第148話 町田さんの春

「平田、すまん。やっぱり昨日の話は無しで頼む」


「ん、分かった。それってやっぱり三上さんが関係してるの?」


「まあ、そんなところだ」


「残念だけど仕方ないね。三上さんの彼氏なら変な気も起こさないだろうし、安全かなって思ったけどやっぱダメだったかー」


「力になれなくて悪いな」


 翌日。

 俺は二人三脚の参加に断りを入れた。

 せっかくご指名いただいたところ申し訳ないが、彼女の意向を最優先させてもらう。


 ちなみに俺と組みたがっていたのははひふのひ担当である平田だ。

 彼女は俺が陽菜との関係をオープンにした際に、納得がいかずに噛み付いてくる男子達を制圧するのに一役買ってくれた恩もあるし、それ以来師匠と呼んで話しかけてくれるので、可能なら力になってやりたいとは思っていたが……むしろ断りを入れる方が平田のためかもしれないなと思ったりもする。


 まあ、要らぬリスクは背負わないのが吉ということだ。

 ここで陽菜の意向を無視して、彼女の預かり知らぬところで二人三脚の参加を決めるのは容易いが、あとが恐ろしいのは目に見えてる。

 俺に対してはぷんすかで済むかもしれないが、相方に対してどんな感情が向くか分からない。

 女子に対して変な気を起こさないという点を安全だと判定してもらっているのはありがたいが、別の意味で安全ではなくなる可能性も無きにしも……というわけだから平田には悪いが諦めて他の奴を探してもらおう。


「話は変わるんだけどさ、この前三上さんと一緒に師匠のところに来てた子……あの町田さんでしょ? どういう関係なの?」


「どういう……って言われてもな。俺としては彼女の友達って認識だが」


「えー、結構仲良さげだったじゃん。本当はどうなのよ?」


 この前のわんわん喚いてたやつか。

 あれは……仲良さげに見えてたのか?


 まあ、確かに他の人と比べると話していると思うが、それは相対的に話す機会が多くなりやすいだけ。

 陽菜経由で話題に上がりやすく、町田さん自身も陽菜の事で俺に相談……もとい文句を言いに来ることもしばしばなので、改めて考えてみると結構いびつな関係なのかもしれないな。


「町田さんとは別になんでもない。俺としては彼女の友達という認識だ」


「えー、つまんな。ハーレム候補じゃないの?」


「……もしそうだとしたら平田が俺と二人三脚のペアを組みたかった理由が崩壊するんだが?」


「……確かに」


 女子に変な気を起こさない。彼女持ちだから安全という大前提が一気に覆る憶測はやめてもらおうか。

 まあ、本気で言ってるとしたらそもそも二人三脚を俺と組もうなんて思わないはずだし、冗談であると分かりきってはいるが……陽菜が聞いたら大変なぷんすかになるから冗談でもそういうことを言うのは勘弁してくれ。


「じゃあ、なんで? 町田さんも結構師匠のとこに来てるよね?」


「あれは俺に文句を言いに来てるんだよ」


「文句? なんの?」


「陽菜が際限なく惚気を撒き散らすから彼氏として止めろというのが主な文句だな」


「……ああ、なんか分かるかも。三上さん、ずっと幸せそうに甘ったるい空気つくってるもんね。この教室も三上さんが入ってきたら緊張が走るし」


 平田が町田さんの気持ちに共感したのか、苦笑いを浮かべ目を泳がせている。

 町田さん曰く陽菜の惚気は際限がなく、一度話し始めたら満足するまで止まらないマシンガントークらしい。

 かといって適度に聞き流していると陽菜はちゃんと聞いてほしいとぷんすかするらしく、惚気を真正面から受け止めるサンドバッグ状態ができあがるというわけだ。


 そんなサンドバッグと化してボコボコに打ちのめされた町田さんが俺の元にやってきて、彼氏なら彼女の暴走をどうにかしろと言ってくるわけだが……俺が陽菜を制御できるかは五分五分といったところか。


「あはは、納得。でも、そう考えると師匠は全然三上さんのこと話さないよね? 自慢したいとか思わないの? うちらはそういうの大好物だから、遠慮せず惚気てもいいんだぜー」


「……陽菜のかわいいところは俺だけが知ってればいいんだよ」


「……はー、かっこよ。そういうことサラッと言えちゃうあたり、さすが師匠って感じ」


 陽菜のように進んで話そうと思う相手がいないだけだが、わざわざ話すことでもないと思っているのも事実。

 陽菜のように誰かに惚気たい気持ちは分かるが、俺はそれ以上に……陽菜のかわいいところを独占したい。


 まあ、すっかり学校でも一緒にいる事が増え、俺にしか見せなかった顔を他の奴らも拝んでいることだろうが……見せてやるのはそこまでってことで。

 それ以上は俺だけが加入できる非公開プランだ。


「でも、町田さんって三上さんの陰に隠れてたけど、普通にめっちゃかわいいじゃん? だから、男子人気も結構出てきてるみたいなんだよね」


「……そうなのか?」


「師匠が三上さんといちゃつきまくって、三上さん狙いだった男子を滅ぼしたからね。二学期から一年の恋愛図はガラッと変わっちゃったわけですよ」


「恋愛図……ってなんだ?」


「誰誰が誰誰を好きらしいっていうやつだよ。女子はそういうの目ざといから師匠も気を付けてね……って師匠は関係ないか。絶賛大公開中だしね」


 確かにそういう恋愛が絡んだネタは広まる時はすぐだからな。

 人の口には戸が立てられないというし、実際に話がなくても、態度などの変化で察することもできる。


「夏休みまでに恋人できなかった人は、クリスマスまでにって焦り始める時期じゃん? だから、くよくよしてないで次の恋愛を始めていかないと間に合わなくなるってわけ」


「なるほどなぁ。陽菜狙いだったやつらが他の女子狙いに切り替えたってことか」


「そういうことだね」


 改めてそう言う話を聞くと、俺達が関係を包み隠さずにいることによる効果を実感できるな。

 こうして、俺と陽菜に付け入る隙がないと周知されていってるのは、本当にいいことだ。


「それにしても町田さんが……か。まあ、確かに明るくていい子だし、男子ウケもよさそうだよな」


「そうなんだよね~。最近町田さんもこのクラスによく来るから、これまであんまり接点がなかった男子達も町田さんのかわいさに気付いちゃったみたい」


 なるほど。陽菜とセットで来ることも増えたし、町田さんが一人で俺にクレームをつけに来るときもある。

 そういうので町田さんの存在がこのクラスにも広まってるってことか。


「師匠、町田さんとも距離が結構近いし、仲良さそうに見えるから、町田さん狙いの男子からヘイトが向いちゃうんじゃない?」


「……まあ、そうかもな」


「およ? もうちょっと焦ったりしないの?」


「……別に。外野がどう騒ごうと俺の人付き合いの仕方は変わらない」


 これは陽菜の受け売りでもあるが、俺の交友関係を他人にとやかく言われる筋合いはない。

 仲良くなりたいと思った人と仲良くする。

 たとえ町田さん狙いの男子がいたとしても、俺にいちゃもんをつけてくるのは筋違いだろう。

 そもそも、俺の方から積極的に町田さんに絡みに行ってるわけじゃないしな。


「それに、俺と町田さんの交友を邪魔したって、町田さんとの距離が縮まるわけじゃないしな」


「確かに。町田さんを彼女にしたかったら、師匠がどうとか関係なしに、町田さんを振り向かせないといけないってことだね」


「間違いない」


 俺を遠ざけようと奮起したところで、町田さんの好感度は変わらない。

 それが正論ではあるが、そう簡単に割り切れないというのも陽菜との関係をオープンした際に理解しているからなぁ。


「だがまあ……もし俺が困ってたらまた助けてくれ」


「えー、いいけど次は高くつくよ?」


「……その時は惚気でも話してやる」


「いいね、乗った!」


 そんな平田とのやり取りを経て、ふと町田さんの言葉を思い出した。

 私にも春が来ると言っていたが……本当に春がきてるのかもしれないな。

 だから……もし町田さんに彼氏ができたら、惚気の一つや二つくらい聞いてやろうか……なんてな。

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