第131話 尊い犠牲

 昼飯を食い終わるころには町田さんが力尽きていた。

 ここは危険だ。興味本位で着いていっていい場所じゃなかった。これ以上被害者を出さないために立ち入り禁止の看板を用意しないと……とうわごとを呟いている。

 死んだ目で空を見上げながらぼそぼそ言ってるので心配になるが……とりあえず生きているから大丈夫だろう。


 町田さんという尊い犠牲はあったが、俺としては収穫もあり有意義な時間だったと思っている。

 昨日の昼の有様を見て、陽菜とここで密会するのは色々……主には理性的な意味で厳しいかなと思っていたが、思いのほか陽菜が大人しくしてくれていると感じた。


 そもそも昨日のは特殊ケースだ。

 夏休みでずっと一緒にいることに慣れきった身体に、急遽襲い掛かる授業という引き離しを強制される時間。

 昼休みまで陽菜に我慢を強いた結果の大爆発暴走だったわけだが、今日は以前のように穏やかに過ごせた。それも陽菜が休み時間を利用して俺と話に来てくれるおかげだと思う。休み時間は短いが、それでも陽菜の顔を見て、陽菜の声を聞けるのは精神衛生上非常に良い。


「陽菜、休み時間隙あらば会いに来てくれるが、大変じゃないか?」


「いえ、全然お構いなくです。むしろ、玲くんに会いにいかない方が大変になります」


「……そりゃごもっともだな」


「できれば玲くんからも会いに来てくれると嬉しいですが……しばらくは厳しそうですね。まったく……どうして玲くんの周りには女の子ばかり集まるのでしょうか?」


「今は悪目立ちしているだけだろ。適当に流してればそのうち収まる……と思いたい」


 どっちかというと俺のことを気に食わない男子達とのバトルが勃発する日常になると思っていたが、陽菜とクラスの女子のおかげですっかり大人しい。

 その代わり、女子との絡みが増えてしまって俺としても慣れないが、陽菜の心配するようなことはないから安心してほしい……と言っても陽菜は嫉妬してくれるんだろうな。

 愛されてて嬉しい限りである。


「玲くんはどうなんですか? 変化が大きいと思いますが……大変じゃないですか?」


「まあ、人と話すのが中々慣れないな」


「学生にあるまじき発言ですね。ですが、これからはぼっちではいられないみたいですね」


「……それは今に始まったことじゃない。俺のぼっちは陽菜と出会ったときからとっくに脅かされてるんだよ」


「ふふ、それもそうですか」


 とっくに俺はぼっちじゃなくなっていた。

 といっても交流するのは陽菜だけだったし、あまり自信満々に言えたことではない。


 だが、陽菜との関係をオープンにしたおかげで、クラスメートとの会話も生まれたことだし、学生らしく交流はしていきたいと思う。


「あ、ちょっと体勢変えますね」


 そうやって俺の膝の上に半身になって座り直した陽菜と見つめ合う。

 とても満足そうな笑顔だ。この暑い日の太陽に負けず劣らず輝いている。


 そのまま少し身体を引き寄せると、ぽすっと陽菜の頭が俺の胸に当たる。

 シャンプーの香りが鼻をくすぐる。もぞもぞと動く陽菜の前髪が首に当たって少しくすぐったい。


 まだ暑さは少し気になるが、こうして互いの体温で熱を高め合うのが意外と癖になる。

 難点は……少し汗をかくことくらいか。


「あのー君達、私がいること忘れてない? そんな堂々と抱き合っちゃうの?」


「あ、柚月ちゃん。おはようございます」


「なんだ、まだいたのか?」


「陽菜ちゃん、君の彼氏さんなんか私に当たり強くない?」


「玲くんはいつもこんな感じですよ」


 まったりと陽菜との会話を楽しみながら過ごしていると、いつの間にか町田さんが蘇っていた。

 しばらく静かだったから存在を忘れるところだった。

 まあ、いても俺達がすることは変わらないと思うが。


「汗だくになるくらいならやめればよくない?」


「そこに陽菜がいたら抱き締めるだろ? はいQED」


「そんな雑な証明完了ある?」


 こんなにかわいい彼女がそこにいて、抱きしめずにいられるか? いや、いられない。思わず反語法が出てしまったが……簡単な方程式だ。


「あ、予鈴がなっちゃいましたね。あと二時間くらいこうしていたいですが、そろそろ戻りましょうか」


「やむを得ないな」


「……そう言いながら二人とも全然離れる気ないね!?」


「柚月ちゃん、アディショナルタイムを知らないんですか?」


「サッカー関係なくない!?」


 町田さんが陽菜のボケにツッコミを入れている。

 この二人、意外といいコンビなんじゃなかろうか。


「あー、昼休みって休憩のはずなのになんかドッと疲れた気がするよ。陽菜ちゃん、教室までおんぶして。あ、桐島くんでもいいよ」


「ダメです。玲くん、おんぶするなら私にしてください。柚月ちゃんも、玲くんに色目を使うようなら引きずり回しますよ」


「ごめんって。え、ちょ……目が怖いって」


「冗談です。ですが、教室まで運んでほしいなら仕方ありません。玲くん、私が右足を持ちますので、左足をお願いします」


「町田さん汚れちゃうけどいいのか?」


「仕方ありません。妥協も時には必要です」


「引きずり回そうとしてるっ!? 異議あり! その運び方は女の子の持ち運び方として適切じゃないと思います! あと……その持ち方はスカートの中が見えちゃうからっ」


「玲くん、柚月ちゃんの下着を覗くくらいなら私のを覗いてください。あ、ちなみに今日は黒です。レースがいっぱいついていてかわいいやつですよ」


「おう、知ってる」


「なんで知ってるのかな!?」


 なんでって、家で見てるからだが……ああ、そうか。

 まだ一緒に住んでることは知られてないんだったな。

 なら、それはまだ二人だけの秘密にしておくか。


「もうやだ……。このカップルに殺される……」


 町田さんが悲痛な声で人聞きの悪いことを言っている……。

 だが、陽菜の友人としてこれからも……尊い犠牲になってくれ。

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