第152話 生贄の町田さん

 俺の脅しに怯えて威嚇をしていた町田さんだったが、しばらくしたら落ち着いたようで、次の女子100m走に出る友達を応援する方向にシフトしたようだ。


 こうして他クラスのテントに乗り込み、自クラスの生徒の応援をする勇気には素直に感心する。

 まぁ、俺も陽菜を応援するわけだし人の事をとやかく言える立場ではないか。

 むしろ俺は陽菜の応援しかしないだろうから、余計にタチが悪いかもしれない。


「そいえば陽菜ちゃんから聞いたけど、桐島くんもすごいんだって?」


「すごい……? 何がだ?」


「運動神経抜群なんでしょー? 新体力テストもえぐかったらしいじゃん」


「……まあ、本気を出さざるを得なかったというか……」


「どゆこと?」


「陽菜が勝負をけしかけてくるんだよ……。しかも拒否無効の強制勝負成立だからな……」


「ああ……なるほどね」


 学力テスト然り、体力テスト然り、点数が出るものには勝負が発生する。

 俺としては拒否したいところだが、陽菜さんは俺の拒否を拒否してきて無理やり勝負を成立させてくるのが厄介だ。

 そのような経緯があり新体力テストも割と全力で取り組むことになったが……結局負けた俺は罰ゲーム的なアレでマッサージなりなんなりをやる羽目になったわけだが……。


 そう考えるとこれって理不尽な気がするな。

 目が合ったらバトルのノリで強制勝負が行われ、負けたら賞金を支払うノリで陽菜の要望が押し通されるの……今更だがなんか釈然としない。


 まあ、本気で拒否しないということはそういうことなんだろう。

 俺も年頃の男なので仕方ないと開き直ってみる。


 でも、たまには勝って賞金をもらう立場になってみたいよなぁ。

 なったらなったで結局お得意の話術で陽菜にとって利のある要望に錬金術されているような気もするけど。


「でも、本気出してちゃんと結果を出せるってことはやっぱり運動神経抜群じゃん。能ある鷹は……ってやつだね」


「別に隠してたわけじゃない」


「へぇ……まあ、そういうことにしといてあげる」


 これまで結果的に表に出なかっただけで、そんな真の実力は隠しておくものみたいな強キャラムーブをしていたわけでは断じてない。

 だから、その見るからに信じてなさそうな目でニヤニヤ見てくるのは止めていただきたい。


「それはいいだろ。もうすぐ始まるぞ」


「おっ、入場したね〜」


 そんな俺の話は置いておいて、ちょうど始まろうとしている競技に目を向ける。

 町田さんと話していて陽菜の出番を見逃すなんてことがあったら目も当てられないからな。


「どうですか、解説の桐島くん。体操服姿のかわいい女の子がたくさん並んでますよ」


「そりゃ女子100m走だからな」


「……ノリ悪くない? 女の子だよ?」


 そんなこと言われてもな……。

 逆にどうコメントすればいいんだよ。

 体操服姿の女子が並んでる姿を見て、『絶景ですね』とか気持ち悪いことを言えばいいのか?


 まあ、陽菜の体操服姿は確かに萌えるが、それ以外の女子全員が興奮の対象になるわけではない。

 女子の体操服姿なら誰でもいいというのであれば、同じテントにいるクラスの女子や今まさに隣にいる町田さんもそういう目で見ていることになるんだが?


「まあいいや。見所はどこですか?」


「陽菜」


「……それ以外は?」


「ない」


「……本当に陽菜ちゃん以外に興味ないよね。クラスの子の応援とかしないの?」


「……ノーコメント」


 応援はするよ、心の中で。

 ただ、何よりも優先されるのが陽菜というだけなので、興味あるなしの問題ではない。


「さて……解説の桐島くんが一番の見所だと思う陽菜ちゃんは4レース目の第3レーンですが……なぜかこちらにガンを飛ばしているような気がするのは気のせいでしょうか?」


「気のせいじゃないですね」


 俺の事を解説と呼ぶなら町田さんは実況か。

 町田さんの実況ごっこに乗っかって、待機している陽菜を見ると……あら、大変。

 あまりにも隠す気のないぷんすかが始まっていた。


「解説の桐島くん。あれはいったい……?」


「えー、ぷんすかですね。競技終了後のことを考えると……町田さんは命が危ないかもしれません」


「えっ!?」


 なんてな。

 あれはどちらかという羨ましいというか、早く競技を終わらせて俺の元に戻ってきたいといった様子だ。


 多少町田さんへの牽制も含まれているだろうが……まぁ、命までは取られないだろう。多分。めいびー。


「陽菜ちゃんが怖いです。解説の桐島くん、なんとかできますか?」


「実況の町田さんを生贄にしてぷんすかを鎮めようと思ってます」


「そういうの良くないと思うよ?」


「仕方ないだろ。俺の近くにいるってことはそういうリスクもあるって理解しろ」


 実際、俺の傍で待機することを選んだのは町田さんだ。

 競技終了後、確実に陽菜が戻ってくるのに目を付けたのはよかったが、陽菜の競技中……つまり陽菜が俺から離れている時にどう見られるかまでは考えてなかったか。

 詰めが甘いな。


「そういや陽菜のレースの面子はどんな感じなんだ?」


「陸上部とバスケ部と……あとバレー部もいて、あの子は確かテニス部だったかな。やっぱり100m走にエントリーしてるだけあって、みんな足に自信がありそうだね」


「へぇ……」


「それはどういうへぇなのかな?」


「運動部勢揃いの中に帰宅部がいるの面白いなと思ってな」


 100m走などの能力がものを言う種目は、基本的にクラスの中で勝てる可能性の高い生徒から順に選出しているはずだ。

 足に自信のある生徒が並ぶということは町田さんが言ったように運動部の生徒が多く参戦しているのだが、その中にいる帰宅部というのがなんかこう……ツボだな。


「陽菜ちゃん、うちのクラスの女子だと一番だからね。他のクラスの子に負けないといいんだけど」


「勝つだろ」


「桐島くん、他クラスの女子の運動能力とか全然知らないのに言い切っちゃうんだ?」


「陽菜の能力だけ分かってれば十分だろ。合法ドーピングもして、生贄の町田さんもいるからな」


「さっきから私のこと生贄って言うのやめてくれないかな!?」


 嫉妬のぷんすかパワーでドーピングもされているだろうし、後々のことを考えると生贄という表現もあながち間違ってないはずだ。

 町田さんを生贄に捧げて陽菜の全能力が向上……うん、違和感ないな。


 そうして町田さんがわんわんうるさくしていると競技が始まった。

 各テントから応援の声が響き渡る。

 俺のクラスの女子もいるからひっそりと心の中で応援はするが……ぶっちゃけ結果はそこまで気にしてないから流し見といった感じか。


 隣の町田さんはさっきまでの実況モードをすっかり忘れて、声を張上げ、友達とやらの名前を呼びながら頑張れーと叫んでいる。

 こういう盛り上がりが醍醐味だよな。俺はそういうのは柄じゃないので表には出さないが、この熱気はそこそこ楽しんでいる。


 そうして盛り上がりの中2レース、3レースが行われ、待ちに待った陽菜の走るレースになった。

 陽菜はスタブロの幅を調整して、最善のスタートを切れるように準備している。


 俺も100m走に出るから、スタブロを使用した走りは何度か練習したが、ああいう道具への理解が深いと言う意味では陸上部が有利だなと思った。

 俺は窮屈な感じがして苦手意識が抜けなかったが、陽菜ならあれも上手く使いこなすだろうな。


 そうして他の走者より早く準備を終えた陽菜は、待ち時間で当然のようにこちらを見てくる。

 頑張れ、という応援を込めて目を見て頷くと、にへらっと顔を綻ばせて、こくこくと何度も頷き返してくれた。

 かわいい。


 スタブロに足を乗せ、先生の合図に従って腰を上げる。そんな陽菜の姿勢はとにかく綺麗で、表情は真剣そのもので凛々しい。まだスタートもしてないのに思わず見惚れてしまった。


 そして、鳴り響いた空砲を皮切りにいっせいに走り出すが……いち早く頭を出したのはやはり陽菜だった。

 最高のスタートダッシュを決め、僅かとはいえ確かなリードを作る。

 そのリードを保ち、現役の陸上部やその他運動部にも負けない力強く美しい走りを見せる陽菜に……俺は釘付けだった。


 運動部が揃ったレーンだからそこまで大きな差は生まれていないが、それでも陽菜が誰よりも早く駆け抜け、先頭に立っている。


 半分を駆け抜け、後半に入っても陽菜のペースは落ちない。

 むしろスパートをかけてさらにスピードを上げている。


 他の奴らも運動部なだけあって中々差をつけられずに勝負は白熱しているが……誰も陽菜には追い付けず、追い越せない。

 陽菜はそのまま見事一位でゴールテープを切っていた。


「やった! 陽菜ちゃん一位だ! でもギリギリだったね〜」


「……ああ」


「桐島くん、手にめっちゃ力入ってるね。腕の血管浮き出てるよ」


「え……あ、無意識だった」


 町田さんに指摘されて、無意識ながら手を固く握り締めて、力を込めてしまっていたことに気付いた。

 声にこそ出さなかったが、心の中は陽菜への応援でうるさいくらいだったし、本当に熱くなっていた。

 そのせいか、力強く握っていた手は興奮のあまりやや震えている。


「ほら、解説の桐島くん。一言どうぞ」


「……ああ、圧巻の走りだったな」


 そう町田さんに促され、彼女が指さしているゴールテープの向こう側に視線を向ける。

 そこには、1位を示す旗とVサインの手を掲げ、ぴょんぴょん飛び跳ねて喜びを全身で表現する陽菜がいた。


 戻ってきたらいっぱい褒めて、いっぱい労ってあげないとな。

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