第3話

 芦山日向あしやまひなたから、こんな返信があった。


《ごめん!いま忙しくて……。あとで、俺の考えをまとめた文章を送るわ!》


 わたしは、命の危険を感じながら、できるだけ楽しいことを考えようとした。SNSに前向きなことを書きこんで、一心不乱に小説を書いた。

 こういうときに限り、執筆の調子はよかった。無理やりにでも書けば、そうなるものなのかもしれない。


 わたしは、今日書いた文字数をSNSに投稿した。どれくらいの進捗かを記録することはルーティンのようなものになっている。しかしなぜ、SNSに投稿するのだ?


 舞野からのメッセージを思いだす。

《進捗を書いて褒めてもらいたいのカナ?》

《荻山のフォロワーみんなバカにしてると思うよ笑笑》

 ――もしかしたら、ほんとうにそうなのだろうか?


 わたしは頭を振り、もう少し執筆を続けることにした。舞野のメッセージなんて気にしなくていい。


 わたしは、自分の小説を読んでくれる人たちのことを考えた。連載中の小説は、絶対に完成させなければならない。ずっと読んでくれている読者の方々に、誠実でありたい。


 抗うつ剤を飲んでもいい時間がきた。


 白湯さゆに水道水をいれて飲みやすい温度にし、大粒の薬を三つ、細かいのを二つ、胃へと流しこんだ。しばらくすると、猛烈な眠気に襲われ、そのままベッドに倒れこんだ。


 ああ、疲れたな――と、呟いていた。


 それは、しみじみとした口調で、まるでだれか別の存在が耳元でささやいたのではないかと思われた。おそるおそる起きあがり、机の上の電気スタンドをつけてみたが、部屋にはだれもいなかった。

 どんな夢を見ていたのだろう。はっきりとは思い出すことができない。


 ああ、疲れたな――と、口にしてみたとき、不眠症とともにわたしを苦しめる、あの破壊慾がうずきはじめた。

 破壊慾――していないこと、思ってもいないことを、本当にしたかのように、心から思っているかのように口外したくなる、恐ろしい衝動である。


 もう、どうなってもいい。そんな自棄から起こるものではないらしい。それだけは分かっている。

 主治医はこの破壊慾も、睡眠不足から起こるものだと言っていた。だとするならば、早急に深い眠りを味わわなければならない。

 不眠症からくる心身の疲れより、この破壊慾の方が、わたしを苦しめている。


 ああ、疲れたな――という言葉が、自然と反芻はんすうされうずを巻く。

 頓服とんぷくを飲んで、もう一度眠りにつこうとした。が、眠るとまた、不快な夢を見るかもしれない。

 前向きなことを考えるべきだ――そう思っても、どす黒い感情にみ込まれそうになる。


 わたしはある小説の登場人物のひとりに、このような遺書を書かせていた。


 The life is the ongoing past.

 The past is one of the most a beautiful inferno.


 あれから、日向ひなたからの連絡はなかった。

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