第3話 約束
半年ぶりに会う愛しの妹は、夜空の星よりも煌々しく、宝石さえ霞むほどの美しさだ。
それ以外にも、いつもと違う服装だから、可愛い存在が更に可愛い存在……否、神々しい存在へと昇華している。
例えるなら、天使から女神に進化したみたいな?
妹が可愛いのはいつもの事として、今日はやけに騒がしい。
森の中を走っている際、村の方から笑い声や太鼓の音など、普段聞き馴染みのない音楽まで聞こえていた。
だから、村に着いて「何だこの状況は?」て感じだ。
見覚えのない大きな壇上が出来ているし、食事もやけに豪華で、みんなでお酒も飲んでいる。
「今日ってお祭りだっけ?」
「そうだよ」
「……なんの?」
「私の成人を祝うためだよ」
「へぇー……良かったね!」
もう驚きはしない。去年だって、家の前に数え切れないほどのプレゼントが置かれていたからね。
その度合いは年々、ゴージャスになっているから、そろそろこうなるかもとは予想していた。
ただ、やるなら事前に伝えて欲しかったな。……あ、私はいなかったのか。
「それよりお姉ちゃん!一緒にご飯食べよ!旅のお話しいっぱい聞かせてよ」
そう言って、私の手を引っ張る。そんなに慌てなくても、私はもうどっかに行ったりしないさ。
妹に案内されて、家族の元へと連れて行かれる。
久しぶりに会う両親は目を丸くし、帰ってきたことに驚いている様子。
ラフィはそれを気にも留めず、私を両親の間の席に座らせ、ラフィは私と母の間に座る。
久しぶりの一家団欒……とはならない。正直、何から話せば良いかわからないでいた。
ラフィは嬉しそうに鼻歌をして、話を振る様子はない。
お互いに無言の状態が続き、気まずい空気が流れる。
だから、この空気を断ち切るために勇気を出して口を開く。
「……えと……こ、こんばんは……なんちゃてー」
「……」
「……」
正直、ぶん殴られる覚悟はあるよ。だって無断で家を出て、メチャクチャ不安にさせた挙句、ひょっこり帰ってきたんだもん。
そりゃ怒らない親はいないよね。
だから、ちょっとでも場を和ませようとしたけど……無反応は辛いよ!
「その……お父さん……お母さん……ごめんなさい!勝手に家を出てって!怒ってるよね?」
立ち上がり、深々と頭を下げる。
何を言われても、受け止める覚悟はある……あるけど怖い!
2人からどんな罵声が飛ぶのを想像も出来ない。
自分が悪いとは言え、少し泣き出しそうだ。
ビクビクしてその時を待つ。
しかし、いつまで経っても叱責は飛んで来ない。
無言の時間が続き、ついにお父さんは口を開いた。
「ルカ……頭を上げなさい」
恐る恐る言うことを聞く。
腹を括った。腹パンを受ける準備はOKだ!
だが、父の顔はいつもと変わらない穏やかな表情で、ニコッと微笑んだ。
「お前が無事に帰ってくれただけでも嬉しいよ。怪我しなかったか?体調は崩してないか?」
「……うん、大丈夫。お父さんとお母さんが丈夫な体で産んでくれたから」
「それは良かった」
父は高らかに笑う。すごく嬉しそうで、滅多に飲まないお酒をグビグビと飲んでいく。
だが、それが逆に不安でたまらないのだ。
「あの……怒らないの?」
「フフ、今はめでたい席だ。怒るのは後にするよ。それよりも、お前の旅の話を聞きたい」
本当に良いのだろうか?いや、多分、私に気を遣っているのだ。私が落ち込まないように。
むしろ、今はお父さんの思いに応えるべきだ。そう思うと心が軽くなる。
「話してくれるか?」
「……うん……いーーっぱい話したいことがあるの!」
これまでの旅で見て来た不思議なモノを話した。
延々と燃える山、海の底にあった森、機械仕掛けの街。
話せばキリがないほど多くの国・街を見て来た。
そして、お話をしてる途中で思い出す。
「あ、そうそうラフィにプレゼントがあったんだ」
一昨日、買ったばかりなのにスッカリと忘れていた。家族との再会で存在を忘れてしまったのだろう。
綺麗に包装された袋から翡翠の石が入った花形のネックレスを取り出す。
それを隠し、ラフィに声をかける。
「ラフィ、後ろ向いて」
「うん」
妹は何も聞かず、素直に後ろを向く。
そして、何かを察したのか、あるいは見られていたのか、髪を上げてうなじを見せる。
プレゼントする物がバレちゃうと、何とも言えない気恥ずかしさがあるよね。
その綺麗な首にネックレスの紐を通し、留め金をする。
「はい、もう大丈夫だよ」
「わぁ……綺麗……ありがとう!お姉ちゃん!」
明るい笑顔を向ける。その笑顔を見てると、こっちまで幸せな気持ちになる。喜んで貰えてよかったと心から思う。
「気に入ってもらえて嬉しいよ」
「……これでしばらくはお姉ちゃんがいなくても大丈夫そうだね」
「え……どうして?」
なんでそんな寂しいこと言うの!?お姉ちゃん悲しいよ!
「だってお姉ちゃん、また旅に出ちゃうでしょ?だから、少しでもお姉ちゃんを近くで感じていたいの」
「……ああ、そうか……大丈夫。もう旅には出ないよ」
「え!?本当!?」
これにはお父さんとお母さんも驚いた様子。
「ルカ、本当か?」
「うん。だってもう目的は達したからね」
家族全員が顎に手を当てフリーズする。私が何故、旅に出たのか思い出そうと「うーん」と唸る。
そんなに悩ますことかな?半年前のことだよ?置き手紙にも書いたはずだけどな。
魔王を倒しに行くことよりも、私が家を出て行ったことの方が印象的だったのかな?
なんて思っていると理由を思い出したのか、唖然とした表情で再度私を見る。
「そんな……バカな話があるのか?」
「そうだよ。褒めるが良い」
腰に手を当て、素晴らしきドヤ顔を披露する。
しかし、褒められると期待していたが、返ってきたのは無言の時間だった。
両親は信じられないとあり得ないと頭の整理が追いつかない様子。
でも、1人はメチャメチャに喜んでいる。
「すごい……すごいよお姉ちゃん!じゃあ、これからずっと一緒にいてくれるってことだよね?!」
「もちろんだよ」
飛び跳ねそうなほど喜んでくれる妹。
だが、魔王を倒したことよりも私と一緒のことの方が嬉しいそうだ。うん、実に可愛い妹だ。
そして、しばらく沈黙していたお父さんが口を開く。
「それが真なら世界中に伝えるべきだが……証拠がない以上、信じる人はいないだろう」
「まあ良いでしょ」
「そうだよ!お姉ちゃんの偉業は私達だけが知っていれば良いの。じゃないと……」
妹がブツブツと変なことを言い出す。
「人気がー」とか「変な虫がー」とか言ってるけど……気にしないでおこうか!
「ルーカーちゃん!どりゃ〜!」
「わぁ!っとお、お母さん?!」
いつの間にか背後に立っていた母に抱きつかれる。
「久しぶりね。あら?ルカちゃんたら、髪の毛がちょっとパサついているし、お肌もちょっと荒れてるわ。しっかりとお手入れしてなかったでしょ?」
「あー、うん、面倒臭くて」
「ダメよ。レディなんだから綺麗にしなきゃ」
確かにその通りなんだけど、化粧水やらトリートメントやらをやっている暇がなかったのだ。
旅で疲れて横になっていたはずが、気づいたら朝日が昇っていることが多かったし、野宿する時だってある。
体や髪が汚れた状態で化粧水を塗るのは躊躇ってしまった。
「でも、お母さん!お姉ちゃんは既に綺麗だよ!」
「フフ、わかっているわ。私の子だもの」
そう言われると、ちょっと照れ臭い。綺麗な2人からお褒めの言葉を貰うと自己肯定感が増す。
これからはもっと美容にも気をつけよう。
「それに、ルカちゃんがいなくて私達本当に寂しかったのよ。特にラフィちゃんなんか毎晩『お姉ちゃん、お姉ちゃん』って」
「ちょっとお母さん!何で知って?!」
恥ずかしそうに顔を赤らめるラフィ。
そんなに寂しかったのかと、罪悪感で心がいっぱいになる。
でも、これからはずっとそばにいるから安心してよね!
「アハハ。それでずっと気になってたんだけど、お母さんの手に持っている袋は何?」
ずっと気になっていた袋に目を向ける。
「そうそう。ルカちゃんに着て欲しい服があったから持ってきたの」
パンパカパーンと袋から白色のドレスを取り出した。
ラフィが着ているのと似てる……いや全く同じ柄だ。所謂、ペアルック?の類と見て良いだろう。
しかし、何故私の分まで作ってくれたのだろう?
本来なら、ラフィのお祝いのための衣装のはずなのに。
「ラフィがね。この服をお姉ちゃんと一緒に着たいって我儘を言ったの」
まるで心を見透かされたようだ。やっぱり親子だからかな?同じ疑問を持ったのだろう。
「それじゃあ、裏で着替えてきてね。楽しみにしてるわ」
そう言って手を振り、席に戻ってお酒を飲む。
ワイングラスに注がれた小麦色の液体を一気に飲み干し、友人との会話に花を咲かせる。
お母さんがお酒を飲む姿なんて初めて見た。
普段からマイペースで、お酒やタバコなんか一切口にしないし、私達が我儘言っても怒らず聞いてくれる。
そんな優しいお母さんだから、その姿は珍しく、とても新鮮だ。
「それじゃあ、お姉ちゃん着替えてくるね」
とは言っても、どこで着替えようか?
森に隠れて着替えるのも良いけど、ここじゃあ誰かに見られそうだからやめる。
……まあ家の中で良いか。
考える時間も勿体無いので、久しぶりに我が家へと足を運んだ。
渡されたドレスを目の前にして思う。
妹のめでたい席で、自分まで派手な格好はあまり良くないと思うのだ。
だって主役と同じ服なんて、普通の感覚の人からすると嫌な気持ちになるはずだ。
でも、妹の思いを無駄にしたくない!
だから、勇気を振り絞り、美しいドレスを見に纏う。
「お、お待たせー」
「「「「おおー!」」」」
街の中央に戻ると、住民達の歓声と拍手で溢れた。
喜んでくれたのは嬉しいけど、コレ似合っているだろうか?
自分はラフィほど綺麗じゃないし、髪だって黒だから服の方が目立ちそうだ。
妹の反応を見てみると。
「お姉ちゃん……最っっっ高!」
めっちゃ喜んでくれてました。ありがとうございます。
「どう?似合ってる?」
「うん!うん!最っっっっっ高に綺麗だよ!」
「そ、そんなに褒めないで。照れちゃう」
体温が上がるのがわかる。
流石にそこまで褒められると鼻が伸びちゃうな。
妹からの褒め言葉は自己肯定感のドーピング剤。過剰に摂取するとラフィ無しでは生きていられなくなるな。
「にしても、こうして着てみるとウェディングドレスみたいだね」
「フフ、そうだよ。それを模して、私が考えたデザインだからね」
「え!本当!?ラフィにこんな才能があったんだ」
一緒に暮らしてたけど、裁縫の類が得意だった記憶はない。なんならやったことすらないはずだ。
だから、こうした変化はすごく嬉しくて、涙が出そうだ。
「ううん、違うよ。私はね、お姉ちゃんに似合うと思ったものを作っただけだよ」
「ええー、自分が好きな物を作れば良いのに」
「だって……お姉ちゃん、去年の誕生日にお願いしたこと覚えてる?」
話が急に変わって、何のことかよく思い出せない。
「ええーっと……も、もちろんだよ」
あれ?なんだっけ?とは言えない雰囲気。この半年の経験が濃すぎてド忘れしてしまった。
ラフィに関することなら何でも覚えていると思っていたのに!コレじゃあ、お姉ちゃん失格だよ!
「よかった。じゃあ約束通り、コレに名前書いて」
そう言って、綺麗に折り畳まれた紙を取り出す。
何だっけ?と思って、その紙を見た瞬間全てを思い出す。
この胸の高鳴りと奥の方から熱くなる体。あの時と同じ。
ラフィは去年と変わらない、蜂蜜のように甘い声色で言う。
「結婚しよ❤️お姉ちゃん❤️」
コレは魔王を倒した少女の後日譚。
そして、ここからが少女達の本当の物語の開幕。
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