第135話 ご機嫌の語弊

「おはようございます」


「陽菜ちゃんおはよー。とりあえず黙ってくれる?」


「……まだ何も言ってませんが」


「もうね、顔が幸せそう過ぎて怖いのよ。一旦口開くの止めて、大人しくしてよ? ね?」


 登校してクラスに到着するや否や、柚月ちゃんから辛辣な言葉を投げかけられます。

 まだ挨拶をしただけだと言うのに酷い言い草ですね。

 まぁ、幸せなのは違いないですが、そこまで言われるのは釈然としません。


「そんなに分かりやすいですか?」


「そりゃもうね。いい事ありましたって顔に書いてあるよ」


「言ってもいいですか?」


「ダメ」


「いいじゃないですか。ちょっとくらい聞いてくださいよ」


「ちょっとで済まないから止めてるんでしょうが」


 くっ、この幸せをお裾分けしたいのに柚月ちゃんは頑なに拒否してきます。

 酷いですね。私と玲くんの関係を知った時はニヤニヤからかうようにいつでも惚気話を聞かせてと言っていたのに……。

 あれは嘘だったということでしょうか?

 そんな事は断じて許しません。柚月ちゃんは私のお話を聞く義務があると思います。


「ゆーづーきーちゃん」


「私の机の周りをくるくるしないで」


「昨日のデートのことを聞いてくれるまでやめません」


「デート一つでここまで幸せそうな陽菜ちゃんを作り上げるとは……桐島くんを恨みそうだよ」


 玲くんを恨む?

 そんな……玲くんは何も悪いことしてないのに、変な柚月ちゃんですね。


「分かった分かった。聞いてあげるから落ち着いてよ。で……昨日はどこ行ってきたの?」


「カラオケです」


「カラオケかぁ。学生のデート言えば定番だね。陽菜ちゃん、歌も上手だしいいところいっぱい見せられたんじゃない? あ、だからそんなに嬉しそうにしてるの?」


「いえ、一曲しか歌ってません」


「えっ? カラオケデートでそんなことある? もしかしてすぐ出てどこか他のところに行ったとか?」


「フリータイムで入ったのでそんなことはありませんよ?」


「えっ? カラオケで……長時間いるけど、歌わない……? そ、それってもしかして……?」


 おや、柚月ちゃんも気付いてくれましたか。

 玲くんの素晴らしいリサイタルが行われたということに……!

 これが語りたくて仕方なかったんです。


「玲くんの(歌唱)テクニック……本当にすごかったんですよ……。それはもう……幸せでした」


「て、テクニックッ!?」


「はい。優しい(曲調)のも、激しい(曲調)のもどちらも本当に上手で……交互に(聞か)されて(耳が)溶けてしまうかと思いましたよ」


「か、カラオケでナニしてるのかな!?」


「え、カラオケってそういうことをする場所じゃないんですか?」


「ええっ!? 普通はしないよ!」


「……えっ? カラオケですよ?」


 カラオケは歌うための場所なはずですが……いったい柚月ちゃんは何を言っているのでしょうか?

 なんだか顔も少し赤いようですし、はて……?

 まぁ、細かいことは気にしないでおきましょう。今はこの幸せをお裾分けです。


「いやぁ、休みなく何度も(歌ってくれて)……本当に凄かったです。やはり好きな人の(歌)は生(声)に限りますね」


「ええっ!? 生っ……? ひ、陽菜ちゃん……それ以上はまずいって。男子達前屈みになっちゃってるから」


「何がですか? あ、(声が)枯れるまで頑張ってくれて、とても大満足でした」


「ああもうっ! ちょっと桐島くんに文句言ってくるから陽菜ちゃんはそこで大人しくしてて!」


 ガタッと椅子を揺らして立ち上がった柚月ちゃんはものすごい剣幕でそう言い残して教室を出て行ってしまいました。

 何がなんだか分かりませんが……確かに男子生徒の皆さんが前屈みの姿勢になっています。

 みんなお腹でも痛いのでしょうか?



 ◇


「師匠、おは〜」


「ああ、おはよう」


「めっちゃ声カスカスじゃん」


「昨日カラオケに行ってな」


「三上さんとでしょ? カラオケデートいいな〜」


 教室に着くや否やはひふに師匠呼びされるは如何なものかと思うが、こうして誰かと挨拶を交わすのも次第に増えてきたな。

 だが、俺の返す挨拶の声は死んでいる。


 昨日は本当に歌いすぎた。

 結局陽菜が歌ったのは最初の一曲だけで、その後はずっと俺がマイクを握っていたな。

 そのおかげで俺の喉はカスカスに枯れている。喋るとちょっと痛い。


「最高得点はどんな感じなん?」


「昨日の中だと確か……95だな」


 渾身の手応えがあった曲だが、陽菜の叩き出した点には届かなかった。

 結局、陽菜は一曲しか歌ってないが、得点勝負は俺の負けだった。


「うわ、うっま。聞いてみたいかも。今度一緒にカラオケ行かね?」


「……考えておく」


 まぁ、女子との遊びはおそらく陽菜からのお許しが出ないだろう。

 こいつらも社交辞令で言ってくれてるはずだし、曖昧に答えておく。


 そうして席に着いてしばらくするとものすごい悪寒が襲ってきた。

 何事かと思って辺りを見渡すと教室の入口でものすごい形相で町田さんが睨んでいる。


 さて、誰のことを睨んでいるのかな?

 ……はい、すみません。

 どこからどう見ても俺ですね。


 えー、陽菜ちゃんが何かやらかしてしまったでしょうか?

 俺と目が合うや顎をクイッと上げて……来いということか。

 たいそうお怒りのご様子だな、おい……。


「どうした?」


「どうしたもこうしたもないよ。お宅の彼女さんヤバいよ。口が軽すぎるって」


「それは……すまん」


「あとさぁ……」


 そう言って町田さんは周囲を確認して顔を近付ける。

 そして、小声で誰にも聞こえないように耳打ちをした。


「ひ、避妊はちゃんとした方がいいんじゃないかな? その、まだ高校生なんだしさ……」


「……は?」


「生はまずいでしょ。いや、そもそもカラオケでヤッてるのもまずいんだけどね」


「……待ってくれ。何の話だ……?」


 俺の聞き間違えじゃなければ、とんでもないことを言われた気がする。

 陽菜、お前……町田さんにどんな惚気け方したんだよ……。


「しらばっくれるの?」


「その、だな。おそらく誤解と言いますか……」


「へ?」


 とりあえず町田さんが何にキレているかはだいたい分かったので、弁明していこう。

 昨日はカラオケに行ったこと、ずっと俺が歌わされていたこと、俺の歌を聴いた陽菜がどんな反応をしていたかなどを説明して、誤解をひとつずつ解いていく。


「だからだな……町田さんが思ってるようないかがわしいことはしてない」


「……じゃあ、全部私の早とちりってこと?」


「そうなるな」


「……その、心が汚れていてすみませんでした」


 茹でダコのようにみるみる顔が紅潮していく町田さん。

 陽菜のことを思って文句を言いに来てくれたみたいだが、残念ながら事実無根。

 すべては町田さんの勘違いだったわけだ。


 でも、陽菜からの惚気の内容と擦り合わせてみると、随分と語弊を生むような言い方をしていたみたいだし仕方ないだろう。

 語る時の表情などがうっとり妖艶としていてエロかったみたいなので、町田さんを責めることはできない。


「うぅ……殺してぇ」


 そうボヤきながら町田さんは顔を押さえ、うずくまって悶えている。

 早とちりの内容が内容だったからな。

 今になって羞恥心がとんでもない事になっていることだろう。


 うちの彼女が本当に申し訳ないことをした。

 その事については悪いと思ってはいる。


 悪いとは思ってはいるが……これからも惚気話を聞いてやってくれ。

 迷惑かけるがよろしく頼む。

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