第151話 町田さんの威嚇

 その後、男女混合二人三脚で陽菜と町田さんが爆走する様子を見届けた。

 二人三脚……本来なら相方とどれだけ息を合わせられるかという種目だ。

 掛け声などを利用して転ばないように進むため、いいペースで走れても小走りくらいの進みになるはずなんだけどな……。


 なんか一組だけ普通に徒競走してたんだよな……。

 爆走だったよな……。


 話には聞いていたが……いざ実際に見せられると驚愕すぎた。

 何もルール違反はしていない、友情と努力の結果なんだろうが、なんかこう……ものすごい不正を見せられたような気がする。


「師匠、今のヤバくね?」


「ああ、やばいな」


「汐莉と朱璃が同じレーンじゃなくてよかったわ~」


「しおり……しゅり……? 誰だ?」


「師匠ってほんと人の名前興味ないよね。平田汐莉と古川朱璃! ちなみに私は長谷部雫! ちゃんと覚えてよね!」


 おっと……君達の下の名前は初耳のような気がするが……まあ、覚えようとしてこなかった俺の落ち度もあるので長谷部のその一喝は甘んじて受け入れようか。

 雫、汐莉、朱璃……ね。はひふの名前は『し』から始まると覚えておこう。

 彼女達を下の名前で呼ぶ機会はそうそうこないだろうが……。


 それはさておき、長谷部の安堵ももっともだろう。

 俺にペアを断られた平田はギャル仲間の古川をペアに据えて二人三脚に挑むらしいが……あの三上・町田ペアのいるレーンじゃないのは本当に幸運だっただろう。


 あんな二位争い頑張れと言わんばかりの走りを見せられたら競技中であっても戦意が削がれそうなもんだな……。

 そんな絶望を与えるペアと同じレーンに組み込まれてしまった彼ら彼女らに合掌。


「師匠、次二人の番! 一位取れるかな~?」


「周りの奴らの情報が何もないからなんとも言えん。でも、あの二人……練習は上手くいってたから大丈夫だろ。気負わず応援してやれ」


「うん、そだね……ってか師匠も応援するんだよ」


 俺としては早々に陽菜の出番が終わってしまったので、残りの二人三脚は見なくてもいいかなと思っていたが……まあ、クラスメイトの応援くらいしてもバチは当たらんだろう。

 こいつらには何かとお世話になってるしな。


 長谷部に応援しろと急かされているうちに平田たちの二人三脚がスタートした。

 少し出遅れた感はあるが、声掛けをしながら安定して走れている。

 トップの方が少しもたついているうちに追いつき……追い越して、そのままペースを落とすことなく走りきり、見事一位でゴールした。


 三上・町田ペアの意味わからん走りを見た後だと少し見劣りするが……これが二人三脚の本来あるべき姿だよな……。

 平田、古川……一位おめでとう。長谷部は……自分のことのように喜ぶのは構わないが、こんな近くで喜びの舞を踊るのはやめてくれ……。


 ◇


 長谷部の舞に巻き込まれないように避難して、二人三脚の競技を最後まで見届けた。

 次の競技のアナウンスを聞きながら、ぼーっとしていると、隣に誰かが腰を降ろした。


「おかえ……って町田さんか」


「愛しの彼女さんじゃなくてごめんね~。陽菜ちゃんは次の女子100m走の種目の待機に向かったよ」


 俺の隣に無遠慮に座る人なんて一人しかいないと思って、無意識におかえりと言いかけたが、すんでのところで言いとどまった。

 まさかの町田さんだったとは……。

 正直驚いた。


「クラスのテントには戻らないのか?」


「んー? 陽菜ちゃんが戻ってくる場所がここじゃん。桐島くんの傍にいれば探す手間が省けて楽だよね~」


「……それもそうか」


 あくまでも俺は陽菜の行動の終着点。

 最終的に陽菜がここに戻ってくるというのを逆手に取って先んじて場所を押さえておくのは賢いと思う。


 とはいえ、最近話題の町田さんだからな……。

 陽菜とセットでなくてもなんだかんだ存在感はあるし、かわいくてフリーの女子ということもあって男子の視線はそれなりに集めているようにも見える。


 だが、俺といると悪目立ちする、変な噂が立つ前に距離を置いた方がいい……という野暮なことを言うつもりはない。

 何度も言うが俺の交友関係は自由だし、当然町田さんの交友関係も自由。

 常日頃からうちの彼女の大暴れに巻き込まれて大変な目に遭っている町田さんにとって、俺は貴重なストレスの捌け口である。町田さんが文句を言うために俺の元に足を運ぶようになったのももう今更だし、このくらいの距離感ならば何も問題はない。


「二人三脚、一位おめでとう。すごかったな」


「ありがと。でもあれは陽菜ちゃんがすごかっただけだよ」


「そう卑下するなよ。町田さんだってすごかった。陽菜だって町田さんとは合わせやすいし走りやすいって絶賛してたからな」


 確かに相方に完璧に合わせるという意味では陽菜のすごさが浮き彫りになるが、その土台となるのは町田さんの安定した走り、安定したフォームだろう。


 さすがの陽菜も未来予知者ではない……はずなので、ガタガタなフォームで次の瞬間どうなっているか分からない走りに即席で合わせるのは難しいだろう。

 特に二人三脚は足を結んでいて、普段とは感覚も少しズレる。そんな中でいつも通りの走りを最後まで貫ける安定性があったからこそ、陽菜の完コピトレースは最大限活きた。


 それに、町田さんは女子の中でも足は遅くない……ばかりか速い方だろう。

 結局、陽菜が完璧に合わせたということはタイムは完全に相方依存なわけだし、町田さんがそれなりに走れるのが大前提。


「えー、めっちゃ褒めるじゃん。そんなにおだてても何も出ないよ?」


「おだててない。本心のつもりだ」


「そういうことなら……受け取っておくね。ありがと」


 そう言って照れくさそうに膝を抱える町田さん。

 実感は湧かないだろうが、一位という記録は陽菜だけでもぎ取ったわけではないから誇っていいんだ。


「そういえば町田さんは女子100m出なくてよかったのか? 結構足速い方だろ?」


「えー、私は普通くらいだよ。クラスには陸上部の子だっているし、他にも運動部所属で足速い子いるから私の出る幕じゃなかったかな」


 陽菜が待機に向かって、町田さんだけが戻ってきたということは、町田さんが女子100m走にエントリーしてないのが分かる。

 俺的には町田さんも十分足が速い方だと思うが、そんな町田さんが出る幕じゃないというほどに運動部所属がいるのはクラスとしてかなり強そうだが……そんな戦力分布でも参加権をもぎ取れた帰宅部の陽菜さん……改めてフィジカルモンスターすぎないか?


「てか、気になってたんだけど、桐島くんってクラスの女の子に師匠って呼ばれてるんだね? なんで?」


「……誠に遺憾なんだがな。あの誰にもなびかずに塩対応だった陽菜を攻略した恋愛マスターだから師匠なんだと」


「あー、納得かも。陽菜ちゃんを攻略したとなれば、女子から見ても英雄的な存在だしね」


「おかげで恋愛相談とかされて困ってるよ」


「……私も相談しちゃおうかな……なんてね」


「俺じゃなくて陽菜に相談しろよ」


「嫌だよ。陽菜ちゃんに相談なんかしたら地獄の惚気タイムが始まっちゃうじゃん」


 まぁ、それもそうか。

 恋愛相談とかは自分の経験に基づいたものしか話せないしな。

 陽菜の場合は……自分のことしか話さないのが容易に想像できる。そんなことになったら町田さんのわんわんが加速してしまうな。


「でも、せっかくだし私も師匠って呼んじゃおうかな」


「やめろ。陽菜に普段の五割増しで惚気けるように言いつけるぞ」


「えっ、ちょっ……それは反則だって。ね? そんな意地悪しないでよ〜」


「どうしようかな?」


「……桐島くんってたまに容赦ない時あるよね。このドS鬼畜男」


「おう、よく言われる」


「よく言われるんだ!?」


 ドSとか鬼畜とかは陽菜にもよく言われるからな……。

 今更言われたところでなんとも思わないな。


 だから町田さんも俺の事を変なあだ名で呼ぼうとするのはやめた方がいい。

 陽菜をけしかけて、町田さんの愚痴を五割増しで聞くマッチポンプは遠慮したいからな。


 しかし、脅しが町田さんにとって凶悪すぎたからか、スススッと距離を取られてしまったな。なんか警戒するようにジト目で睨んでくるし。

 まぁ、彼女じゃない女子との適切な距離が保たれるなら別にそれで構わないが……今にもわんわん吠えそうな顔で威嚇するのはやめてくれ……。

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