第139話 デジャヴ

 新体力テストの測定が終わり、通常の授業に戻る。

 思いのほかいい記録が出せた自負はあるが、さすがにすべて満点とはいかなかったな。

 握力なんかは日頃から相当鍛えてないとまず満点はでないだろうし、長座体前屈も男子にとっては中々の鬼門である。


 ただ、それ以外は本当によくできすぎなくらいで驚いている。

 記録だけで見るなら落としたのは三点だけ。

 握力、長座体前屈、そしてボール投げ。

 これらを一点ずつ落としてあとはギリギリ満点の記録に滑り込ませることができた。

 オール七点くらいを目標にしていた俺にとっては快挙である。


 しかし、それでもなお陽菜の叩き出す点数には届かないという確信。

 受けてもないはずの勝負で強制的に敗者にされる悲しみはあるが、俺に何かを要求してくる陽菜はとてもかわいいのでご褒美だと思っておこう。


 そして、どうせアレだ。

 体育が終わり次第陽菜は結果を報告しに来るだろう。

 褒められたい一心で襲撃してくるのが目に見えている。


 まあ、頑張った彼女を労わって褒めたたえるのも彼氏の役割だ。

 いっぱいよしよししてあげようじゃないか。



 ◇



「桐島くーん、お届け物だよー」


「お届け物です、受け取ってください」


「……何事?」


 そんな心づもりで迎えた昼休み。

 体育の授業を終えた陽菜が予想通りやってきた。

 なぜか町田さんの肩を借りて。


 いつもの場所に向かうまでもなく現れるのは予想していたが、まさか同伴者がいるとはつゆにも思わなかった。

 それでいて支えて貰いながらやってきて、自らをお届け物と称するとは……。

 受け取りって何?

 俺はどうすればいいのだろうかとやや混乱していると、陽菜は町田さんの肩に回した手を離し、次の瞬間、上擦った声をあげてよろめく。

 そのまま突っ込むようにして倒れ込んでくるので、俺は受け止めざるを得なかった。


「きゃっ……」


「大丈夫か?」


「あ、ありがとうございます。失礼しますね」


「は? おい……?」


 そのまま態勢を直して……流れるように俺の膝に着席。

 楽な姿勢になるようにもぞもぞと動き、身体を預けるようにぴったりと寄せてきた。

 あの……ここ教室なんですけど。皆さん見ていらっしゃるのもお構いなくということですか?


「おおー、熱いねぇ。堂々とそんなこともしちゃうんだ」


「茶化すな。それにしてもフラフラだな。怪我とかしてないだろうな?」


「怪我はしてません……が、身体は言うこと聞きませんね。柚月ちゃんに支えて貰わなければここまでたどり着けませんでした」


「……なんかこんなことが前にもあったような気がするな」


「いや〜、陽菜ちゃんほんとに凄かったんだよ? 測定のペアを組んだの私なんだけど、上体起こしとか吹っ飛ばされるかと思ったもん」


「柚月ちゃんがもっとしっかり押さえてくれたらあと3回は記録を伸ばせました」


 なるほど。

 うちの陽菜さんは随分と本気を出して取り組んだみたいだな。

 上体起こしや反復横跳びなどの数を数える測定があるためペアを組んでやるのだが……この感じだと町田さんにはかなりの苦労をかけたようだ。


「50m走とか陸上部の子より早かったしね〜。そのせいか部活動の勧誘、結構来てたよね?」


「陸上部、女子バスケ部、女子バレー部、テニス部からですね。全部お断りしました」


「もったいないなぁ。その身体能力ならどの部活でも活躍できるじゃん?」


「部活動なんて入ったら玲くんと過ごす時間が減ってしまうではありませんか」


 そう言って陽菜は俺の顎に頭を擦り付けて来る。

 体育の後だというのにいい匂いが鼻を擽るな。


 そして、町田さんの言っていることはよく分かる。

 その身体能力で何もしないのはもったいない。

 俺もそう思っていた時期があるし、なんなら今でもちょっと思っているかもしれない。


 だが、こうして一緒にいる時間が長くなった今、陽菜と離れてしまう時間が増えるのは俺としても望むところではない。

 だから、陽菜がこう言ってくれるのは素直に嬉しい。

 スポーツ界の損失だろうが俺には知ったこっちゃないんだ。


「で……張り切った結果がこれか?」


「はい」


「もうちょいなんとかならなかったのか?」


「玲くん、私はこう見えても帰宅部の女の子です。久しぶりに全力を出したらこうなるのも必然では?」


「……確かに」


 常日頃から部活動などで運動に勤しむ生徒とそうじゃない生徒では運動後の反動にそれなりの差があるか。

 俺も結構ガタはきていて、足がぷるぷるしているから気持ちは分からんでもない。


「まーまー、陽菜ちゃんも桐島くんに褒めてもらうために頑張ったんだからそんなに怒んないであげてよ」


「柚月ちゃん、もっと言ってやってください」


「ちなみに陽菜ちゃん、1人で立たせるとまともに歩けないから、昼休み終わる前に送迎してあげてね」


「お姫様抱っこが望ましいです」


「は、おい? 無茶言うな」


「送迎しないとそのまま午後の授業受けることになっちゃうよ?」


「私としてはそれでもお構いなくです。ついに私をひざ掛けとして使う時が……!」


 おいおい……。

 確かに膝に乗っかってるけど、あなたをひざ掛け扱いするのは無理がありすぎる。

 だからね?

 そんな満更もないといった様子で抱き着いてくるのはやめていただきたい。

 ここ、教室ですよ?


「じゃ、あとは二人でごゆっくり〜。あんまりイチャつくと周りが……手遅れっぽいからやっぱなんでもないっ」


 陽菜を俺に押し付けて自分のクラスに帰ろうとする町田さん。

 忠告らしいものを言いかけたが、辺りを見渡して、困ったように笑って取り下げた。


「玲くん、お腹すきました。腕を動かすのも億劫なので食べさせてください」


「一応聞くが俺の膝からどく気は?」


「お構いなくです」


 そりゃそうだよな。

 その言葉がくるのはもう分かってたよ。

 でもね?

 もう一度言うけど……ここ、教室ですよ?


 ◆


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