆きょうひょう。風圧すべてが雷光らいこうをまとう刃のごとくひらめいている。

 

 雷撃らいげきのような、あるいは閃光せんこうのような白衣の少女は間もなくして、

 巨人型モンスターの首を容赦ようしゃなくねた。

 

 ぼすり、とモンスターの頭部が落下する。

 

 やがて白衣の少女は――


「おいそこのキミ」


 圧巻の勝負に言葉を失っている俺たちへ、目を向けた。

 して、ててて……と俺の前へやってくる。


 ……で、俺はそこでようやく気付いたのだが、

 この子、服着てねぇ。白衣のした、下着だけだ。露出狂ろしゅつきょうだ、完全に。


 そんな彼女は俺を見上げてこう言った。


「キミは女性を何だと思ってる」

「は?」

「なぜぼーっと見ているだけで助けに来なかったんだと聞いているんだ。ワタシのこのすべすべな肌に傷がついたらどうする」


 服着ろよ。まず何よりも先に。


 返答に困っていると、横からアモネがたすぶねを出してくれた。


「あ、あのわたしたち、この辺りにある『廻天計画リナーシタ研究所』を訪ねてきたんですけど……ご存知ありませんか?」


 すると露出狂の少女はじー……っと俺とアモネを交互に見て、一息。


「なんだ、ワタシに用か」


 ワタシに用? アモネと視線を合わせる。彼女も俺と同じことを思ったみたいだ。


「いいだろう、研究所に案内する。だがその前にキミたちも手伝ってくれ」

「手伝う?」


 白衣の少女はくるりとひるがえした背中ごしに言った。


死骸モンスター運搬うんぱんだ。研究材料として必要でな」


 まさかこの人が研究所の人……なのか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る