第134話 幸せリサイタル
陽菜の歌に耳を奪われていると、あっという間に一曲が終わっていた。
耳だけでなく完全に目も奪われており、俺はすっかり見惚れてしまっていたみたいだ。
その美声はもちろんのこと、歌う姿もとても美しかった。
リズムに合わせて揺れる身体や、ステップを踏む足。
間奏のタイミングで俺の向いてウインクをしたりと手を振ったりとサービスも素晴らしかった。
そんな陽菜からとにかく目が離せなくて、まるでアイドルみたいだなと思ってしまった。
「ふぅ、久しぶりだったのでうまく歌えるか心配でしたが、思ったより声が出てくれました。玲くん、どうでしたか?」
「ああ……なんというか、すごかったな。アイドルみたいだなって思ったよ」
「嬉しいです。もしそうなら……玲くんだけのアイドルですね」
歌い終わって座った途端に引っ付いてくる陽菜は褒めてほしそうに見つめてくる。
そんな彼女の頭を撫でていると、軽快な音楽と共に画面に今しがた歌った採点結果が表示された。
「97.885点……すげえな。音程もほとんど外してないし、しゃくりとかビブラートとかの加点もめっちゃ入ってる」
「ありがとうございます。もっと褒めてください」
そう言うと陽菜は引っ付くだけでは飽き足らず、俺の膝に頭を乗せて転がる。
俺の手を自分の頬に押し当てて、その柔らかさを主張しているのがとてもかわいい。
「そういえば玲くんってどんなジャンルの歌が好きなんですか? 家で音楽とかあまり聴いてないですよね?」
「んー、確かにそうだな。カラオケに連れてきておいてアレだが、正直歌の流行は詳しくない。陽菜は?」
「クラスの友達と流行りの音楽の話はしますし、好きなミュージックリストとかも作ってますよ」
「なんかおすすめの曲とか、俺でも歌えそうなのあるか?」
「そうですね。これはリクエストになってしまうのですが、ちょっと聞いてもらってもいいですか?」
そう言って陽菜は取り出したイヤホンを俺に渡してくる。
音楽を流すから耳に付けろということだと思い受け取ろうとすると、なぜか離そうとしない。
それどころか片方を自分の耳に付けてこちらを見てくる。
俺に聞かせたい歌だから、陽菜がイヤホンをつける必要はないはずだが、どうせやりたいだけだろう。
陽菜はワイヤレスのものも持っているはずなのに、わざわざ有線のものを取り出すなんて……この状況を狙っているとしか思えない。
陽菜の目論見通り、片耳ずつでイヤホンを共有して、流れてくる音楽を聴き始める。
歌うために聴いているため、曲に集中したいが、ぴったりと肩を合わせて座り、頭を預け、手まで繋いでくる陽菜にドキドキしてしまってそれどころじゃない。
カラオケでこんな状況なのは少し変な気もするが、イヤホン共有は必然的に距離が近くなる。
いや、別にそれがなくても距離は元々近かったか。
そうして、手をにぎにぎされながら曲をなんとか聞き終わり、イヤホンを耳から外す。
男性ボーカルが歌う曲で、曲調的にもそこまで難しいとは思わなかった。
「どうですか? いけそうですか?」
「まぁ、なんとかなるだろ」
「最近有名になり始めたアーティストのラブソングです。今中高生の間ですごく人気らしいですよ。あ……ほら、人気の曲ランキングの上の方にあります」
陽菜がタッチパネルを操作して、曲名検索ではなくランキングを開くと、今聴かせてもらった曲が表示された。
「私への愛をいっぱい込めて歌ってください♡」
「……あんま期待するなよ」
そのまま曲を入れて、マイクを持って立ち上がる。
マイクをオンにして軽く声を出して、流れてくる曲に合わせて歌い始めると余計なことは考えていられなくなった。
一回聞いて即挑戦だから少し不安だったが、音程も大きくは外していない。
ただ、歌い慣れている曲ではないため、モニターに表示される歌詞と音程バーに釘付けだ。とてもじゃないが陽菜のようにちょっとしたパフォーマンスは行えない。
生憎間奏も短く、余計なことをすると覚えたリズムやテンポなどが頭から抜けてしまいそうなので陽菜の方を確認できないな。
愛を込めてというリクエストにも精一杯応えているつもりだが……陽菜がどんな反応をしているのか気になるところだ。
そうやってなんとか最後まで大きなミスなく歌い終え、呼吸を整えながらマイクのスイッチを切る。
おそるおそる陽菜の方を振り返ると……陽菜は耳を押さえて膝を丸めたような姿勢でソファに沈んでいた。
これはいったい……?
聞くに堪えなかったということなら少し悲しいが、真相はいかに……。
「あの、陽菜さん?」
「ひゃ、ひゃいっ?」
「それはいったいどういう……?」
「……玲くんの歌声がえっちすぎて耳が孕むかと思いました。耳が幸せ過ぎてやばいです……! 思わず産婦人科に予約の電話を入れるところでした」
「何を言っているのか分からない」
普通に歌っただけなのに随分と大袈裟だな。
そして、なんかめちゃくちゃなことを言っているがとりあえずそれはスルーするとして。
あと、自分の歌声の感想でえっちすぎるという評価をいただくのはなんとも言えない気持ちだ。
陽菜のことだから間違いなく褒めてくれているのだろうが……えっちってなんだ?
「お、93点か。普通ならいい方なんだろうけど、やっぱ勝てないよな」
「というか、その曲初めて聴いたんですよね? 一回聴いただけでその点数はすごいですよ」
「どうも」
「これは予定変更です。玲くん、次はこれを聞いて歌ってみてください」
「別にいいけど……順番に歌わなくてもいいのか?」
「お構いなく。ここからずっと玲くんのターンです。玲くんのリサイタル……響きだけでうっとりしてしまいますね」
両手を頬に当ててくねくねしながら悶えている陽菜。
いつの間にか俺のリサイタルが確定しているみたいだ。
「さ、早く聴いて覚えてください。聴いている間撫でてくれるとなお素晴らしいです」
「わがままかよ」
そういって陽菜はまた腕に抱き着いてきて、イヤホンを共有して音楽を聴かせてくれる。
空いているもう片方の手を掴んで、頭や顎を撫でさせようと誘導してくるのでそれも甘んじて受け入れておこう。
どうしてこうこの子はこんなにかわいいが過ぎるのだろうか?
「えへへ、好きな歌を好きな人の声で好きなだけ聴かせてもらえるなんて……本当に幸せです」
「……頑張らせていただきます」
こうして俺の喉が枯れることが確定してしまった。
だが、デートを楽しんでもらえるのなら、これくらいどうってことないか。
◇
ご報告です。
第九回カクヨムWeb小説コンテストにて、本作品がラブコメ部門特別賞を受賞いたしました~
応援してくださった皆様、本当にありがとうございます!
引き続き頑張りますので、まだまだいっぱい推してくださると嬉しいです……!
かわいい三上さんをお届けできるように精一杯頑張ります……!
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