第145話 町田さんの受難

 午前中の授業を終えて、ようやく迎えた昼休みです。

 授業の間の休み時間も隙があれば玲くんに会いにいけますが、移動教室などの都合もあり、それほど長くは時間が取れないので、この昼休みが一番の憩いの時間となります。


「柚月ちゃん」


「陽菜ちゃん。待て。お座り」


「……私は犬じゃないのですが」


「顔がやかましかったからどうせろくでもないことを言い出すのかと思ってつい……」


 名前を呼んだだけだというのに顔がやかましいとは酷いですね。

 まあ、待ち望んだ昼休みを迎えて気分が盛り上がってるところは否定しませんが、顔がうるさいは初めて言われました。

 手鏡を取り出して自分の顔を確かめてみますが、これは果たしてやかましい顔なのでしょうか?

 玲くんに聞いてみましょう。


「それで? 先に言っておくけど昼休みの間は惚気禁止だよ? もうマッサージの話を聞かせようとしないでね?」


「それはもう存分に語れたので満足してます」


「あ、そう。じゃあ、早く桐島くんのところに行った方がいいんじゃない? 昼休みも有限なんだしさ。陽菜ちゃんだってちょっとでも長く彼氏くんと昼休みを過ごしたいでしょ?」


「その必要はありません」


「え? 珍しいね。大丈夫? 彼氏くん抜いて禁断症状ならない?」


「……私のことを何だと思ってるんですか柚月ちゃんは」


「桐島くん依存症」


「……間違ってはないですが」


「ほら! 早くしないと桐島くん成分切れちゃうよ? 正気のうちに行かなきゃ手遅れになっちゃう! 急がないと!」


 そんなに急かさなくても……。

 私に理解があるのはいいことですが、必死過ぎてかえって怪しいですね。

 まあ、柚月ちゃんの意図がどうであれ、私が玲くん不足で手遅れになるなんてことはありませんが。

 そうですよね、玲くん?


「何が手遅れになるんだ?」


「陽菜ちゃんの彼氏くん成分が切れて禁断症状が……って、桐島くん!?」


「玲くん、遅いですよ」


「悪かったって。そんなぷんすかするなよ」


 いつもならば校舎裏のベストスポットで落ち合うか、私が玲くんの教室に赴くかのどちらかでしたが、今日はそのどちらでもありません。

 玲くんが私のクラスに来てくれることになっていたので、私はのんびり構えて待っていたわけです。


 しかし、柚月ちゃんが玲くんを見上げたまま口を開けて固まってしまいました。

 さては玲くんのかっこよさに見惚れているのでしょうか?

 目の付け所は評価に値しますが、あんまり見つめてはいけませんよ。

 うっかり惚れちゃったら引き摺りまわしますからね。


「おい、町田さん固まってるけど大丈夫か?」


「そのうち生き返ると思います」


「……人のこと勝手に殺さないでくれる?」


「あ、生き返りました」


 玲くんがいることにびっくりしすぎて固まっていた柚月ちゃんが再稼働しました。

 私と玲くんを交互に見つめて、大きなため息を一つ。


「陽菜ちゃん……これはいったいどういうことかな?」


「見ての通りです。玲くんを召喚しました」


「桐島くん、出口はあっちだよ」


「……え、もしかして歓迎されてない感じ?」


「そんなことありません。大歓迎です!」


「陽菜ちゃんはそりゃそうだろうね!?」


 せっかく来てくれた玲くんを帰そうとするなんて柚月ちゃんは悪い子ですね。

 これは惚気の刑確定です。


「はぁ……いつもなら足早に教室を出て行く陽菜ちゃんが動かない時点で察するべきだったかぁ。二人ともここでご飯食べるつもり?」


「もちろんです」


「あ、そう。じゃあ私は邪魔だよね? 二人でごゆっくり……」


「柚月ちゃん。待て。お座りです」


「……桐島くん、助けてくれたりとかは……?」


「まあ、そんな中腰になってないで座れよ」


 立ち上がって逃げようとする柚月ちゃんにさっきの犬のくだりをそのままお返しします。

 立ち上がろうとした中途半端な姿勢のまま玲くんに助けを求める柚月ちゃんですが、残念ながら玲くんは私の味方なのであっさりと見捨てられてしまいました。

 これも玲くんを帰そうとした罰です。

 逃げられるなんて思わないでください。


「なんで~? 二人でゆっくりすればいいじゃん~。私のことは見逃してよ……!」


「……と申しおりますが、お陽菜さんや? 判決はいかに?」


「ダメです」


「陽菜ちゃん、考え直そ? テロはよくないよ?」


「昼食をとる行為はテロにあたりません」


「桐島くんとセットになるのがテロなんですけど……!? しれっと桐島くんの膝に座ってるけどここ教室だからね!?」


「お構いなくです」


 皆がみんな教室で昼休みを過ごすわけではないので、今ここにいない人の椅子を借りるのもありですが、幸い私達は椅子が一つあれば事足りますので、玲くんは私の椅子に座ってもらいます。

 そして、その上に私が座ればなんの問題もありません。


 玲くんが他の人の椅子に座ってほいほいフェロモンを残してしまうのもよくないですからね。

 こうして座るのは非常に理にかなっているわけです。


「なんで広げたお弁当の中身が同じなのかな!?」


「私が作ったので当然です」


「愛妻弁当ってこと!?」


「そんな、妻だなんて……気が早いですよ柚月ちゃん」


 しかし、妻ですか……!

 いい響きですね。もっと言ってください。


「ほら、陽菜。あーん」


「あーん」


「そんなナチュラルにあーんしちゃうの!? やっぱ君達テロだよね!?」


「町田さん、うるさい」


「柚月ちゃん、顔がやかましいですよ」


「……うう、バカップルがイジメてくる……」


 いちいち反応が大袈裟な柚月ちゃんに、私と玲くんの言葉が突き刺さります。

 柚月ちゃんがシンプルにやかましいので、特に示し合わせてないですが玲くんということが被ってしまいました。


「……なんか私のお弁当甘すぎる気がする。お母さん、塩と砂糖間違えて味付けしちゃったのかな?」


 そんな事を呟きながらもそもそとお弁当を食べ始めた柚月ちゃん。

 別に縛り付けているわけでもありませんし、逃げようと思えばいつでも逃げられるはずなのに、律儀に一緒に食べてくれるあたり本当に優しい人ですね。

 その優しさと潔さに免じて惚気の刑をちょっと減刑してあげましょうか。


 ◇


 本日8月5日は本作の主人公桐島玲くんのお誕生日です!

 作中では既にお誕生日を迎えてますので、よろしければあの忘れられない素敵な誕生日をお読み返ししてみてください~

 桐島くんと三上さんが、玲くんと陽菜さんになった伝説の一日をぜひもう一度……!

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