2-5 消失した少女⑤ エピローグ

 私は、脳神経外科所属の看護師に男…神細寺経太しんさいじ きょうたが私に伝えたことをそのまま話した。呂律がうまく回っていなかっただろうが、私がジェスチャーを交えて必死で訴えたからかどうやらちゃんと伝わったらしい。

 看護師はすぐさま、産婦人科の看護師に電話をして女の子の父親に情報共有を行ったが、父親は娘が走っていなかったらこのようにならなかった、1人で買い物を行かせた自分が悪いと逆に病室まで謝りに来た。

 父親の後ろから顔をのぞかせる女の子はこっぴどく叱られたのか少し泣きべそをかいていた。

 私にも非があるので非常に申し訳ない気持ちになった。

 月曜日になり、言語聴覚療法のリハビリの時間が来た。神細寺に言われたことを思い出し、新人の言語聴覚士の先生に逆に自分の半側空間無視のリハビリをして欲しいアドバイスをしたらひどく驚かれた。しかし、次の日のリハビリではきちんと半側空間無視のリハビリの課題を持ってきたので将来に期待できる子だなと感じた。

 時が過ぎるのは早いもので、私は急性期病院を退院し、次の回復期病院に移ることになった。左上下肢の麻痺はすっかり良くなったが、半側空間無視と構音障害はまだ続いている。もう少し頑張ろうと思う。

 退院の日、あの日神細寺が帰り際に私に渡した名刺を入院用に買ったボストンバッグの外ポケットに入れていたことを思い出した。私はそれで彼の名前を知ったのだ。名刺を取り出し、彼の探偵事務所の住所を確認した。

 回復期病院に向かうために妻の車に乗った際、彼女に彼の事務所に訪ねるよう頼んだ。

 妻は困惑したが、彼の事務所まできちんと送ってくれた。

 彼の事務所は大きな一軒家の中にあるらしかった。

 四方が塀で囲まれており外側からは瓦屋根しか見えない。

 ピンポン

 玄関チャイムを鳴らす。

 神細寺が塀の戸を開け笑顔で出迎えてくれた。

「いや~あの時は、自分の知り合いが入院してて、帰ろうとしたとき偶々通りかかっただけだったんですよ。運が良かったですね。あなたも…etc」

 相変わらず多弁が過ぎる男だ。後半の言葉はうまく聞き取れなかった。

 

 しかし、こんなヘンテコな男でも私は感謝しなければならない。


 ―――彼の推理は私に自己の病気を理解し病気とともに歩むきっかけを与えてくれたのだから。


【参考文献】

石合純夫(2022)『高次脳機能障害 第3版』医歯薬出版株式会社

医療情報科学研究所(2017)『病気が見える vol.7 脳・神経第2版』メディックメディア

山田規畝子(2004)『壊れた脳生存する知』講談社

鈴木大介(2016)『脳が壊れた』新潮社

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