第147話 浮気、ダメ、ゼッタイ

「……ということで柚月ちゃんと二人三脚を組むことになりました」


「……なるほどなぁ。理解したよ」


 休み時間に突然半泣きの美少女が二人押し寄せて来たと思ったら、二人とも思い思いにまくし立てて、予鈴と共に帰っていくという謎のイベントがあった。

 二人とも早口でわんわんにゃーにゃー喚くので宥めるので精一杯だったし、正直何を言っているのか半分も理解できなかったから、こうして後付けの解説を陽菜さんから受けてようやく二人が半泣きだった理由を把握できた。


 陽菜の方はそのまんまか。

 まさか俺と二人三脚のペアを組みたいばかりに、また転校ガチャを試みようとするとは……止めてくれた町田さんには感謝だな。


 しかし、俺とペアを組めない現実を受け入れた陽菜だったが、二人三脚の参加を諦めるという選択肢はなかったようで、見事町田さんはペアに抜擢されてしまったか。


「町田さんとはどうだ? 上手いことやれそうか?」


「今日の体育で試しに走ってみましたが問題ありませんね。16秒くらいで走れたら十分でしょう」


「……速くね?」


 二人三脚も一応距離で言えば100m走ることになる。それを二人三脚。二人の足を結んで走るともなれば、かなり遅くなってもおかしくないはずなのに、しれっと好記録を叩き出しているのはいったいどういうことなのだろうか?


 てか、16秒って女子の100m走の記録の平均くらいじゃなかったか?

 なんでその記録を二人三脚で出せてるんだよ……。


「柚月ちゃんには普通に全力で走ってもらって、私がそれに合わせただけですよ」


「……だけって。そんな簡単じゃないだろ」


「柚月ちゃんは親友なので息ぴったりです」


 なるほど。分からん。

 でも、陽菜が持ち前のセンスで町田さんに完璧に合わせているのは確かだろう。

 速い方が遅い方に合わせるのが定石だろうが、人に合わせて走るのは意外と難しかったりする。

 ましてや全力の走りに合わせるのは至難の業だが……親友補正が働いてるのか。


「柚月ちゃんとは体格もそこまで変わりませんし、本当に合わせやすかったですよ。これなら奥の手は使わずに済みそうです」


「奥の手? なんだそれ?」


「柚月ちゃんを無視して私が全力で走ります。柚月ちゃんが転んでもお構いなくです」


「……それは構ってあげろよ」


 二人三脚というペア競技でそんな暴挙が許されていいのか。

 町田さんの詳しい運動能力は知らないが、さっき聞いた記録が町田さんの100m走の記録に近いと推測するに……陽菜の全力に着いていくのは厳しそうだ。


 となると必然的にどちらか、または両者の足がもつれて転ぶことになるわけだが……陽菜の言った通りになりそうだな。


 ああ、だからか。

 半泣きの町田さんが陽菜がいじめる、彼氏ならどうにかしろーとややお怒りの様子だったのに合点がいった。

 そんな相方を省みない奥の手の携えておきながら純粋な眼差しで親友とは……。

 まあ、これだけ息ぴったりなら奥の手は確かに必要ないな。


 それを使ったら親友を失うことになりそうだから意地でも使わないことを強く勧めておこう。

 俺の方で焚き付けてる部分もあるが、たまには町田さんに優しくしてあげないとな。

 今度賄賂……げふんげふん、差し入れでも贈っておくか。


「じゃあもうそっちのクラスは誰がなんの種目に出るのか決めたのか?」


「大方決まりましたね。あとは当日に欠場者や負傷者が出た時の代理を決めれば参加表は完成だと思います」


「そうか」


「玲くんは何に出るんですか?」


「んー、全員参加競技以外で無難に一つくらい参加したら、あとは日陰で陽菜の応援でもしてようかなと思ったんだけどな。新体力テストでちょっと張り切り過ぎたからか思いのほか参加要請があってな……」


「でしょうね。貴重な戦力を遊ばせておくわけにもいきませんし」


 まあ、体育祭はある意味ではクラス対抗のイベントでもあるし、最終的には順位も決まることを考えると、勝つための編成が必要になってくるのも分かるが、みんながみんな陽菜みたいにやる気で満ち溢れているわけではないんだよなぁ。

 俺もどちらかといえばほどほどに頑張るつもりだったし、あれもこれも出ようとは思ってなかったから思いがけない要請にどうしたもんかと悩んでいるところだ。


「ちなみに玲くんは何に参加したかったんですか?」


「ん~、そうだなぁ。無難に借り物競争とか?」


「借り物競争は運の要素も強いので運動が苦手な人でも一位になれる可能性のある種目ですよ? 運動能力の高い玲くんが率先して出る種目ではないと思います」


「そういう陽菜はどうなんだ? 借り物競争は参加するのか?」


「もちろんです」


 おい。

 人に講釈垂れておいて、陽菜もちゃっかり参加してるじゃないか。

 今言われたのそのままお返ししてやりたいが……お構いなくってか。


「ちなみにどの種目に出てほしいって頼まれてるんですか?」


「100メートル走とクラス対抗リレー、あとは……二人三脚だな」


「引っ張りだこですね」


「とりあえず走る方ではクラスに貢献できそうだから、100m走とリレーは前向きなんだが……二人三脚がなぁ」


「そんな渋る必要ありますか?」


 二人三脚は相方との息を合わせる必要がある。

 しかし、俺はその辺の協調性にあまり自信がないし、陽菜のように相手に完璧に合わせる走りもできるか怪しいところだ。


 まあ、それは練習次第でどうにかなる問題だが、そうじゃない問題もあるわけで……。

 俺としては別に二人三脚も出てもいいとすら思ってはいる。

 ただし、許可が出ればの話だが。


「えー、まだ確定した話じゃないから怒るなよ?」


「……? 怒りませんよ?」


「出るとしたら多分女子と組むことになるんだが」


「怒りますよ!?」


 きょとんとしたかわいらしい表情から一変。

 冷ややかで笑っていない目がとても恐ろしい。

 怒るなよって前置きしたのに……そんな威嚇しないでくれよ。


「玲くん。浮気はよくないですよ?」


「してないが?」


「私という彼女がいながら……そんなのいけません」


「だから渋ってるだろ。相方が男子だったらいいけど、女子だったら厳しいって言ってある」


 二人三脚は足も結ぶし、バランスを取るために肩を組んだりもするだろう。

 必然的に密着もする。

 それをクラスの女子とやるのは俺自身抵抗があるし、陽菜も嫌がると思ったから二つ返事で承諾するのは渋ってたというのに……。

 早とちりが過ぎるだろ。

 嫉妬してると思えばかわいいもんだが。


「そもそもどうして玲くんなんですか?」


「足の速さと……彼女持ちだから逆に安全的な?」


「……まあ、玲くんは安全な人だと思いますけど」


 その女子も結構足が速いらしいから、下手に合わない女子と組むよりは男子と組んだ方が勝つ確率が高いという判断らしい。

 だが、男子なら誰と組んでもいいというわけでもなく、運動能力が高く、下心が透けて見えない男子とペアを組みたいという要求があり、俺に白羽の矢が立ってしまったわけだ。


 クラスの勝利を優先するなら受けてやるべきなんだろうが……やはり俺も彼女ではない女子と、競技とはいえ密着するのは抵抗がある。

 陽菜もこんな反応だし、二人三脚の参加は断念しようと思う。


「安心しろ。ちゃんと断るからさ」


「……すみません、私のわがままで」


「いいよ。、むしろ一つ参加種目減らせてラッキーって感じだ」


「ふふ、それは酷い言い草ですね」


「じゃあ出てもいいのか?」


「浮気、ダメ、ゼッタイ」


 だから浮気じゃないっての。

 とりあえず陽菜の思ってるようなことはしないし、ならないから安心してくれ。


 分かったらその二、三人は仕留められそうな凍てつく視線で射抜くのはやめてくれ。

 かわいい顔が台無しだぞ。

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