第140話 止まらない猛攻

 町田さんから押し付けられた陽菜を膝に乗せて迎えた昼休み。

 普段昼休みを教室で過ごさない俺がいるというだけでも珍しいのに、俺の膝上でくつろぎ、幸せそうにしている陽菜のおかげで、絶賛好奇の視線に晒されている。


 といってもその視線のほとんどは女子だ。

 男子の大半は撃沈しており、無事だった奴らも教室から逃げ出している。

 あの三上陽菜の普段は見られない姿だ。恋に焦がれる独り身の男には直視すら憚られる劇毒であり、女子にもかなりダメージを与えているようにも見える。


 そんな周囲の惨劇はお構いなくなのか、陽菜の甘えっぷりは止まらない。

 甘やかす心づもりではいたが、教室でこうなるのは予想していなかったから、どうにも困ってしまっている。


 おのれ町田柚月……!

 なんてタイミングで陽菜をお届けしてくれたんだ。


 まあ?

 身動きの取れない陽菜を傍に置いたまま昼休みを迎えたらそりゃあ大変なことになるのは分かる。

 町田さんは普段陽菜の惚気を一番聞かされている被害者筆頭だからな。

 こうして俺に投げることで安息の時間を享受していることだろう。


 まあいいだろう。

 束の間の安寧を楽しんだ後は、どのみち自分のクラスに戻ったこの子の惚気が牙を剥くのだ。

 今くらいは休ませてあげてもバチは当たらないはずだ。


「玲くん、どうしました?」


「……ここまで連れてきてくれた町田さんにお礼を言って、ついでにいっぱい惚気ておけよ」


「もちろんです!」


 よし。

 いい子だ。

 あまりにもいい返事だったので思わず頭を撫でてしまうが、陽菜はそれを受け入れて気持ちよさそうにしている。

 手を止めると頬を膨らませて上目遣いをお見舞いしてきて、まだ、もっとと熱い視線で催促してくるので俺の手は忙しい。


「ところで……聞くまでもないと思うが記録はどうだったんだ?」


「玲くんの予想は?」


「まあ、安定の満点なんじゃないか?」


 運動神経抜群の陽菜が点を取り逃すのは想像できなかった。

 足も速くて体力もあるから、50m走と持久走は安定だろう。

 瞬発力、柔軟性も優れているため、反復横跳び長座体前屈も同様。

 上体起こしも……まあ、そうだな。陽菜の綺麗なお腹はぷにぷにもちもちだが、弛みはなく引き締まっている。町田さんの吹っ飛ばれるかと思ったという証言からおそらく満点ラインは優に超えていることだろう。


 しかし……ペアを組んで、陽菜の足を抱えて押さえていた町田さんにそこまで言わせる勢いで行われた上体起こし。気になりすぎる。


「あっ……」


「上体起こし何回だったんだ?」


「んっ……そんなお腹を擦りながら聞かないでください。ん、ふっ……さ、35回です……っ」


 ブラウス越しにお腹をツンツンしながら尋ねると、甘く上擦った声を漏らしながら答えてくれた。

 35回ってすごくないか。男子が満点取るのに必要な記録だった気がする。

 その記録を叩きだすのに随分と無茶をしたことだろう。

 運動後の筋肉の収縮でピクピクしているのが手に伝わってくる。


「あの……そんなに意地悪されると変な気分になってしまうのですが」


「あ、悪い。手触りよくってつい、な」


「そういうことなら仕方ありませんね。どうせなら直で触ってみては?」


「……いえ、それはお構いなく」


「あ、ずるい。私もお構いなくです」


 ふと、二人だけの世界に入りかけて我に返る。

 陽菜を抱くいつもの体勢だとつい二人きりでいるような気になってしまうな。

 ある程度の人目はお構いなくとはいえ、超えてはいけないラインというのは存在する。

 危うくそのラインを飛び越えるところだったし、陽菜がその気になってしまったらまずいことになる。


 まあ、その気になったところで今の陽菜が何かできるのかという話ではあるが。

 よれよれで力もほとんど入っていない。

 町田さんにお届けされたときから状態もそれほど回復していない。


「玲くんといると安らぎますね。午後の授業もずっとここに置いてくれてもいいのですよ?」


「よくないのですよ」


 いや……その考えは甘いか。

 この子がその気になった時、急に体力と肉体疲労が回復するなんてことがあるかもしれない。

 そうなった時、体育を経て疲れている状態の俺では為すすべなく空き教室に連れ込まれてしまう可能性が十分すぎるほどにある。


 俺も陽菜といるだけで心身が安らぐ気持ちはよく分かる。

 陽菜にとって俺という存在がどれほど癒しになっているか測るのは俺ではなく陽菜なので、勝手な推察でどうせ何もできないだろうと高を括るのは非常に危険だ。


「ところで……帰ったらアレ、お願いしてもいいですか?」


「アレ? どれ?」


「もう、とぼけないでください。玲くんのその手で私の全身を隈なくまさぐって、思わず声が出てしまうほどいっぱい気持ちよくしてほしいです」


「……マッサージって言おうね」


 この子はまた誤解を招くような言い方をする。

 幸いにも俺の机の周りの人は掃けているし、密着しているからこそっと言うだけで聞こえるため、声量はそれほど大きくないが……聞こえていたら大変なことになるところだった。


 マッサージか。

 あの時は本当に理性が危なかったな。

 こうして付き合って、それ以上のことをしている今なら、多少は耐性がついているのだろうか。


「あ、マッサージだけでは物足りないというのならば、もっと、いっぱい、好きにしてくれていいですからね? 今日の私は……どんなことをされても、抵抗できないですよ?」


 そう言ってだらりと俺に身体を預けて胸のあたりですりすり頬ずりをされる。

 彼女の耳がうっすらと赤くなっているのはきっと気のせいではないだろう。


 俺の考えが浅はかだったと思い知らされるな。

 関係を深めたからこそ、陽菜の猛攻はさらに強いものへと成長しているのだ。


 隙あらば猛攻を仕掛けてくる陽菜によってすっかりズタボロ満身創痍の俺の理性……いつまでもつのか見物だな。

 とりあえず昼休みのこの猛攻を凌ぎ切るところからか……。

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