4-3 盗られた!うめぼしの謎 解決編

小夜子さよこさん。今から言うことちゃんとメモして店長さんに伝えてくださいね。何回も言うと間口の通話料が上がっちゃうんで、1回しか言いません。アイツ薄給で苦労しているんです。よーく、聞いていてくださいね』

 男の声が急に真面目なトーンになった。今から事件の真相を語るのであろう。

 チラッと見ると間口さんはやはり、眉をしかめていた。

 

「あ、はい」

 私はスーパーの制服の胸ポケットからメモ帳とペンを取り出した。念のために常にメモ帳とペンを胸ポケットに入れているが、使うのは入社して初めてかもしれない。私の記憶力は良いが、彼の話は専門用語が多くなりそうなので覚えられるか不安でメモ帳を取り出したのだ。というか、彼もメモを取るように言ってるし。


『それじゃあ言います。まあ、あくまで僕は現場に行ってないので、恐らくの話なんですがね。その今回梅干しのパックを盗ったご老人ですが、<前頭側頭型認知症>だと思われます。』

 私はすぐさまメモをする。少しその病気ぼことについて気になって聞いてみたくなったが、彼の話を聞くのに集中するために、何も口を挟みはしなかった。

『<前頭側頭型認知症>の初期症状として<人格変化>というものがあります。この中に含まれるものには、自分発信で話す際の口数が少なくなる<自発話の減少>・喜怒哀楽の表現がうまくできなくなる <感情鈍麻>ってのががあって、小夜子さんの話から察すると、この2つはそのご老人に当てはまりますね。』

 私はメモを続ける。先ほど彼がボソッと言った言葉はそれだったのか。

『で、この<人格変化>の中にはもう1つ<脱抑制>ってのも含まれている。<脱抑制>ってのは、普通の人なら抑えられる欲求が抑制できなくなってしまうことですね。<脱抑制>によって万引き行為をする事例は多いです。普通の人なら、店から物を盗むという行為はためらうものなんですが、<脱抑制>のある方は、物が欲しいという欲求が抑えられないので何の気なしに物を盗ってしまうことがあるのです。というわけで、恐らく、くだんのご老人は「梅干しが食べたい!」という欲求が抑えられなくなって、そのまま、物を盗んでいったのでしょう。』

 私は依然メモを続ける。専門用語も多く、早口過ぎて気が変になりそうだ。とにかく、恐らくおじいさんは<前頭側頭型認知症>の<脱抑制>という症状で梅干しのパックを盗んだということなのだろう。

『まあ、僕は医者じゃないのでね。ご老人には病院にすぐに行ってもらって、頭部の画像検査を受けてもらってください。一人暮らしらしいとのことなので、色々手続きやらをやってくれる親類の方とかも探さないと行けないかもしれませんね。あっ、通話時間がもうすぐ5分を超えてしまう。間口に怒られる!それじゃあ!!』

 ブツッ。ツーツー。

 電話の切れる音がする。私はすぐさま、間口さんにスマホを返した。

 間口さんは、大丈夫でしたか、と心配そうな表情で話しかけてくれた。

 近くでよく見ると…実は、イケメンかもしれない。

 私は連絡先を交換しようと思ったが、ロッカーにスマホを置いていたことを思い出した。やらかした…

 間口さんは、

「まあ、奴が言ってたように、そのメモを店長さんに渡して説明してください。それで、少しは話も進むでしょう」

 そう言いながら、腕時計を見てはっと何かに気がついたようで、スーパーの出入口に向かって走っていった。

 間口さんが何故スーパーの駐車場にいたのか疑問だったが、恐らくタイムセールの卵のパックを買いに来ていたのだろう。タイムセールの時刻はもう後、1分で終わりを迎えようとしていた。


 神細寺さんの話した内容を書き綴ったメモをポケットに入れ、私は店長がおじいさんと話し合っているであろう休憩室に向かう。

 コン、コン。私がドアを叩いた音がバックヤードに響く。

 しばらくして、店長が休憩室のドアを開いた。

 ドアの隙間から、おじいさんがこちらの様子を窺っているのが見えた。

 うまく内容を話せるかわからないが、おじいさんのためにも頑張って店長に事の真相を話さなければ…

 


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