19歳

「猫カフェいきたーい」

 それから十年以上経って、おれは大学生になった。都会の大学で一人暮らしをはじめて、それなりに勉強をして、それなりに恋もした。

「猫カフェか……」

 半分同棲している恋人は猫が好きだった。SNSのアイコンは実家で飼っていた猫で、よく猫画像を投稿していた。そんな彼女が猫カフェに行きたいと言い出したのは簡単に予想ができたことで、おれは『ついにこの日が来たか』と表情に出ないように顔を顰めた。

 おれは猫が苦手だ。

 写真で見るのは平気だし、猫をモチーフにしたキャラクタは好きなんだけれど、実物の猫は苦手だった。

 というか、犬やハムスターなどのが苦手だった。

 生物が苦手なわけではない。ただ、飼われるために存在する生物が苦手なのだ。

 それはきっと、幼少期にこの手で殺してしまった亀の影響なのだろう。

 おれは命に責任が持てない。

「行こうよ〜、猫やだ?」

「うーん、猫自体はそんなに好きでも嫌いでもないんだけど……」

「けど?」


 ――猫カフェって、命の責任のアウトソーシングって感じがして嫌いなんだよね、コンセプトが。


 とは言えるはずもなく。


「猫、アレルギーなんだ」

「えぇ! それはごめん。じゃあ猫カフェ厳しいかな……」

「そうだね、ごめん。ぜひ一人で楽しんできて、感想聞かせて」

 恋人は残念そうに顔をしかめた。

「じゃあ将来猫飼いたかったんだけど難しいかぁ、猫アレルギーって治ったりしないのかな」

「アレルギーは治るもんじゃない気がする。猫飼いたいの?」

「うん! 家に猫がいると癒やされるよ〜」

 猫の寿命は人間よりも短い。猫を飼うということは、猫を殺すということだ。例えば猫の病気と好きなゲームの発売日が重なった時、おれはどうするだろう。猫を優先するほど、猫のことが好きになれるだろうか。そんな疑問を抱くような人間は、そこの断言ができない人間は、ペットを飼う資格がないと思う。

 命を預かることに対して、責任が持てていない。

 だからおれは少なくともその覚悟を持てるようになるまで、ペットを飼う気にはなれなかった。アレルギーというのは体の良い断り文句だ。


「あ、じゃあさ、ハリネズミカフェはどう? 猫アレルギーってあの毛が駄目なんだよね。ハリネズミなら行けるんじゃない?」

「…………そうきたか」


 結局この恋人とは数カ月後に別れた。直接的な原因が猫カフェではなく、日々のどうしようもない価値観の違いというのが浮き彫りになった結果だった。

 次の男とは一緒に猫カフェを楽しめるといいな。嫌味じゃなく心の底からそう思った。

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