第2話 姉思いの妹

 森の奥地に1つの村が存在する。

 名産物もなければ観光地もない。一般人が立ち入ることすら稀な小さな村である。

 そんな村で今、成人を迎える1人の少女を祝う催しが行われようとしていた。


 静かな村の面影はなく、村全体に広がる賑わいの声。1人の少女のためだけに集う住民達。

 これは異例なことであり、その様は異様の一言に尽きる。


 何故、こんなにも賑わうのか。

 単純明快。その少女が美しく、みんなから愛されているからである。


 その少女の名はラフィ・エルジェ。

 傾国の美女と言っても差し支えないほどの容姿は、村の外にまで轟く……ことはなく、村人達の結束力により、完全な情報保護に徹していた。

 そのためライバルの少なさ故に、自分にもチャンスがあると住民達は思った。

 隙あらば口説いたり、惚れさせようと奔走していた。

 だが結局、恋人になった人はおらず、長い時が過ぎた。


 そして今、彼女も成人を迎え、結婚できるようになった。

 彼女を祝おうと村の中央に住民達は集まり、この日の為だけに作った壇上……いやステージと言った方が想像しやすいだろう。

 そのステージの前で住民達は主役の登場を待つ。


「しかし、この15年本当に長かった。今までの努力が報われるような達成感があるな」

「へへ、アレは完全に俺に惚れてるな」

「バカ言え!彼女は俺のモノだ!」

「うるさいぞ、脳筋2人組。世の中、頭の良い奴が上へとのし上がるんだ。つまり、将来性のある僕にこそ彼女に相応しい」

「「うるせえ!ガリ勉やろう!」」


 バチバチと下世話な男衆は啀み合い、謎の自信に満ち溢れている。

 そんな男どもを軽蔑の眼差しで見つめる女性もいるだろう。


「ああ、麗しのラフィ様。今日はどんなに美しいのでしょうか?」

「子供の頃、約束したんだ。大人になったら結婚しようって」

「また変な妄想してるわね。気色の悪い。ちゃんと現実を見て、私なんか婚約指輪を貰ってるもの」

「うわー、自作自演かよ」


 ……眼中にすらなかった。むしろ、男と同じような思考回路で都合の良い妄想に浸っている。


 こんな感じに各々思いを馳せていると太鼓の音が響き渡る。

 ドン……ドン……ドンと間隔の空いたリズムでステージ中央に注目を集めさせる。

 太鼓の音が静まると、司会の男がステージに登る。


「これより!ラフィちゃんの成人式を始める!皆の者、とくとご覧あれ!」


 歓声に包まれた。その様はアイドルの登場を待ち望んでいるライブ席のように熱気がブワッと広がる。

 そして、司会者の挨拶を皮切りに少女がステージ中央に現れる。


 穢れのない白く長く伸びた髪、サファイアのように美しい瞳に、綺麗に整った顔立ち、そして可愛い!

 そんな子が花嫁の着るような純白のドレスで着飾っているのだから、より美しさに拍車がかかる。


 住民達は見惚れ、呼吸すら忘れる。

 しかし、そんな沈黙を破った存在が1人。


「皆さん。今日は私のために集まってくれてありがとうございます」


 透き通るような美しい声だった。

 特別大きな声ではない。拡張機も使っていない。なのに、心の芯まで届くような温かい声。

 住民達の意識は気付かぬうちに耳に集中する。


「皆さんが支えてくれたおかげで、私は無事に成人を迎えることが出来ました。でも、まだ未熟な部分もあるので、これからもよろしくお願いします。みんなのことが大好きです」


 少女が一礼をすると歓喜の声が響き渡る。まるで乾燥した大地に雨が降ったかのように喜び、涙する。

 そして、始まる祭り。


 豪華な食事に、樽いっぱいの酒、女はステージで踊り、男はバカをする。

 主役もまた、家族との時間を過ごし楽しそうに笑う。

 お昼過ぎから始まった祭りは、時を忘れるほど長い時間続き、やがて夕陽が辺りを照らす。


 時を見計らい、司会者が再びステージの上に登る。


「みんな!盛り上がってるか!?」

「「「うおおおおおおお!!!」」」

「よーし!それじゃあ、そろそろお待ちかねのプレゼント贈呈の時間だ!みんな!用意は出来ているな!」

「「「「「うおおおおおおお!!!」」」」」


 待ってましたと言わんばかりに声を高らかにする。

 そこから我先にと1人の青年が主役の目の前に立つ。


「あの……これ!誕生日です!どうか受け取ってください!」


 青年は勇気を振り絞り、高そうな箱を差し出す。


「わぁ、ありがとうございます。大切にしますね」

「は、はい!き、給料3ヶ月分を前借りした……その……大切にしてください!」


 最後は捨て台詞のように吐き出して、何処かへ逃げ出してしまった。

 そのおかしな様をみんなで笑う。

 そんな感じで始まったプレゼントの贈呈。

 次から次へと彼女に渡していき、やがて山を作り上げた。


「皆さん。本当に何から何までありがとうございます。大切に使わせていただきますね」


 彼女は心からの笑顔を見せた。それだけで住民達は達成感と高揚感に包まれる。やはり涙する者もいた。

 少女が一息つくと、隣に座る父親が口を開く。


「良かったな、ラフィ。それとこれは僕と母さんから」


 そう言って、胸ポケットから鍵を渡す。


「これは……もしかして」

「ああ、お前が欲しいと言っていたものだ」


 父親はニコリと笑い、少女はパァーッとこれ以上ない明るい表情を見せた。


「ありがとう、お父さん」


 それは去年からお願いしていた代物。父親と母親に無理言って作ってもらったものだ。

 鍵をそっと胸に抱き、少女はいかに自分が愛されているか実感する。

 村人からも愛され、家族にも恵まれ、毎日が楽しいし、充実している。今だってそう。


 しかし、彼女は物足りなさを感じていた。

 誰にも気づかれない声でボソリと呟く。


「お姉ちゃんに会いたいな」


 半年前から行方をくらました、実の姉の存在。一時も離れたことのない大好きで可愛くて、愛しい人。


 半年前のある日の出来事。

 いつも添い寝しているはずの姉が不在で、不審に思う少女。

 慌ててリビングに向かうと、父親と母親が机に置かれた紙を見ていた。

 その紙は「魔王を倒してくる(・ω・)ノシ」と可愛い絵と共に目的を綴った手紙で、それが誰のものか瞬時に理解した。

 手紙を見た少女は脱力感を覚え、膝から崩れ落ちそうになる。


 嘘から出た実。少女が冗談で話したことを間に受け、その姉は長い旅に出て行ってしまったのである。

 少女は自分がしたことを反省したが、それよりも姉がいないことが苦痛であり、何処か心に穴が空いた日々を送っていた。


 そして今日まで、誕生日の日だけでも、帰ってきて欲しいと願うことしか出来なかった。


(お姉ちゃんに会いたい)


 宴もたけなわだと言うのに1人静かに願う。

 すると、遠くから声が聞こえた。微風でも掻き消されそうな小さな声。

 空耳と思えるほどだったが、確かに少女は聞いた。

 こんな辺境の地に一般人なんて来るはずがない。ここに来るなんてよっぽどの理由がある人物だけだ。


 少女は立ち上がり、声のする方を向いた。

 まさかと思っていると、声の主は少しずつその姿を現した。


「おーい!みんなー!」


 カチャカチャと腰に携えた剣を揺らし、笑顔で手を振る少女。

 雲1つない夜空のような美しい黒髪、ブラックダイヤモンドのような瞳、発育の良い体つき、可愛らしい顔立ち。

 村の住民達もその存在に気づき、驚愕し息を呑んだ。

 もう1人の美しい少女を見間違えるはずがなかった。


 みんなが動けない中、少女は涙して、一目散に駆け寄り抱き締める。


「お姉ちゃん!」

「わぁ!……と急に走ると危ないよ」

「お姉ちゃん!お姉ちゃん!」


 少女は姉との再会を噛み締める。

 胸に顔を埋め、今まで我慢していた想いが爆発する。


「アハハ、とんだ甘えん坊さんだ。でも、そんなことしちゃうとせっかくの化粧が崩れちゃうよ」


 そう言って、少女を顔を離す。

 そして、その姉もまた久しぶりに少女の頭を撫でる。


「ただいま、ラフィ。それと誕生日おめでとう。今日のラフィとても綺麗だよ」

「おかえり、お姉ちゃん。そして、ありがとう!」


 姉妹は笑い合い、前みたいに仲良く手を繋ぐ。


 仲慎ましい姉妹の姿を村人達は眺める。

 その光景を懐かしみ、村全体は温かな雰囲気に包まれる。

 

 会えなかった時間が2人の気持ちをより強くした。

 そしてそれは、村人達にとっても更なる出来事への予兆でもあった。

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