第150話 体育祭当日

 いよいよ体育祭当日を迎えた。

 十月初旬に行われるこの体育祭。夏も終わり秋を迎え始めた時期ということで、天気はいいが暑すぎることもなく、ほどよい涼しさすら感じられるよい運動日和に開催されることになった。


 運動がメインの学校行事ということもあり、モチベは人それぞれ。

 陽菜のようにやる気に満ち溢れて張り切っている生徒もいれば、運動が苦手であまり乗り気ではない生徒もいる。

 かつての俺ならば後者よりの気持ちで臨んでいたが、こうして当日を迎えてみると、意外とワクワクしていることに気付き、これも陽菜様様だなと感謝している。

 クラスにとって大事な種目を請け負っているのもそうだが純粋に陽菜にかっこ悪いところを見せたくないという単純な男心もある。


 あとは……俺にいいところを見せるためにいっぱい頑張る陽菜を観戦して楽しむのが俺の一番のモチベか。

 今日のために頑張ってきたのは俺もよく知っているから、陽菜の活躍する姿が楽しみで仕方がない。


 そんな心持ちで始まった体育祭。

 俺は自分の出番が来るまでクラスのテントで待機しているわけなのだが……テント内はなぜかざわついている。

 その原因は俺の隣……いや、両隣にいる美少女たちのせいだろう。


「いや……なんでここにいるの君達?」


「……おかしなことを言いますね? 玲くんのいるところに私ありと古の時代から決められています。ティラノサウルスさんも知っている一般常識ですよ?」


「その時代に俺達存在してないだろ。んで……陽菜はともかくとして、なんで町田さんもいるんだ?」


 俺の左隣に座り、腕を絡め、身体を寄せ、頭を預けてくるのはもちろん陽菜だ。

 陽菜がここにいる理由としてなんか意味分からんことをすらすらと連ねていたが、ぶっちゃけてしまうとある程度の納得感はある。

 陽菜ならばこのくらいやりかねないという信頼。自分のクラスのテントじゃなくてもお構いなくというのがこの大層リラックスしている様子から見て取れる。


 問題なのはその反対。

 俺の右隣にいる町田さんだ。

 陽菜のようにべったりというわけではないが、隣と認識できるくらいの距離で体育座りをしていて、図らずも俺は美少女二人に挟まれる形で座っているというわけだ。


 このような構図が出来上がってしまった理由を町田さんに問う。

 町田さんは呆れたように半笑いで俺の疑問に答えてくれた。


「陽菜ちゃんが桐島くんから離れたくないあまり競技をボイコットしないか見張ってるんだよ」


「……なるほど。納得の理由だ」


「でしょ。うちのエースが全種目ボイコットしたら損失が大きすぎるからね」


 町田さんの供述を聞いてとても深く納得してしまったのはきっと仕方のないことだろう。

 この日のためにランニングなどで体力作りトレーニングをしてきた陽菜だからそんなことはしないと言ってあげたいところだが、こちらも陽菜ならやりかねないと思ってしまった。


「それは分かったけどなんで俺を挟むように座ってんの? 陽菜の隣行けよ」


「陽菜ちゃんの隣はいつ惚気が飛んでくるか分からないから、間に桐島くんを入れてガードしてるんだよ」


「……賢いな」


「でしょー。こっちに飛び火しないように全部受け止めてね」


 しかし、男子に人気のあると噂の町田さんだ。

 彼女持ちの俺の隣にこうも居座られると自然と視線が集まるというか……どう考えても目立つだろ。


「お、師匠ー。応援もせずに両手に花とは見過ごせませんな〜」


「両手? 花は片手にしかないが?」


「……町田さんレベルの女子を花扱いしないの師匠くらいだよね。でもさ、本人の前でそういうこと言うのよくないよ」


「いいもーん。どうせ私は花じゃないですよーだ」


 さっきまでやっていたのは女子のハードル走か。

 そこから戻ってきた平田にこの状況を見られいじられるが、つい何も考えずにものを言ってしまったな。


 むふーとご満悦の陽菜と、膝を抱えていじけ出す町田さん。それを見て他人事だと思ってニヤニヤしている平田にため息が出そうだ。


 実際、両手に花だとは思うが、それを認めてしまうと陽菜がぷんすかしてしまうだろう。

 だからこれでいい。

 町田さんは誰かにとっての花になれるが、俺にとっての花にはなれない。

 俺の花は陽菜一人で十分だ。


「でも、町田さん最近よく師匠といるよねー? もしかして――」


「なっ、ないよっ!? 違うからっ!」


 平田はニヤニヤしたまま町田さんの耳元で何かを囁いた。

 次の瞬間、町田さんは慌ててように手を顔をブンブンと横に振り、何かを必死に否定している。


 何を言われたのかは想像がつくが……とりあえず俺の方をジト目で睨みつけるのはやめていただこうか。

 その視線を向けるべき相手は……しれっと逃げたか。


 はぁ……。

 美形の女子にどんな形であれ見つめられるのは慣れない。

 仕方ない。なんか気まずいので話を逸らすか。


「女子のハードル走が終わったら……次は男女混合の二人三脚か。確か町田さんも出るんだよな?」


「……そーだよ。そこの彼女さんとね」


「おい、陽菜。そろそろ準備した方がいいんじゃないか?」


「やっ」


 久しぶりのやっをいただき、絡まる腕の力がやや強くなった。

 まさか本当に町田さんの懸念していた通りになるとは……。


「むしろ陽菜ちゃんを桐島くんのところに置き去りにして、ベッタリ張り付かせれば桐島くんの競技参加を阻止できる……?」


「おい、変なことを考えるのはやめろ。体育祭は足を引っ張り合うものじゃないぞ」


「でも、見方によればこれは桐島くんが陽菜ちゃんの足を引っ張ってるんじゃないかな? 陽菜ちゃんの競技参加を妨害していると捉えても問題ないと思うわけですよー」


「暴論だ。別に俺は引き止めてない」


「そうは言ってもね。陽菜ちゃん、離れられそう?」


「やっ」


「ほらぁ〜。ギルティだね」


 おかしいだろ。

 陽菜……俺にいいところ見せるために頑張ってきたんじゃないのか?

 筋トレの成果は、俺の腕にしがみつくために発揮されているのか……?


「やっぱり陽菜ちゃんと桐島くんの競技不参加を引き換えるしかないか。それならとんとんだよね」


「待て……陽菜の方が参加競技多いからとんとんではないぞ。どう考えてもそっち損失の方がでかい」


「……た、確かに」


 能力的にも、得点期待値的にも陽菜の方が上だと考えられるので、実は俺と陽菜の競技不参加によって被る損害はそちらの方が大きい。

 特に町田さんは、これまで練習してきたペア競技の相方を急遽変更するとなれば困るだろう。


「桐島くん、なんとか陽菜ちゃんのやる気スイッチ起動できないかな?」


「……これは諸刃の剣だ。場合によっては体育祭の後にしばらく惚気がえげつない事になるかもしれない。町田さん……覚悟はいいか?」


「えぇ〜、うーん……仕方ない……かな? その時はまた愚痴聞いてよね?」


「任された」


 陽菜のやる気を出すにはそれ相応の言葉をかけてやればいいのだが、それにはリスクもある。

 特に町田さんは、陽菜の親友ということもあり、逃れられないだろう。


 ものすごい葛藤の末、ゴーサインが出た。

 俺は陽菜の頭を撫でながら、耳元で囁く。


「陽菜――――――」


「柚月ちゃん、行きますよ! 玲くんにいいところいっぱい見せるんです!!」


「桐島くん、何言ったの? 違法薬物使った? 陽菜ちゃん、目が血走ってるんだけど?」


「ん? 気のせいだろ」


 効果てきめんだな。

 ちなみに違法薬物は使ってない。

 まあ、やってることは合法ドーピングみたいなものかもしれないが。


 何はともあれ陽菜が競技参加を意志を見せ、町田さんの腕をがっしり抱え込んで競技の待機列の方に向かったの見送って一息つく。

 これでなんとか、俺の楽しみも無くならずに済みそうだな。


 陽菜の頑張るところ、かっこいいところ、一瞬たりとも見逃せないな。


 ◆


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