2-4 消失した少女④ 解決編

 男はスマホをこちょこちょと触っていた。

 何か検索をかけて私に見せるらしい。

「これが良いかな」

 男はそうボソッと言って、私にとある画像を見せてきた。

 やけに私の体の中心に対して右側の方から見せている。

 そこには、と書かれた4コマ漫画の画像が出てきた。

『半側空間無視。そうだ!思い出した!!先生たちに言われたのはそれだ!!』

 私は声にならない声で記憶を取り戻した喜びを男にぶつけた。

 男は私の発した言葉が長文にも関わらず、すぐにわかったらしかった。

 男は笑みを浮かべながらこう言った。

「脳梗塞になってから日が経ってないんでしょうね。だから、半側空間無視に関しては病識欠如があるのかも。僕も実習のとき半側空間無視のリハビリをしたらよく患者さんから怒られましたよ。こんな数字やら消す簡単なことさせるのか!馬鹿にしてるのか!俺は大丈夫だ!とかね。後、あれかな…記憶障害とか他の注意障害とかもあるのかもしれない。それか、入院してすぐに気が動転している際に聞いたのかも。ただ、脳梗塞がどこで起きたかは僕にはわからないので何とも言えませんがね。まあ、恐らく右半球の頭頂葉を中心に起きたのは確かでしょうが」

『なんで私が脳梗塞になったこと知ってるんだ。しかも大体の位置まで!!守秘義務は???』

 私は男に対してというか病院に対して怒った。

 診断名などは医療関係者以外しか知りえてはいけない守秘義務があるはずだ。どう見たってこの男は医療関係者ではない。

「いや~勘ですよ。勘。今、昼食の際、食事のお盆がやけに右側に寄ってるでしょ。」

『そうだが…』

「この食事の様子を見たら高次脳機能障害をかじった人間なら誰でもわかりますよ!この4コマ漫画を見てください」

 男が見せた4コマ漫画には高次脳機能障害の父を持つ娘の日々が書かれていた。父親が食卓で左側にあるみそ汁に気付かず怒っている様子や、左側にあった電柱にぶつかる様子が描かれていた。

 私はこの状態だったのか―――

 だから時計も正面からは読めない、エレベーターを入って入り口側を向くと右側にあるエレベーターのボタンは押せるが左側にあると思われる階の表示に気づかず間違った階に降りたのか。

「あなたの見た目の年齢的に脳梗塞は結構ありますし、何より最近寒くなってきましたからね。寒いと脳梗塞患者さんは増えるんですよ。まあ、だから勘です。あなたが口を滑らしてしまったから勘じゃなくて事実だとわかりましたが…」

『それで???』

「半側空間無視は主に右脳の頭頂葉で起こるんですよ。推理は簡単です。まあ、もうちょっと担当言語聴覚士さんが半側空間無視に対する注意課題とか宿題で出してたら、あなたももうちょっと病識ついたと思うんですが。まあ、新人さんが担当なのかな。構音障害の課題ばかり出しているみたいですし」

 男の目線は私のベッドサイドのテレビ台の上に散らばった音読課題や口の体操のプリントに向いていた。男はそれだけで私の担当言語聴覚士がまだ新人だということまでわかったらしい。

「それはさておき。あなたも勘付いていると思いますが、あの女の子が転倒した件について話していきますね」

 私もすでにその謎の答えは薄っすらとわかり始めていたが、男の話をもう少し聞くことにした。男の話を最後まで聞くことでスッキリすると思ったからだ。

「まあ、簡単です。あなたはあの時、階段を下りていました。そして、右前方から女の子が階段を駆け上ってきた」

―――それは、事実だな。

「女の子は父親と数日前に赤ちゃんを産んだお母さんの様子を見に来たらしいです。病室で女の子は突然喉が渇いた。父親は赤ちゃんに夢中で病室から出ず、女の子に1人でジュースを買いに1階の自販機コーナーに向かわせた。まあ、小学校低学年ですがしっかりした子だったんでしょう。そして、1階の自販機でジュースを買った女の子は自分の弟か妹を再び見るのに胸を躍らせて階段を駆け上がっていたというわけです。」

 それで―――あの子はあんなに駆け上がっていたのか。

「女の子は、夢中で走ってましたから、あなたに気付かなかった。あなたの左肩にぶつかって初めてあなたがいることに気づいたんです。しかし、あなたは彼女に

 ―――私は彼女が突然消えたと思っていた。しかし、彼女は私の左前方にいたのか。ということは…

「あなたは彼女の存在に気がつかないまま、階段をそのまま下りて、あなたの左肩に押された彼女は体勢を崩した。幼く、か細い体は軽いですからね。そして、無意識の内に彼女を

 ―――そうか、私が犯人だったのか…

 



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