第146話 二人三脚

「これは由々しき事態です。そう思いませんか、柚月ちゃん?」


「……うん。陽菜ちゃんが真面目な顔でなんか言い出すのは荒ぶる前兆だから由々しき事態だよ。逃げていい?」


「ダメです」


「そうか〜ダメか〜。泣いちゃいそう」


「泣きたいのは私の方です。しくしくです」


「自分で言っちゃうんだ……」


 悪ふざけでもなんでもなく、至って真面目に涙が零れそうです。

 覚悟はしていたつもりですが、こうしていざ突き付けられるととても悲しいものですね……。


「一応聞くけどさ。何が由々しき事態なのかな?」


「玲くんとクラスが違うせいで、二人三脚のペアが組めません」


「え……それだけ?」


「それだけとはなんですか!? 深刻な問題ですよ!」


 思わず手元にあった体育祭の参加種目リストの紙をくしゃっと握り潰してしまいました。

 この深刻な問題をそれだけと言って掃き捨てる柚月ちゃんが酷いです。


「うぅ……二人三脚……玲くんと出るはずだったのに……」


「……異性とペアを組むのにここまで前向きなのも珍しいよね」


「そうなんですか?」


「ちょっと前までは男女のペアを選出するって決まってたみたいだけどね。それだと異性が苦手な人が押し付けられたりしたときに問題になるから、種目も男女混合二人三脚から普通の二人三脚になって、同性でのペア組も許可されるようになったって聞いたよ」


 確かに強制だとそういう問題もありますか。

 体育祭は基本的に何かしらに参加はしないといけません。そして、参加する種目も話し合いで決めることになりますし、得点も絡むので運動能力が優先されることもしばしばです。


 そうなった時に嫌々異性と組む人を減らすための措置ですか。

 私は組めるのなら率先して玲くんと組みたいですけどね。


「ま、こればっかりは仕方ないよね。クラスが違うんだからどうしようもないよ」


「……以前玲くんに止められてしまった秘策があります」


「秘策? なにそれ?」


「玲くんと同じクラスになるまで転校を繰り返します」


「それは無謀過ぎない? 転校ってそんな気軽にするもんじゃないからね?」


「体育祭までの期間と、一回の転校の手続きや諸々にかかる時間を考慮すると……チャンスは二回といったところでしょうか?」


「そんな真面目に計画立てるのやめなって」


 まあ、現実的に考えてクラスに空きが出たところに転校生は押し込まれるでしょうから、仮に実行したとしてもこのクラスに戻ってくる可能性の方が高そうです。


「というか桐島くんに止められてるんだ? 何があって転校しようとしたのさ?」


「それはもちろん二学期開始時にクラス替えが行われないという現実に抗うためです」


「……陽菜ちゃん、そこまでして桐島くんと同じクラスになりたいんだ……」


 それはもう、玲くんと同じクラスになれる方法があるのならどれだけ可能性が低くてもやる価値があります。

 今でこそ玲くんが私達の関係をオープンにしてくれたおかげでクラスの違いを気にせずに過ごせてましたが、こういったクラス単位で行うイベントには無力でしたね。

 もう少し早く気付いて対策できていれば、転校の試行回数を稼ぐことができたかもしれません。本当に迂闊でした。


「諦めなって。桐島くんだって陽菜ちゃんが転校するのは嫌だから止めたんでしょ?」


「……そうですね。いつ同じクラスになれるか分からないガチャを回し続けるより、今作れる時間を有効活用して玲くんと過ごす時間に当てた方が建設的ですか」


「そうだよ」


 転校だってすぐにできるわけではありませんからね。

 その間、玲くんと過ごす時間が減ってしまっては本末転倒です。


「……では、玲くんと二人三脚に出るのは諦めて、柚月ちゃんと出ることにします」


「…………えっ?」


「柚月ちゃんと出ます」


 玲くんと出られないなら誰とペアを組むか。

 そんなの考えるまでもなく柚月ちゃんしかいません。

 それだというのにこの心底驚いたような反応はどういうことなのでしょうか。


「柚月ちゃんは嫌なんですか?」


「いや、別にペア組んで出るのはいいけどさぁ……私陽菜ちゃんみたいに足速くないよ?」


「二人三脚は二人の息を合わせる種目ですから、足の速さはそれほど関係ありませんよ。親友の柚月ちゃんとなら息ぴったりで走れると思います」


「陽菜ちゃん……!」


 私と柚月ちゃんの仲ですからね。

 それに、柚月ちゃんとは新体力テストの測定の際もペアを組んでいるので、運動能力もある程度把握しています。


「それに、いざという時は柚月ちゃんを引き摺りまわせばいいだけなので……!」


「……陽菜ちゃん?」


 基本的には私が柚月ちゃんに合わせますが、奥の手として柚月ちゃんのペースをお構いなくして全力疾走するという選択肢もあります。

 その場合、柚月ちゃんは転んでしまって大変なことになってしまいますが……致し方ありません。必要な犠牲だったということで諦めてもらいましょう。


「柚月ちゃん、一緒に頑張りましょうね!」


「やっぱりこの話無かったことにできる?」


「できると思いますか?」


「……陽菜ちゃん、今からでも桐島くんと同じクラスになるための転校ガチャする?」


「それは柚月ちゃんのおかげで諦めがつきました」


 もう終わった話なのでそれはお構いなくです。

 柚月ちゃんと一緒にやると決めたのでいまさら取り消そうなんてもう遅いですよ……。


「陽菜ちゃんがしないなら私が転校しようかな」


「それはダメです。親友の柚月ちゃんが転校してしまうのは寂しいです」


「親友だと思うならもう少し私の扱いを改善できないかな?」


「…………検討はします」


「しないやつじゃん。ちょっと桐島くんに陽菜ちゃんがいじめるって泣きついてこよ」


「あ、ずるいです。私も泣きつきます」


 そうして私達は仲良く玲くんに泣きつきに行きました。

 玲くんとクラスが違う事で悲しい思いをしたので、いっぱい慰めてもらおうと思います。

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