第144話 町田さんの勘違い

「ふわぁ」


「陽菜ちゃん、眠そうだね」


「ちょっとだけです」


 授業が終わって気が緩んでしまい、ついあくびをこぼしてしまいました。

 それを聞いた柚月ちゃんが振り返って、私の頬をからかうようにつついてきます。


「あ、さてはアレだな〜。彼氏くんと夜更かししたんでしょ? 寝落ち通話とかしちゃった感じ?」


「寝落ち通話ですか。そういえばしたことありませんね」


「えー、嘘だ〜。あんだけイチャイチャしてて寝落ち通話してないとかそんなことある?」


「本当ですよ。寝落ち通話はしたことないです」


「意外だな〜。陽菜ちゃん、寂しくなってすぐ電話かけてそうなイメージなのに……」


 私が眠そうにしている理由を夜更かしだと推測した柚月ちゃんですが、残念ながらハズレです。

 寝落ち通話……非常に興味ある響きですが、残念ながらしたことはないんですよね。


 何せ、通話する必要がありませんので。

 寂しくなったらいつでも顔を見れますし、寝る時も一緒です。

 まぁ、私達が一緒に住んでいることはまだ柚月ちゃんにバレてないので、そういう憶測になるのも仕方ありませんか。


 でも……寝落ち通話ですか。

 いつでも顔を見れて、いつでも話すことができて、いつでも触れられる距離にいる夜を過ごしてきたので、声だけだと……物足りないかもしれませんね。


「ちょっと眠いのは夜更かししたからではなく、早起きしたからですよ。朝、ランニングをしました」


「え、走ったの? なんで?」


「体育祭に向けてですね」


「……これ以上トレーニング積む必要あるの? 陽菜ちゃん、走るのめっちゃ速いじゃん」


「帰宅部の私が全力で運動するとどんな風になるかもう忘れました?」


「あー、そゆこと」


 日頃から運動している人と違って、普段運動しない人が突然張り切ると当然反動があります。

 確かに私は運動能力に自信はありますし、体力テストの記録も我ながらよかったと思ってますが、全力で運動を楽しむのためには鈍った身体を叩き直さなくてはいけません。

 これも玲くんにいいところを見せるためです。体育祭を思いっきり楽しむためには必要なことなんです。


「ランニングか~。私はギリギリまで寝てたいから無理だな~。やるとしたら放課後かも」


「私も余裕がある時は放課後も運動したいですね。そうだ、柚月ちゃんも一緒に走りますか?」


「えー、どうしよっかなー?」


「今ならもれなく玲くんも一緒に走ってくれますよ」


「うん、無理」


 きっぱりと真顔で断られてしまいました。

 どうしてでしょう?

 私が彼氏と二人きりになれるように遠慮してくれたのでしょうか?


「てか、もしかして朝ランニングって桐島くんも走ってるの?」


「それはもちろんです」


「もちろんなんだ……。すごいな~、二人して早起きして」


「玲くんは私が起こしました」


「寝落ち通話じゃなくモーニングコールしてたってこと? うわ~、朝から幸せじゃん」


 朝から幸せというのは否定しませんが、モーニングコールではないんですよね。どちらかというとモーニングダイレクトアタックです。

 なにせ、目覚めたら玲くんの腕の中なので。

 玲くんの腕から抜け出すのは少し苦労しますが、抜け出せたら存分に寝顔を堪能して、そのまま玲くんのお腹の上に着席です。


 そういうことなので、玲くんを起こすのに電話を掛ける必要はありません。

 やはり柚月ちゃんは少し勘違いをしていますが……面白いので黙っておきましょう。


「え……あれ? そういえば陽菜ちゃん、昨日の体力テストで悲惨なことになってたんだよね? なんで昨日の今日でランニングできてんの?」


「それは企業秘密です……が、柚月ちゃんには特別に教えてあげましょう」


 そう言って私は手をこまねき、柚月ちゃんの耳を借ります。


「玲くんのマッサージは至高なんですよ」


「ま、マッサージ……? それ大丈夫? 健全なやつだよね?」


「全身隈なくまさぐられて、気持ち良すぎてトロットロにさせられてしまうだけですよ。しかも、玲くんのドSスイッチが入ってしまうと、ストップをかけても止めてくれないので……それはもう大変です」


「ぶふっ、げほっげほっ……それ絶対健全じゃないよね? なんかいかがわしいことしてるよね?」


「ふふ、どうでしょう?」


 柚月ちゃんが激しくむせて、キッと睨みつけるように目を細めてきます。


「もー、すぐそうやって惚気てくるのはもう諦めてるけどさ、さすがに深い所まで話しすぎじゃない? あんまり彼氏くんとの情事について口を滑らせない方がいいと思うよ」


「おや、私は情事について話したつもりはありませんけどね」


「絶対ヤッてるじゃん」


「ですが、よく考えてみてください。仮にされたのが健全ではないマッサージだとして、私がこうしてピンピンしているのはどう説明するつもりですか? 昨日までは歩くのも一苦労だったのですよ? それがこうして普段通りに生活できて、なんなら朝走れるくらい回復しているんですよ」


「……た、確かに」


 疑いの目を向けてくる柚月ちゃんですが、こう言ってやれば押し黙ってしまいます。

 事実、今日の私は元気ですし、昨日の反動はもうありません。こうして問題なく歩けているのが何よりの証拠です。

 玲くんのマッサージがなければおそらく今日も足がプルプルだったと思います。

 それはそれで玲くんにおんぶや抱っこを強制できるのでアリと言えばアリですが、休み時間などに気軽に会いに行く選択肢が潰えてしまうので、素晴らしいマッサージ技術をお持ちの玲くんには感謝ですね。


「そういう意味で玲くんのマッサージは至高だと言ったつもりなんですけどね。柚月ちゃんはいったいナニを考えていたのか気になりますね~」


「ご、ごめんって」


 そういうと柚月ちゃんは顔を真っ赤にして謝ってきます。

 まあ、柚月ちゃんもそういうお年頃ですし、私の言い方もアレでしたのでそういう方向に結び付けてしまうのも仕方ありません。

 かわいくてからかい甲斐がありますね。


「柚月ちゃんも玲くんのマッサージを受けてみれば私の言ってることが分かりますよ」


「そこまで言われると気になるけどさぁ。そんなにすごいの?」


「昇天します。我慢しようと思っても声が出てしまい、身体がびくんびくん跳ねますよ」


「……違法なことしてない?」


「合法です」


 法は犯してませんよ。法は……ね。


「うーん、気にはなるけど陽菜ちゃんの彼氏くんだし遠慮しておこうかなぁ。てか、陽菜ちゃん的に彼氏くんが他の女の子をマッサージするのってどうなのよ?」


「嫌です。柚月ちゃん、夜道に気を付けてください」


「じゃあなんで提案したのさ!?」


 そう言われると返す言葉もありませんが。

 玲くんのマッサージは気持ち良すぎて語彙力が消失していくので言葉で説明するのが難しいんですよね。

 かといって実際に体験してもらって、柚月ちゃんが玲くんの虜になってしまっては困ります。


「というか彼氏くんが了承しないでしょ。桐島くん、一途で陽菜ちゃん一筋だからね」


「よく分かってますね。柚月ちゃん、夜道は私が守ってあげます」


「え、いいよ……。陽菜ちゃんと一緒だと守られるどころか襲われる確率高くなりそうだし。大人しく桐島くんと帰って、ね?」


 丁重にお断りされてしまいました。

 まあ、私も玲くんと一緒に帰りたいので、利害は一致してますね。

 そんな切実に言われるとなんか釈然としませんが。


「はぁ、陽菜ちゃんが頻繁にあくびしてるの珍しかったからつついてみたけど、触れるんじゃなかったなぁ」


「いっぱい語れて眠気も覚めました。ありがとうございます」


「それはどういたしまして。でも、もうお腹いっぱいだからやめてね! 惚気禁止だからね!」


「……え、玲くんの極上マッサージについてもっと聞きたい? 分かりました」


「話聞いてたかな!? もう聞かないからね!?」


 そう言って柚月ちゃんは耳を塞いで机に突っ伏してしまいました。

 むぅ、もっと聞いてくれてもいいんですけどね。

 完全防御形態をとられてしまったので仕方ありません。

 また隙を見て話すことにしましょう。


 ◇


 いつもご愛読ありがとうございます!

 昨日は8月2日ということで、バニーの日にちなんだ限定ノートを公開しております。サポーターさんはぜひそちらもご覧ください……!

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