第11話 モンスターが喋ったんだが?

「ていやーっ!」


 背後から聞こえる活気かっきの良い声。アモネのほうは順調じゅんちょうそうだ。


 ボロ屋敷やしきに侵入した俺たちは、まず一階部分の捜索をすることにした。


 二手に分かれて、すべての部屋を探し回る。


 俺は消去でモンスターを床の底、地面の底へと落とし、最後の部屋を確認した。


 キャリーの姿はない。


「こっちにはいなかった! そっちは?」

「こっちも誰もいません! 残るは……」


 合流した俺たちは同時に二階を見上げる。そしてうなずきあった。


「行こう!」


 エントランスから二股ふたまたに伸びる階段をけのぼる。その途中ゴロゴロゴローッ! と、


「うわぁぁなんか転がってきてますーっ‼」


 決して偶然とは思えないような鉄球てっきゅうが、階段を転がり落ちてきた。

 アモネは俺を引っ張って逃げ出そうとこころみる。


退かなくていい! こんなもの――」


 だが俺はむしろ鉄球へ突っ込むように段を駆け上がり、


「ちょっとさわればそれで消える!」


 ふぉん、と。《消去》が鉄球をどこかへ消し飛ばした。


 階段から見る二階は、中央に大きな二枚扉があるだけのよう。

 つまり可能性があるとすれば、キャリーはあの部屋に――!


 どんっ! と俺は扉を蹴破けやぶるとほぼ同タイミングで声を上げた。


「キャリーいるか⁉」


 いた。キャリーがいた。



 ――得体えたいの知れない『何か』に拘束こうそくされている、キャリーが。



「キャ、キャリーちゃん……っ!」


 アモネが悲鳴ひめいにもさけびを口にした途端とたん、その『何か』が喋り始めた。


「ほう? まさか人間ごときに場所ここが割れるとはな」


 驚愕きょうがくだった、というのが素直な感想だろう。


 『何か』は人型をしていた。顔は奇天烈きてれつな仮面で隠れているのでよくわからない。だが体は、二本の手足はハッキリと認識できる。


 異常なのはその見た目。まるで闇を溶かしたような物質が体全体にまとわりついているのだ。キャリーを拘束している紫色の触手しょくしゅも、ソイツの背中からゆらゆらとだらしなく伸びている。


 端的たんてきに言おう――人の姿をしたモンスターだ。


「お前……喋れるのか……⁉」

「我々をあなどってもらっては困る。人間に命を奪われるたびに我らは強くなるのだよ。貴様きさまらを滅ぼす日もそう遠くはあるまい……」


 たのしむような口調が不快にも響いた直後、だるん……としていた触手がピン! と緊張の糸を張った。


「――ッ‼」


 声にならないキャリーの悲鳴。

 俺は考えるよりも先に、『何か』に飛びかかっていた。


「そいつから手を放せ!」

「もう遅いが――」

「⁉」


 コマ送りのように進む現実リアル

 目をそむけたくなるような光景だった。


 敵の背よりでる闇の触手の一つがうねうねと動き――やがて。

 キャリーの口の中へともぐり込んでいったのだ。


「――望み通り手を放してやろう」


 見えもしない仮面の奥で、モンスター嘲笑あざわらっているように思えてならなかった。


「ぐぎ、ぐごごごっがががががああああああああああああああッッ‼」


 触手を取り込まされたキャリーが絶叫する。

 穴という穴から不気味な光をこぼし、人としての姿をあきらめたように体を変形させていく。


 その過程かていで、敵は歌うように宣告せんこくした。


あきらめろ人間。この女子おなごの細胞には既にモンスターの因子いんしが取り込まれている。人間を軸にしたモンスターは強くてなぁ……やめられんよ、まったく」


 ふざけるな――と敵へ消去を向けたが瞬間、

 ドッ‼‼ と空気もうな衝撃波しょうげきは異形いぎょう状態のキャリーから生み出された。


 飛ばされないように、なんとか踏ん張る俺とアモネ。


 視界の端で敵が消える。だが優先すべきは絶対にキャリーだ。


「いけるかアモネ!」

「もちろんです……絶対にキャリーちゃんを助けましょう!」


 まず床を蹴ったのはアモネだ。スキルをしつらえた両手を武器に、異形と化したキャリーへ突っこんでいく。


「――ァ! ォ――……‼」


 触手がアモネを遠ざけんと乱れ打つ。

 彼女は辛うじて対処できる動体視力どうたいしりょくに身をゆだね、大声を張りあげた。


「キャリーちゃん目を覚まして! 大事な妹さんのこと助けるんでしょう⁉ 元気になった妹さんと一緒に遊ぶんでしょう⁉」


 声は届かない。アモネの手に防御された触手はその反動を活かして更に猛追もうついする。


 別の触手しょくしゅが俺に襲来しゅうらいする。消去。触手を消し飛ばす。だがすぐに別の触手が生成され、容赦ようしゃなく俺を叩きつけがごとくはらわれる。それもまた消去。


 アモネが乱打らんだに耐えるなか、触手と消去のいたちごっこをしながら俺は考える。


 どうする。どうすればキャリーのふところへ飛び込める?


 正直、触手自体は大した威力じゃない。問題は手数の多さだ。半永久はんえいきゅうとも思える触手をまともに相手にすれば、完全に身動きを封じられてしまう恐れがある。


「きゃ……!」


 触手がアモネにヒットしてしまったらしい。

 俺はこちらへ吹っ飛んでくる彼女の背中を支えながら、


「大丈夫かアモネ!」

「は、はい……! まだまだやれますっ!」


 容赦ないな、キャリー。こんな時でも触手が無数に迫ってくる。

 俺はアモネの前へおどて、消去、消去、消去――。本当にキリがない。


「あの手数さえどうにかなれば……!」


 考えに脳ミソを使いすぎたせいか、思わず俺は考えを口にしていた。


 すると背後。


「……! デリータさん、わたしならできるかも――!」


 ……? どういうことだ?


「あの触手の数を一時的にでも減らせばいいんですよね⁉」

「そりゃそうだが……そんな簡単な話か? あの触手、消しても消しても再生してくるぞ!」

「もしかしたらダメかもしれないですけど……やってみます!」


 アモネのタイミングで、立ち位置を入れ替える。

 して、キャリーの今一度の猛攻もうこうがアモネに襲いかかった。


 アモネが取った行動はシンプル。というよりさっきとほぼ変わらない。


 次の瞬間、


「えいっ!」


 まるで頬を思いきり引っぱたくようなビンタが繰り出された。

 それじゃあ何も変わらんだろう――そう思った俺が間違っていたのだ。


 なんとビンタが直撃ちょくげきした触手は、屋敷の壁面へきめん激突げきとつして、身動きが取れなくなっていたのだ。


「――な」

「わかった……デリータさんわかりました! スキルが成長する感覚って多分これのことですよね!」


 触手しょくしゅ対処たいしょしながら背中越せなかごしに叫ぶアモネ。ここで成長したということは……じゃあさっきの発言は根っこからただの思いつきだったってことか⁉ 危険すぎるなこの子!


 確かにダンジョンでもドクロオオカミの黒炎こくえんはじき返していたが……


「で、でもアモネのスキルは防御系……だろ⁉ それの応用で弾き返したってことか⁉」

「いまわかりました。わたしの元々のスキルは《即効性そっこうせいシールド》ですけど、いまは《反射はんしゃ》に進化したんだと思います。ちゃんとかえせますよ――ほら!」


 バチン‼ とビンタの要領ようりょうでまたもや触手が弾き返された。

 例によって触手は壁に突き刺さり、身動きを封じられている。


「……いや、でも駄目ダメだ。あの触手はすぐに再生して――」



 ――しない。いつまでたっても壁にめりこんだままで、新たな触手は飛んでこない。



 そして遅まきながら、俺は理解する。


「……そうか。んだな」


 出現する触手の総数は決まっていたのだ。


 一本を破壊はかいという形で封じると、結局次の一本が自由になる。

 だがアモネのように触手を破壊せずに動きを封じれば――結果的にキャリーの扱える触手本数は減っていくという訳か。


 ……要するに、俺は消去をしたせいで触手が無限にあるように錯覚をしていたようなものなのだ。


 今となればなぜ気がつかなかったのかもわからないが――これで勝機が見えた!


「アモネ、悪いがちょっとのあいだ耐えててくれ!」

「お願いします、デリータさん!」


 アモネの《反射》が次々に触手をふうじていく。まるで顔の前をちらちらと飛び回る羽虫はむしはらけるように、彼女は次から次へとテンポよく触手をさばいていく。


 彼女がさばきそこねたものは俺が担当しょうきょ。たとえ再生しようがダメージを受けるよりかは何倍もマシだ。


 二人で触手をさばき、俺はじりじりとキャリーとの距離を詰めていく。 


 やがて、気が付けば自由な触手は残り三本に。――今ならいける!

 

 そう確信した次の瞬間、俺は勢いよく床を蹴りつけた。

 アモネの横を通過し、キャリーの懐へと駆け抜ける!


「ォ――――ッッ‼」


 うねるような触手が俺を標的ひょうてきに定めた。


 一本目を避け、二本目を消し、三本目をさらに避ける。消した分はよみがえり、避けた分はその勢いのまま次の襲撃へ突入する。

 

 猛攻、猛追。

 

 だがもう恐れる必要はどこにもない。

 

 アモネのおかげで今の異形化いぎょうかキャリーは、手足をもがれたとり同然どうぜん

 

 だから俺は一寸いっすんの迷いなく彼女の間合まあいへ飛び込んで、

 この手をキャリーのひたいへ押し当てた。

 

 頼む。戻ってこい、キャリー。

 

 ……モンスターの因子いんしごときは、


「俺が消し飛ばしてやるから――ッ!」


 一瞬にして吹き散らされる闇々やみやみ


 あれだけの再生力をほこっていた触手はボロボロと崩れていき。


 キャリーをおおっていた謎の力も空気へと溶けていく。

 


 闇が晴れ、光を取り戻した少女の表情は、どことなく安心しているように見えた。

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