2-3 消失した少女③ 食事

 私はとりあえず、脳神経外科のフロアにある病室に戻った。

 時間が過ぎるのは早いもので、朝一で散歩してまだそんなに経ってないと思いきやもう、昼食の時間になっているらしい。

 配膳する際の声が聞こえた。

 いつも食事時間ってどれくらいだったかなとふと思って、私は手元の目覚まし時計を見たが、時間が分からなかった。

 正面から見ると時計の文字が一部読み取れない。

 私は右脳の脳梗塞で倒れた後からこうだ。

 病気の後遺症で注意力が落ちたのだろう。そういや主治医の先生や作業療法士の先生や言語聴覚士の先生が何か言っていたような―――メモするべきだったな。

 病院のエレベーターに乗ったら、乗り間違えて他の科のフロアに行くことも多々あったし、後、自分で部屋に戻ろうとしてベッドから転げ落ちることもあったな。

 まあ、左上下肢の麻痺は思った以上に酷くなく、理学療法士の先生の懸命なリハビリのおかげもあって数日で1人でこうやって歩けるようになったのは不幸中の幸いだが。

 私はリハビリの先生が休みの日曜日は今朝のように階段の上り下りをしつつ、病院中を散歩するのが日課になっている。セルフリハビリってやつだ。入院直後は看護師に止められたが理学療法士の先生にOKがもらえたので今では自由に病室を出て歩けている。

 

 考え事をしていると―――

 昼食が私の許にも運ばれてきた。やけに右側にお盆が置かれている。嫌がらせか。今回のおかずは焼き魚だった。しかし見た目は魚とは程遠い。

 魚をすりつぶしたものという感じだ。

 ご飯はお粥である。みそ汁はそのまま。

 私は舌に関してはまだ麻痺が残っている。毎日、言語聴覚士の先生からもらった音読課題や舌の動きの体操の課題は実行しているが、まだあまり良くはならない。

 舌の動きが悪いと食べ物の送り込みが難しいらしい。

 私は歯の欠損も無かったため、食事の見た目にこだわり、最初普通食を食べたいとお願いしたが、普通食では舌の動きの拙劣さの影響もあって食事時間が1時間以上かかることが続き、結局、体に負担がかかるため刻み食にしてもらった。

 舌の麻痺というのは大変なもので。呂律が回っておらず、看護師さんに何度も私の言ったことを聞き返されることがあった。早く良くなりたいものだ。

 舌に加えて口の麻痺もまだ残っている。舌と比べて自分では気づきにくいもので、食べ物がいつの間にかポロポロと床に落ちていて気づかずに踏むことが多々あった。そういや、今朝の涎もこの麻痺からだったのだろう。

 私が食事を食べているとさっきの寝癖だらけの男が笑いながら病室に颯爽と現れて私に話しかけてきた。

「どうも!」

 服装は黒無地の長袖Tシャツにジーパン。名札も無い。明らかに病院関係者じゃない。なのに、何故この男は病室に入ってきたんだ。

「いや~。先程の階段の事故ですが、女の子に一部始終を聞いて謎が解けましてね。ちょっと看護師さんに無理を言って病室に入れてもらいました。」

 男はニチャリとほくそ笑みながらそう言った。

 ―――謎が解けた???

 私が疑問符を頭で浮かべていると、男はカバンからスマホを取り出した。

「それでは、今から今回の事件、いや事故がどういう経緯で起こったのか説明していきますね」

 

 

 

 

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