1-6 スラッシャー山本殺人事件 解決編③
今まで、社長机の上に腰かけていた神細寺が日比谷に近づきながら話を始めた。
「山本さんの家には先っぽが鋭利な物が無かった。あなたはそこに何か秘密があると思ったんです。そうしたら、あなたがいつも読んでいる漫画雑誌に載っている作品に先日、エイリアンハンドを扱った話が載りました。」
「そんなんでたらめだ。なんでお前が俺の読んでいる雑誌を知っている!!」
日比谷がソファから立ち上がって叫んだ。
「何言ってんですか。あなたが自分で言ってるんですよ。ほら」
そう言いながら、神細寺はスマホを開き、日比谷のSNSアカウント(プロフィール名は元パイプマン狂介だが)を部屋中の皆に見せた。
そこには顎の長い料理上手のパパの漫画が連載している週刊漫画雑誌の愛読者であることが呟かれていた。
「SNSでの発言には気を付けましょう!まあ、それは良いんですよ。あなたはその漫画を読み、山本さんがエイリアンハンドと同じ、もしくは似通った症状があると推測したわけですね。まあ、読みは合ってましたよ。拮抗失行はエイリアンハンドに属する症候ですからね。それで、あなたは一昨日、夕飯を持ってこず談笑でもしたんじゃないんですかね。それで買ってきた包丁を山本さんに隠れてベッドの下に仕込んでおいたんです。もちろん指紋が付かないように手袋を付けてですが」
「いやそれで、なんで事件が起きるんだ?」
俺は訳がわからず神細寺に聞いた。包丁をベッドの下に隠すだけでなぜ事件が起きるのだろうか。よくわからない。
「間口、部屋を見回ったとき気づかなかったのか?」
「えっ」
俺は今朝、部屋を探索した際の様子を思い返した。俺はあることに気づいた。
ベッドの下も含めてフローリングがやけに綺麗だったのだ。それはまるで毎日…
「そうだ、毎日、雑巾がけをしているようだった!」
頭の悪い俺でもその事実には気が付いていた。
「そうだよ。頭良いね。間口君」
神細寺は嘲笑が入っているような不気味な笑みを浮かべていた。
神細寺はいつの間にか、日比谷の真横に立っていた。
「日比谷さんは毎日、家に訪れていたから鈍感な間口と違ってそのことは早い内に気付いていましたね。ってかそもそも前から友達だから綺麗好きってことは知ってるでしょうし。そうですよね?」
神細寺は頭を下げ、日比谷の耳元でそう囁いた。
日比谷は何も答えない。図星というやつだろう。
「日比谷さんがベッドの下に置いた包丁に当日か翌日気づいた山本さんにはどういうことが起きたのか。それはこんな感じです。」
神細寺はそう言うとしゃがんでシャーペンをソファの下に置き、右手で掴みソファの下から取り出そうとした。そして左手がそのシャーペンをベッドの下に戻そうとする。その行動を何度も反復した。
そして、立ち上がりこう話を続けた。
「これはシャーペンだから、何も起きませんがこれが包丁なら―――左胸に刺さる可能性もある」
日比谷の動揺はさらに酷くなっていた。目は泳ぎ、全身汗まみれで、息も荒くなっている。
「これは事故なんですよ。しかし…殺人でもある」
「僕はさっき、あなたは犯人ではないと言った。そうなんです。あなたは犯人ではない。ただ、包丁を置いただけです。自殺幇助に近いでしょうか。けど山本さんが自殺願望があったようには思えません。だからこれは誰も犯人がいない殺人なんです。」
神細寺のその言葉を聞き、日比谷が何かが吹っ切れたのかついに、自供を始めた。舞台演技のように声は張っているが、震え声である。
「俺は、ヒールとして完璧だったんだ。なのに、あの時あいつがアドリブで俺に早めに襲ってきたせいで、本当は寸止めで当てるはずじゃなかったパイプ椅子がかなりあいつの頭にきつく当たってしまった。あいつはそれで気絶して脳に後遺症が…。あいつが悪いんだよ全部!けど、俺がパイプ椅子を当てたのは事実だったし…贖罪のために毎日のように夕飯を届けることにしたんだ。けど、あいつは感謝の言葉も述べなかった。そんな日々の中で、ネットでは俺が故意にあいつの脳に損傷を与えたなんて言う奴らが現れた。俺の人気は地に落ちたよ。大人気プロレスラーを引退させた張本人だからよ。それで仕事が全く来なくなって生活が苦しくなり―――」
「怒りがこみあげてきて殺したんですね…なるほど」
「お前、人の話を遮るなよ。」
俺は日比谷の自供を遮った神細寺に怒った。
要するに日比谷は自分の人気を落とした相手、更に自分の贖罪に対して感謝もしない、山本に腹を立てたわけか…身勝手なこった。
「日比谷さんあなたがやったことは警察に任せるとして、これだけは言っておくんですが、あなたは山本さんが感謝をしてないと感じてたみたいですが、それは間違いだと思いますよ。少なくとも感謝の気持ちはあったはずですよ。他の人に心配をかけないように自分の症状についてあまり話さないような方なんですから。」
「でも、あいつは俺に感謝の言葉を一言も…」
「じゃあ聞くんですが、事故であっても一生自身の好きな仕事ができない体にした相手に感謝の言葉を述べられますか?心の優しい山本さんは葛藤したと思うんですよ。自分のために、毎日のように来てくれる。けどそれは自分をこのような体にした相手…そういった複雑な感情を持った相手に対してって、感謝しても感謝の言葉、発しにくくないですか?」
神細寺の話を聞き、俺は考えた。
俺は高次脳機能障害の当事者でないため、山本の気持ちが本当の意味ではわからない。しかし、自信をそんな状態にした相手に感謝の気持ちを述べられるかと聞かれたら…俺はNOと答えるだろう。事故とはいえ、脳に後遺症を与えた相手が贖罪を続けたところで、すぐに心の底から許すことはできない。しかし、時間が経てば時間が経ちさえすれば許せる時が来たのかもしれない…
ただ、今となっては、もう取り返しのつかないことである。
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