第128話 想定外の展開

 少し離れた教室でどよめきが起こったような気がする。

 どこの教室で誰が何をしたのかが大体分かるな。


 さて、俺はというと、普段は感じない居心地の悪い視線を周囲からなみなみと注がれている。

 次は俺の番なのだろう。

 今朝の一件を目撃し、人伝に流れてきた話題について、誰か俺に尋ねろという目配せが行われている……気がする。

 問い詰めたい。けど、話したことのない俺には声を掛けづらいといったところだな。

 まぁ、そんなの気にせず話しかけてくるやつが……ほらいた。


「ねぇ、ちょっといい?」


「なんだ?」


「桐島くん……だっけ? さっき2組の三上さんと一緒に登校してなかった?」


「してたな」


 声をかけてきたのはいかにも陽キャで、少し派手な髪色のギャルっぽい女子生徒だ。

 そして、その問いは紛れもない事実。

 今日からすべてを解禁する。隠すことなど一切ない。なので俺は肯定を口にした。


「手も繋いでたよね? 一応聞いておくけど、やっぱり三上さんとデキてんの?」


 陽菜とはいったいどんな関係なのか。

 このクラスの大半の生徒の心を代弁した問いが俺に投げ掛けられる。

 単純に興味があるから耳を傾けている者。その話をいかにも否定してほしそうな必死な顔で睨んでくる者。まぁ、男子は特にそうか。


 でも……残念ながら俺の答えは肯定だ。


「ああ、陽菜は俺の彼女だ」


 その宣言にこの教室もどよめく。

 そりゃそうだろう。教室の端っこで誰とも関わることなく過ごしていた陰キャぼっちが、あの高嶺の花三上陽菜と交際しているとなれば誰だってそういった反応をする。


「え、すご。そんな堂々と言っちゃうんだ……」


「自慢の彼女だ。隠すことなんてない」


「へー、カッコよ」


 陰キャをからかうネタが欲しかったのなら残念だったな。

 俺はもう完全に開き直っている。

 こうして堂々とオープンにすることは俺たち二人の総意だ。

 今更どもったり、ぼそぼそはぐらかしたりなんてしない。


「お、おかしいだろ!? あの三上さんだぞ? こんなパッとしないやつと付き合ってるなんて……嘘に決まってる!」


 まぁ、そうだろうな。

 そういう反応があるのは予想できていた。

 でも……確かに陽菜の言う通りだ。


 外野がどれだけ騒ごうとお構いなく……ってな。

 陽菜の笑顔が頭に浮かんで思わず笑ってしまいそうになるのを堪えて、言い返そうとしたところ、俺よりも先に口を開いた者がいた。


「えー、嘘だったらこんな堂々とできないでしょ。それに三上さんめっちゃ雌の顔してたじゃん。あんなだらしない顔させられるのが付き合っている証拠だって」


「ぐ……それは……っ」


 まさかの援護射撃。

 さっき俺に陽菜との関係を尋ねたギャルが俺より先に声を上げる。

 これには俺も驚いてしばし固まってしまった。


 ただ、こういう流れになるのなら、陽菜に幸せそうにしてもらってよかった。

 二人して不安そうな顔で校門を通過していたら、この援護はなかったかもしれない。


「そうだよね〜。これで付き合ってないとかだったら妄想癖やばいサイコパスじゃん。こんな人畜無害そうな人に限ってそれはないでしょ」


「でしょ〜。それに、付き合ってるかどうかなんて女の子の反応見れば分かるって。三上さん幸せオーラやばかったから。それが分からないなら眼科行きなよ」


「それな。てか、そうやって人の事僻んでるからドーテーなんじゃないの? めっちゃダサいよ」


「うぐっ」


 おっと、手厳しい。

 ギャルとその仲間たちの擁護で俺が口を開くまでもなく、イチャモンをつけたそうにしていた男子生徒が撃沈してしまった。


 こういう流れになるとは予想外だったが……俺が手を下すまでもなく事が済むとは……。

 ギャルって強いんだなと少し……いや、めちゃくちゃ感心した。


「桐島くんもごめんね。初めて喋るのにこんな公開処刑みたいにしちゃって」


「別にいい。むしろ助かった」


「いいって。あのドーテー野郎にイチャモン付けられたらまたうちらがボコボコにすっから」


「……ほどほどにな」


 名も知らぬギャルがごめんの意を示して両手を合わせる。

 俺に声をかけてきた時はどうなるかと思ったが……意外といいやつだったな。


 そして、俺が陽菜と付き合っているというのに噛みつきたい男子は他にもいるだろうが、思わぬところから援護があがって物申すにも申せない状況になった。


 ま、人を見かけでしか判断できないうちはドーテー野郎の称号を甘んじて受け取っておいた方がいい。

 人が悪いが、ちょっといい気味だなと思った。


「てかさ、恋愛相談乗ってくんね?」


「は? 誰が?」


「桐島くんが、うちの!」


「なんでそうなる?」


「だって、あの三上さんを堕としたんでしょ? 恋愛マスターじゃん!」


「そうだよ! ドーテー共も僻んだり妬んだりしてる暇があったら相談乗ってもらった方がいいんじゃないの?」


「確かに!」


「お、おい。ちょっと待て……っ」


 ある程度詰められることは覚悟の上だったが、こういう囲まれ方をするとは……。

 というか、俺はどちらかと言うと陽菜に堕とされた側だから、意中の人を仕留めたい系の相談は俺じゃなくてそっちに……。


 つか、今更だが誰だお前ら。

 こちとら一学期誰とも関わらなかったぼっちなんだからせめて自己紹介してほしい。


 ったく……まさかこんなことになるとは、何もかもが完全に想定外だ。

 陽菜、早く助けに来てくれ……っ!

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