第4話 姉重いの妹

 差し出された紙に書かれた『婚姻届』の3文字。

 その文字を見て、去年の出来事を鮮明に思い出す。


 ラフィの誕生日での出来事。

 夜も更けて、いつものように一緒に寝ようとした時のこと。


『ねぇ、お姉ちゃん。一つお願いがあるの』

『え、何何?お姉ちゃん、何でも聞いちゃうよ』


 今日はラフィの誕生日だからね。私に出来ることなら何でもしてあげたい。

 まあ別に今日に限らず、いつでもお願い聞いちゃうけどね。


『ありがとう。じゃあね……お姉ちゃん、私が大人になったら結婚しようよ……良いよね?』


 それはお願いという名のプロポーズのようだった。

 無論、姉妹で結婚なんて出来ない。

 出来ないとわかっていても、ラフィのことが大好きだから別に拒む理由はない。


『えぇー、もうラフィったら、本当に私のことが好きだね』

『うん……大好きだよ』

『えへへ、じゃあ、今日から私達は婚約者だ』

『うん!』


 【約束】と小指を交えた。

 冗談だとしても、私の胸はドキドキと早く鼓動した。

 それが去年の出来事。

 

 そして、現在。


「お姉ちゃん❤️後はお姉ちゃんの名前だけだよ」

「いや…あの…えっと」


 紙とペンを持ち、グイグイと迫ってくる我が妹。付き合うとかの段取りを全て吹っ飛ばした求婚。

 確かに約束はしたよ。

 でもね……何で既成事実から作ろうとしてるの!?

 普通はこう指輪を渡して告白じゃないの!?


 まあそれは置いといて、真に驚くべきは、ラフィがあの時の約束を忘れていなかったことだ。

 子供がパパと結婚するって言うような、可愛らしいモノだと思っていた。

 だが、今のラフィは……マジの目をしている。目がハートになっているのがわかる。


「で、でもラフィ、お父さんやお母さんは許してくれるかな?絶対に反対されると思うけど」

「それは大丈夫だよ。ちゃんと了承は得ています!」


 そう言って、証人者の名前を指差す。

 ……目を疑った。錯覚かと思って2度見するけど、しっかりと目は現実を捉えている。


「どうやって?」

「えへへ」


 可愛い笑顔ではぐらかされた。

 なので後ろで座る本人達に問いただすことにした。


「お父さん?お母さん?」


 呼びかけると肩をビクンッと震わせ何故か目を逸らす。この様子だと話は聞いてたっぽい。

 わからない。真っ先に反対しそうな2人の名前が何故証人者の欄に書かれているのか。

 ラフィが自分で書いた可能性もあるが、2人の反応を見るに本人が書いたで間違いなさそうだ。


 事情を問いただそうと2人に近づき、ジッと見つめる。

 しばらく見つめると折れたのか口を開く。


「まあ……何と言うか……何も考えず著名したのは悪いと思っているよ」

「あ、あの時は何と言うか……そう!子供ならではの冗談と思ったって言うか。ただの遊びだと思っていたから」

「ほほー、でいつ書いたの?」

「「2年前の誕生日」」


 あー、なんか思い出してきたな。

 ラフィがすごい嬉しそうな顔で「最高のプレゼントを貰ったよ❤️」て言ってたような。

 結局、何を貰ったかは教えてくれなかったけど……コレか。


「し、仕方ないだろ。プレゼント何が良いか聞いたら、アレを書いて欲しいと言われたんだ」

「お母さんも同じこと言われたわ。愛娘だもの拒否は出来ないわ」


 いや、そこは拒否しようよ!誰かに盗まれたらどうするの?って思ったけど、この村にそんな悪い人いないかったわ。

 ラフィの方に目を向ける。

 勝ち誇ったようなドヤ顔でグングン迫ってくる。


「さあ、お姉ちゃん約束だよ。私と結婚しよ❤️」


 クッ!やっぱりこの声を聞くと何でもOKしたくなる!

 理性と本能の境界線で反復横跳びをしているよ!


「お姉ちゃん……私のこと嫌い?」

「え?」


 ラフィらしからぬ、自信無さげな声色。

 風で掻き消されそうな儚く、不安に満ちた声で泣き出しそうな顔をしている。

 うぅー、そんな顔をされると心が締め付けられる。


「ううん!大好きだよ!でも……姉妹で結婚はちょっと」

「……そうだよね、姉妹で結婚なんてあり得ないよね。気持ち悪いよね」

「そんなことないよ!ただ……自信が無くて」


 誰であろうと好きって気持ちを向けられるのは嬉しくて、心が温かくなる。それが実の妹なら尚更だ。

 じゃあ、何が問題なのか。それは私自身の覚悟だ。


「お姉ちゃん」


 その時、ラフィの口元がニヤリと笑った気がした。

 ラフィは顔が急接近して、耳元で囁く。


「私はね、この気持ちは姉妹の言葉で括りたくないの」


「年をとってもずーっと一緒にいたいよ」


「お姉ちゃんも一緒にいたいはずだよ」


「だから、コレは2人がずっと一緒にいるための誓いなの」


「大丈夫、私はお姉ちゃんと一緒にいられるだけ幸せだよ」


「だからね、2人だけで一緒に暮らそうよ?」


「私ともっとイチャイチャしよ?」


 支離滅裂な甘い言葉の嵐。

 その一言一言が砂糖や蜂蜜なんかよりも甘くて、幸せ成分が存分に含まれている。


「……同棲……イチャイチャ」


 そして、それは私の思考を停止させた。

 ラフィとの同棲生活を想像してニヤニヤと笑ってしまう。


「どう?とても魅力的だとは思わない?」

「……うん」


 しばらく考え、私は覚悟を決めた。


「ラフィ……結婚しよう!」


 何を迷う必要があったのか。ラフィを幸せに出来るのは私しかいないのだ。

 そもそも、ラフィが私から離れること自体考えられないじゃないか。

 どこぞの知らん奴に渡すくらいなら、いっそ私が結婚して一生一緒に暮らせば、2人揃ってウィンウィンなはずだろう。


「お姉ちゃん……じゃあ!早速この紙に」

「いや、紙はまだ書かないよ」

「え?」


 しかし、私にもそこら辺は拘りがある。

 既成事実からじゃ無くて、もっとこう……。


「プ、プロポーズ……するから。今度は私から。それまではこ、恋人として私のそばに居てほしい」


 思ったことを口にすると顔から火が出そうだった。

 ラフィの顔を見れない。胸が苦しい。心臓が耳元にあるようだ。この場から逃げ出したい。

 魔王を倒しても、ヘタレな自分までは変えられないようだ。


「ふふ、お姉ちゃんらしい。そうだね……うん、わかったよ」

「ほ、本当?いつになるかわからないよ?」

「うん。お姉ちゃんからの告白、楽しみにしてるよ」


 ラフィは私の肩を掴み、頬にキスをした。

 そして、耳元で囁く。


「今はこれで我慢するね」


 ニコッと妖艶な笑みを浮かべる。

 私……今年中に死ぬんじゃないか?前世でどんな徳を積んだのだろう。嬉しくて心がフワフワとしている。

 この先、どんなことが起きても絶対にラフィを幸せにしてみせる。そう心に決意する。


「そ、そう言えばお父さん達からは何を貰ったの?」

「ん?そうだね……サプライズのつもりだったけど、もう見せちゃえ!」


 そう言って、ポケットから鍵を取り出す。

 鍵だけ?と思ったが、ラフィがその程度で終わるはずないと長年の生活で理解している。


「何の鍵?」

「ふふ、これはね、家の鍵だよ」


 ウチの鍵?と一瞬だけ思ったが形状が全然違うし、そもそも鍵を持つ習慣がない。

 いくつもの可能性を考えて、ラフィの1つの発言から結論に至った。


「……まさか」

「後で案内するね。私達の愛の巣に❤️」


 姉妹にしかわかることもある。

 どんな思考を持ち、どんな葛藤に苛まれ、何がダメなのかを全て把握して、何を言えば納得するのか、何を言えば相手はOKするのか、完全に理解している。

 そう思っていた。


 しかし、目の前の少女は私の想像を絶するほどに巧妙で、誰にも悟らせることなくことを進めた。

 そう私は……否、私達家族は気づかぬ内に彼女の策略にハマっていたのだ。


「いーーっぱい!イチャイチャしようね❤️お姉ちゃん❤️」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る