第142話 早寝の定義

 その後、帰宅してからも陽菜の葛藤は続いていた。

 新体力テストの反動を和らげるためのマッサージを受け、甘い喘ぎ声と唸り声を交互に上げる器用なことをしながら悩むこと小一時間。


 渋々ながら朝に運動する約束を優先して、早寝早起きすることを決定した……はずなのだが。


「玲くん、何時に寝れば早寝は成立すると思いますか? 深夜2時くらいまでは粘れるでしょうか?」


「往生際が悪い」


「あんっ、そこっ……だめっ、そんなグリグリしないで……っ」


 あまりにも往生際が悪いのでつい強めに指圧をしてしまった。

 ちなみに今マッサージしているのは足だ。もっと言うとふくらはぎなので太ももの付け根など際どいところは触っていない。それなのにお陽菜さんは容赦なく聞かれたら勘違いされそうな甘い声を上げるから本当に困る。

 まぁ、耳はとても幸せだが、やはり俺のメンタル的な何かがものすごい勢いでゴリゴリと削られている。


 前にも思ったが、素人のマッサージだけどそんなに気持ちいいのだろうか?


「わ、私の……っ、ん……主観では……あっ、早寝、判定なんですけど……っ」


「仮に2時に寝るのを早寝としよう。何時に早起きするつもりだ?」


「……4時?」


「はい、却下」


「あっあっあっ、そこっ……もっと優しくっ、乱暴しないで……っ」


「やかましい」


 寝言は寝て言え、お嬢様。

 それは一般的には早起きとは言わないんですよ。


「ぅぅ……」


「あのな、陽菜が色々張り切ってるのも分かるし、俺との時間を大切にしようとしてくれるのも嬉しい。でも、その時間を捻出するために睡眠を削りすぎるのは違うだろ」


「……はい」


「もしそんな無茶な生活して、陽菜が倒れたりしたら困る。俺は陽菜が大切なんだ。だからもっと自分を大切にしてくれ」


「……好き。付き合ってください」


「付き合ってるが?」


 唐突な交際の申し込みに驚いたが言っていることは本心だ。

 陽菜があれもこれも頑張ろうとする姿は微笑ましいが、それが原因で無茶がたたってしまうなんてことは見過ごせない。

 陽菜が大切だから、こればっかりは譲れない……って言っても、俺が言うとなんか説得力が薄い気もするな。


 普段夜更かしさせることになる原因は俺だし。

 そういうところの持久力はあんまり発揮しなくてもいいんだけどな……。


「玲くんがそこまで言うのなら仕方ありません。愛されている証拠だと思って受け入れます」


「そうしてくれ」


 お、意外と聞き分けがいい。

 この往生際の悪い感じだとまだまだ粘るもんかと思ったが、分かってくれて何よりだ。

 だが、突っ込まないといけないのは早寝に関しての往生際の悪さだけじゃないんだよなぁ。


「お陽菜さんや」


「なんですか?」


「4時起きって聞こえたような気がするんだが?」


「そう言ったつもりですが?」


「……」


「あっ、あっ、ちょ……無言で足を擽るのは……っふ、は、反則です……っ」


 ふくらはぎから少し下の方に手を添わせていくとかわいらしい足に辿り着いたのでとりあえず擽っておいた。

 上擦った声で抗議しながらびくびくと身体を震わせる陽菜がかわいいのでもう少し。

 どうやら何をされても抵抗できないというのは本当らしいな。


「あっ、ほんとにっ……脇腹つりそうなんでっ……許してっ」


「うーん、お構いなく」


「ううぅ、玲くんの鬼畜……♡」


 なんか、こう……非常にあれだな。

 抵抗できない相手への擽り地獄というのは中々に背徳的だな。

 癖になるというか、なんかすごいゾクゾクする。


「四時起きって……どんだけ走るつもりなんだよ」


「んっ、あっ……と、とりあえず手始めに20キロほど……」


「何? もっと擽ってほしい? よし、仕方ない。あと五分追加だ」


「あんっ、もう……♡ そういうドSっぷりはもっと違う方で発揮してほしいです……♡」


 おっと、声に艶が出てきて非常に危ない感じになってきたな。

 一応反撃されない前提でちょっと意地悪をしているが、もしやマッサージを終えて回復したら陽菜さんに反撃されてしまうのではないだろうか……。

 ちょっと怖いからこの辺で止めておくか。


「……ふぅ♡ はぁ♡ やめてくれるんですか?」


「もっと擽ればいいか?」


「ダメ! これ以上はほんとにダメですっ。玲くんの指っ、すごすぎて……おかしくなっちゃいます……♡」


 余韻でぴくぴくしてるのがなんとも言えない。

 とりあえず陽菜の新しい弱点として擽りに弱いというのは覚えておこう。

 きっとどこかで役に立つ日がくるはずだ。


 そんな事を思いながら、扇情的な息遣いをする陽菜を見守る。

 つい不意打ちで耳でも触ってやろうかと思いもしたが、なんとか堪えた自分を褒めてあげたい。


「はぁ、はぁ、やっと落ち着いてきました。玲くんは4時起きは不満なんですか?」


「不満というかなぁ、仮にも学生なんだから、学校生活に支障が出ない程度が好ましくないか?」


 4時起きでランニングしてから学校とか授業中に爆睡するだろ。

 さすがにそれは学生としてまずい。


「確かに授業中眠くなってしまったらいけませんね。二学期中間テストの勝負に支障がでるのは困ります」


「その勝負ってテストの度に発生すんの?」


「もちろんです」


 もちろんなのかよ。

 まあ、陽菜にとっては俺に何かを要求できるボーナスタイムみたいなもんだしな。

 そのチャンスを逃すまいと早起きの考えを改めてくれるのならそれはそれでいいか。


「えっと、起きて軽く準備をして、軽く走って……帰ってきたら玲くんとシャワーを浴びて、その後に全身隅々までまさぐられる念入りマッサージがあるとすると……逆算して5時30分くらいでどうですか?」


「……まぁ、いいんじゃね?」


 色々とツッコミどころは多いが、ひとまず早起きの程度が許容できるレベルになったので良しとしよう。

 俺が起きれるかはまた別の話だが……どうせ陽菜が俺の腹の上に跨って起こしてくれるだろう。どうせ。


「ではそれで。あとは……明日から走るためにもっと念入りにマッサージをお願いします」


「結構足回りを重点的にやったつもりだけど、まだ足りないか?」


「肩と腰と背中と太ももと……胸とお尻と股関節周辺もお願いします。特に後半の方はしっかり念入りにやるのを推奨です」


 そう言って熱っぽい視線を向けるお陽菜さん。

 すっかりその気になってしまったみたいですね……。

 抵抗できないくせに全身隅々まさぐられコースをお望みとは……さっきの擽りが余程懲りてないと見える。


 まぁ、今日は体力テストも頑張ったことだし、ちょっとくらい応えてやってもいい。

 その代わり……泣いて止めてと言っても知らない……いや、お構いなくだからな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る