第133話 カラオケデート

 陽菜とデートに繰り出した放課後。

 こうして学校終わりに制服姿のまま遊びに繰り出すのは久しぶりな気がする。


「玲くん、デートプランは?」


「何も考えてない。とりあえずデートしたいと思ったから誘った」


「……そういうの、好きですよ。これからもそう思ったら軽率に誘ってください。私はちょろいのでどこにでもひょいひょい着いていきますので」


「それは助かるな」


 行き当たりばったりのノープランでお誘いしたデートだが、喜んでもらえているようで何より。

 正直、陽菜と一緒なら何をするでもなく並んで歩いているだけでも楽しいが、デートらしいことも捨てがたい。


 さて、定番の放課後デートといえばどこで何をするのだろうか?

 やっぱり一番はお家デートか?

 いやいや、それはいつでもできるし、なんならいつも通りの帰宅だ。それでいいのならわざわざデートに誘わず帰宅すれば済む話。


「陽菜は何かしたいことないか?」


「玲くんと一緒にいられるだけで幸せなので、どこで何をするかはお任せします」


「映画……は別に気分じゃないし、それよりは二人きりになれる場所がいいか」


「休憩ですか?」


「……休憩ではありません」


 お任せと言ったくせにしっかり出しゃばってくるな。

 そんなキラキラ目を輝かせるなよ。高校生は休憩できないから早急に諦めてくれ。


 しかし……こういうのに悩んでしまうのが俺の恋愛経験値の低さを物語っている。

 こういう時にパッと思いつく選択肢が乏しい。こんな俺を恋愛マスターと持て囃す彼女たちは今頃ゲーセンにいるのだろうか……。


「あ、今他の女の子のこと考えました?」


「……いえ、そんなことは」


「女の子は意外と分かるものなんですよ? デートに誘ったからには、デート中は私のことだけを考えてください」


「はい、申し訳ない」


「分かればよいのです」


 女子はそういうのにセンサーが働くと耳にしたことはあるが……ここまで精密に当ててくるのは何か別の力が働いているんじゃないかと疑ってしまう。

 実は陽菜が超能力者で、俺の思考を筒抜けにしているとか言われたら、今なら信じてしまうかもしれないな。


「よし、行くか」


「おや、どちらにエスコートしてくれるのですか?」


「学生らしくカラオケデートなんていかがでしょうか?」


「カラオケ……密室……そういうことですか?」


「たぶんそれは違うと思う」


 それが目的なら……多分家に連れ帰ってる。

 だから、そんな顔を赤らめて上目遣いされても休憩はしないって。


 ◆


 そんなわけでカラオケにやってきた。

 一般的な恋人と違って俺たちは何故か帰る場所が同じなので、出る時間はあまり考慮せずにフリータイムで入る。


「飲み物、何にする?」


「私は緑茶でお願いします」


「おけ」


 ドリンクバーで飲み物を確保して、指定された部屋に入る。

 照明と空調の設定をして、パタンと扉が閉まると、密室で二人きりという状況ができあがり、デートの実感が湧いてくる。


「玲くん、そっちじゃなくてこっちです」


「え、ああ……別にどこでもいいけどさ」


 テーブルを挟んで顔合わせに座ろうとすると、陽菜が手招きしながら自分の隣をポンポン叩いている。

 隣に腰を下ろすとスっと身体を寄せてきて、頭をポスっと預けてくる。

 顎のあたりを指をつまんで転がしてやると、猫にみたいに目を細めていてとてもかわいい。


「しかし……こうしてカラオケに来るのは、一学期のテストの打ち上げデート以来でしょうか?」


「そうだな、あれ以来か。そう考えると結構久しぶりだな」


「ですね。久しぶりなので……ちょっと気持ちが昂ってきました」


「……どっちの意味で?」


「確かめてみます?」


 久しぶりのカラオケだから歌うのが楽しみだと捉えていいでしょうか?

 いや、そうであってください。

 そんな熱っぽい視線を向けないで。太ももさするのやめて。


「さて、冗談はこのくらいにしてそろそろ歌いましょうか。とりあえず……採点機能をオンにしますね」


「採点か……陽菜はいい点取りそうだよな」


「前は使わずに歌ったので、こうして採点機能を使うとちょっと緊張しますね」


「前は運動の後の小休憩、飲み物を飲みながら座れる場所的な利用だったからな」


 別に休む場所は他にもあったが、休みながら楽しめるという意味合いが大きかった。

 あの日は陽菜があちこち周るのに必死だったからな。そういう意味ではカラオケも空き時間に無理やり差し込んだという印象が強いし、なんなら他にも色々したいこともありそんなに長くは利用しなかったから、歌うためのカラオケデートはこれが初めてといっていいだろう。


「せっかくなので、高い点数を取った方が勝ちで、負けた方に1つ言うことを聞いてもらうというのはどうですか?」


「え、嫌だけど」


「よし、成立ですね」


 話聞いてたかな?

 俺拒否したはずなんだけど……どうして受けたことになってるんでしょうか……。


 まずったなぁ。

 以前は使用しなかった採点機能だが、それを使った陽菜が何を言い出すかは予想できたはずなのに……。

 まあ、その勝負を拒否したところでこうなるのも必然と思えば、何を言っても無駄な抵抗か。


 しかし、得点で勝負か。

 陽菜が音痴でないのはすでに知っている。個人的には以前もめちゃくちゃうまいと思ったくらいだし、まず間違いなく高得点を叩き出してくると確信できる。


 だから、負ける前提でこんなこと言うのも情けない話だが、どんなことを言い出すのか怖いぞ。


「ち、ちなみに陽菜が勝ったら何を言うつもりなんだ?」


「そうですね。あ、週に何回えっちするか私が決めていいとかどうですか?」


「ダメ」


「ところでライオンは週に600回ほど交尾するみたいですね」


「……新手の殺害予告?」


 それについても要相談と思っていたが、まさか陽菜の方から切り出してくるとは……。

 しかも、こういう勝負事の形で。


 あと、なんかめちゃくちゃ怖いこと言ってたような気がするけど……ライオン? 600?

 聞き間違えかな……。

 脈絡が無さすぎるので関係ないと思いたいけど。


 命の危機を感じてしまった。

 町田さんもこんな気持ちだったのかな……。


「じゃあ歌いますね」


 陽菜が選曲を終え、マイクを片手に立ち上がる。

 歌い始めて、ほどなくしてその美声に魅了されていく。

 透き通った歌声で、耳がとても幸せだ。


 早くも勝てないことを悟った俺は、現実逃避してカラオケを楽しむことを決め込むのだった。

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