第141話 ゆるゆるな決意
なんとか授業を乗り切った放課後。
子鹿のように足をプルプルさせ、それにかこつけて何かと身体接触を図る陽菜と歩く帰り道。
30秒に1回のペースで抱っこをご所望のお姫様が軽くあしらわれてぷんすかとむくれているのはきっと気のせいじゃない。
確かに陽菜を支えながら帰るのは歩幅なんかにも気を遣うし、いっそ抱えてしまった方が早いとも考えたが、俺も時間差で体力テストを反動を絶賛受けているところだ。
普段そこまで運動していない俺が、ちょっといい記録を狙って頑張っただけでこのザマだ。
運動部に勝つほどの記録を叩き出すために文字通りの意味ですべてを出し尽くしたお陽菜さんの疲労は労わってやりたいところだが……あいにくこちらも余裕がないんだ。
だからそんな胸とか押し当てながらしがみついてこないでね。
あ、こら。背中によじ登らないの。
「ふぅ……ようやく特等席に座れました」
「特等席じゃないよ?」
「特等席ですよ。私だけが許された特権です」
「……それもそうか」
あまりの正論に言い負かされてしまった。
俺を席と称するのはいかがかと思うが、確かに陽菜は俺によく座るし、俺がそれを許しているのも陽菜にだけと考えたら特権というのも頷ける……か。
しかし、それはそれとして、人の背中によじ登ってしがみ付く元気があるなら自分の足で歩いてくれませんかね?
女の子に向かって重いなんてデリカシーのない事を言うつもりはないが、俺の肉体疲労も加味されて、羽のように軽いと言ってやれる余裕はない。
「お陽菜さんや」
「なんですか?」
「降りて」
「や」
一言に込められた強い拒否の意と共に、回された腕にぎゅっと力が入る。
分かったからさ。
腕だけじゃなくて足まで使って絡みついてくるのはやめようね?
しかし……しがみ付くのを止める気はないようなので、仕方なく太ももを支えるように手を添える。
一瞬ビクッとして、耳元で甘い声を漏らしたお陽菜さん。念願のおんぶの気分はいかがですか?
え、何?
お姫様抱っこにグレードアップをご所望?
うーん、お構いなく。
今でも十分こっぱずかしいが、余計に悪化しないようにこのまま行こうじゃないか。
「むぅ、前に持ち替えてください」
「わがまま言うな」
「お姫様だっこ。お姫様抱っこ」
「ほら、いい子だから静かにしてようね~」
「子供扱いしないでください。怒りますよ?」
ちょっと悪ふざけが過ぎたか。
あまりぷんすかさせるととんでもないことになるからな。ほどほどにしておこう。
「しかし、ほんと凄い記録だな。これじゃ体育祭も引っ張りだこだろ。そのうち誰がどの種目に出るか決める時間があるだろうが、お陽菜さん的にはどうお考えで?」
「いっぱい出ます」
「その心は?」
「いっぱい出ればいっぱい活躍できて、いっぱい玲くんに褒めてもらえます」
「そうだな、間違いない」
陽菜がたくさん種目に出ていたらその分応援するだろうし、それだけ活躍の機会が増えて、ご褒美の甘やかしタイムが設けられるのが容易に想像できる。
本人も前向きで、クラスとしても見過ごせない最大戦力だろうし、存分に力を発揮してもらうのが一番だな。
「そういう玲くんこそ引っ張りだこなんじゃないですか? 男子の中でもかなり高い記録だったと思いますが」
「俺は……どうだろうな。決める時に出ろと言われたら出るかもしれんが、陽菜ほど前向きに検討はしないぞ」
「もったいない。玲くんは本気出せばできる人なんですから」
そう言ってくれるのはありがたいが、特に運動が好きってわけでもないからなぁ。
陽菜みたいに可能な限りたくさんの種目に出ようとは思わないな。
「まあ、いいですよ。玲くんのかっこいいところは見逃しませんので」
「あんま期待すんなよ」
「はい、大いに期待してます」
期待されるのは嬉しいが、プレッシャーも感じるな。
本番でみっともない姿を見せるなんてことがあったら嫌すぎる。
我ながららしくない試みだとは思うが……体育祭まで運動する時間を増やしておくか?
「ところで玲くん。一つ提案があるのですが」
「なんだ?」
「これから体育際までの間、朝とかに一緒に運動しませんか? 本番で情けない姿を見せるわけにはいかないので、今のうちから運動する習慣をつけて、体育祭を乗り切れる体力をつけたいんです」
提案と言われて少し身構えてしまったが、どうやら陽菜も似たことを考えていたらしい。
確かに張り切った結果身動き一つ取れませんでは中々に格好付かない。
陽菜はそれでもかわいいと思うが、本人としてはこのような状態にならずに体育祭をやり遂げたいみたいだ。
今回の新体力テストだってそうだ。
普段運動してないから反動がでかいわけであって、日頃の運動があればそれも幾分かマシになるだろう。
「いいぞ。俺も同じことを考えていたところだ。早起きして、一緒にランニングでもするか」
「はいっ! 運動した後は一緒にシャワーと、マッサージもセットでお願いします!」
「それは厳しい」
「快諾ありがとうございます! 頑張れそうです!」
「おい? 聞いてた?」
「お構いなくです」
今俺快諾なんてしただろうか?
背中できゃっきゃと喜ぶお陽菜さんに尋ねてみるも、聞く耳無しの意を示される。
都合のいい解釈はお手のものですね、ほんとこの子は。
「わがままかよ……」
「いいじゃないですか。減るもんじゃないですし」
「俺のメンタル的な何かがごっそり減るんだよ」
「そんなのお構いなくです。体力テストで私が勝ったのでこれは決定事項ですよ」
なるほど。
正直忘れかけていたけど、そういえばそんな勝負が強引に成立させられてたっけか。
まさかそれがここまで高くつくとは……。
朝の運動、軽率に了承したのは早計だったかもしれないな。
「いやぁ、嬉しいですね。朝からハッピーセットです」
「……そのハッピーセットを受け取りたいなら、夜更かしはしばらくお預けだな」
「ヨフカシ……オアズケ……? ちょっとよく分かりません。それ、どこの国の言葉ですか?」
「日本語だよ? 分かってるよね?」
「ニ……ホンゴ? 難しい言葉分かりません」
なんというすっとぼけ。
都合の悪いことは分からないフリとは……いっそ清々しいな。
しかし、朝に運動するとなれば必然的に早起きすることになる。
早起きが必須ということは当然早寝もセットになってくるわけで……夜のアレとかもお預けになる。
「早起きして運動するわけだから仕方ないよな?」
「うぬぬぬ……それは困ります。死活問題ですよ」
「そんな深刻な問題じゃないだろ」
「……やっぱり朝の運動の話はなかったことに」
なんというゆるゆるな決意なんだ。
あれほどまでに体育祭に向けて体力向上を図ろうと意気込んでいたのに、ものの数分で白紙に戻されてしまった。
そこまでして夜更かししたいのかよ。
「まあ、いいけど。その場合は運動後のハッピーセットが無くなるわけか」
「はっ!? そ。それは困ります」
「でも、運動はしないんだろ?」
「うっ、それは……その、どうしましょう?」
「どうする、お陽菜さんや?」
「……玲くんの意地悪」
究極の二択を突きつけられてぷんすかが留まることを知らない陽菜がぽかぽか背中を叩いたり、耳や頬を引っ張りながら抗議してくる。
そうしてかわいらしく唸りながら行われる葛藤と、ちょいちょい挟まれる俺への攻撃は帰宅するまで続いていた。
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もっとたくさんの方にこの作品を知ってもらえたら嬉しいですね〜
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