1-5 スラッシャー山本殺人事件 解決編②
『右脳と左脳の間』
「右脳と左脳の間?」
俺は意味が分からなくて疑問符を浮かべてしまった。
周りの皆も眉をひそめて疑問符を浮かべているようだった。
「ちょっと意味がわからないんじゃが…」
大家さんがこの部屋に来て初めて声を出した。先ほどまで見た目からおばあさんだと思っていたが声の感じからしておじいさんらしい。
「大元さん!良いですね!!」
まるで塾のカリスマ教師みたく神細寺は受け答えをした。
神細寺はホワイトボードにこう書き足した。
『右脳と左脳の間=脳梁(のうりょう)』
「のうりょう???」
大元はまた疑問符を浮かべながら話した。
「そう、脳梁!脳の
「それがどうしたんだ?」
日比谷が少し怒った様子で会話に割り込んできた。
「まあ、見ていてください」
そう言いながら、神細寺は今度はプロジェクターを持ってきた。ガラス板の机の上にそれを乗せると、ホワイトボードを回転させ真っ白な面にした。どうやらスクリーン代わりにするらしい。
電気が消え、ホワイトボードに映像が映り始めた。
それは件の事故の動画だった。
ヒールである日比谷がパイプ椅子を持ってきて山本の頭にぶつける映像が流れる。カメラが遠く、また場内が暗いため、動きが読み取りづらい。
神細寺はその場面を止めて、巻き戻し丁度日比谷がパイプ椅子をぶつけた瞬間で一時停止した。
「ちょっと暗くて遠くてわかりにくいんですが、それは今回問題ではありません。ここを見てください」
神細寺は指でパイプ椅子を指した。
「これは完全に縦方向で当ててますよね。」
「それがどうしたんだ?」
日比谷が疑問をぶつける。
「実はね、だいぶ関係あるんですよ。先程も言ったように脳梁は右脳と左脳の間にあります。普通にチョップするならまあ大丈夫なんですが、この映像から見るに思いっきりパイプ椅子を縦に頭にぶつけてますよね。しかもよく見てください」
神細寺は今度は山本の頭を指さした。
「ちょうど山本さんの頭の真ん中に当たっているんですよ。運悪く」
「何が言いたいんだよ!!サッサと言えよ!!」
日比谷は自分の責任を問われていると感じた焦りからか声を荒げ始めた。
「まあ、つまりは…このパイプ椅子をぶつけた際あまりの衝撃で脳梁が切れたんです」
「脳梁が切れる?どういうことだ?」
俺は思わず疑問をぶつけた。
神細寺はその疑問に答え始める。
「まあ、神経線維ってのは交通事故とか強い衝撃を受けたら切れるものなんですよ。ブチッとね。まあ事故とかじゃなくててんかんの手術の際、脳梁を切断することもありますが。まあ、それはさておき、山本さんはこの脳梁が切れること―――つまり脳梁離断により、脳梁離断症状が出たのだと思われますね。まあ、実を言うと知り合いの刑事に頼んで病院の診断書を見せてもらっていたのでこのことは知っていましたが。間口は信用置けないので…他の刑事にね」
「何言ってんだ!てめえ!」
つい怒ってしまったが、いつの間にか、他の刑事とも連絡取っていたのかこいつは。寝不足だったのも実はそのためだったのかもな…
「それが今回のことと何か関係あるのか?」
日比谷が疑問をぶつけた。
電気がついた。社長机の上に神細寺はいつの間にか腰かけていた。
「関係ありますよ。日比谷さんは、山本さんから事故後何か聞きましたか?」
「何ってなんだよ。何も聞かされてないよ。事故の後に料理がしづらかったとしか。以前より口数は減ったけどもそこまで気になることはなかったかな」
「なるほど。彼は事故を起こしたあなたに心配をかけたくなかったんでしょうね。」
「なっ」
日比谷の顔から驚きと後悔その両方が混ざった感情が見受けられた。
「脳梁は左脳と右脳の連絡線になっているのは先程も言いました。まあ、他にも前交連繊維ってのもあるんですが…今は置いておきます。右利きの人の大半は左脳が言語性優位です。で、右脳は空間性優位とされます。それで、その両者の連絡線が途絶えると、あることが起こります。言葉の情報が右脳に行かなくなるんです。そうしたら、どうなるか人間の左半身の神経は右脳に集まっているので、左目で見た文字が読めない、左手で文字が書けなくなるんです。そして、これが今回の肝なんですが、拮抗失行という症状が出ることがあるんです。それで山鳥先生は…」
「拮抗失行ってなんだよ。」
俺は小難しい話が苦手だし、このままだと延々と無駄話が続きそうなので、肝であると奴が言う拮抗失行について話してもらうように割り込んで誘導した。
「人の話に入るなよ。失礼だぞ!間口。」
神細寺は自分の講義を遮られて少し怒ったようだった。
「まあ良い。拮抗失行ってのは、右手の動きに対して勝手に左手が逆の行動をするってことです。例えば、シャツのボタンを右手で留めたら、左手がボタンを外し始めます。逆にシャツのボタンを右手で外したら、左手がボタンを留め始めます。」
「そういや、山本さんのシャツは全て外れてたな…」
大元がそう呟いた。
「まあ、出現頻度が低くて毎回起こるわけではないので、日比谷さんは気づかなかったんでしょうね。拮抗失行が起こったら、料理をする際も大変です。右手で包丁で物を切ろうとしても、左手が包丁を切るのを止める。」
「まさか…」
俺は勘付いてしまった。まさか…山本は…
「そう、山本さんは自分自身を包丁で刺してしまったんです。事故でした。」
部屋中の人間が皆一様に驚く。
神細寺は話を続ける。
「山本さんの自宅には押収された包丁を除いて先が鋭利なものがありませんでした。ハンガー、ハサミ、鉛筆、後…定規とかも。山本さんはお医者さんかリハビリスタッフに自身の症状について聞いていたんでしょう。独り身の山本さんにとって鋭利な物を部屋から無くすのは不安を取り除くためだったのでしょうね。危険ですもの。飲み物や食事は日比谷さんが持ってくる夕飯を除き、コンビニや外食で済ましていたみたいですね。誰にも迷惑をかけたくなかった山本さんはお手伝いさんを雇うこともしなかったんです。日々大変だったでしょう。日比谷さんは山本さんに後遺症を残した超本人であり、その償いの気持ちで夕飯を届けているのもあり、あなただけは例外で人の優しい山本さんは断らなかったのでしょう」
日比谷はその言葉を聞き、目に涙を浮かべ始めた。
「しかし、山本さんはそんな日比谷さんに裏切られたんですね…」
日比谷が大量の汗をかき始めた。動揺が収まらないのだろう。
さっきの涙は後悔の涙だったのかもしれない。
「な…何を言ってんだ!!」
日比谷はそう反発するも…声が少し震えている。
「日比谷さんは―――山本さんの部屋に包丁を置いたんですよ!」
神細寺の声が部屋に響き渡った。
果たして、事件の真相は―――
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