第126話 幸せの勘
一波乱あったが、ひとまず夏休み明けの二学期初日をなんとか乗り切った。
帰宅して、軽くシャワーを浴びて汗でベタついていた身体をさっぱりさせる。
そうしたところで同じくシャワーを浴びた陽菜がいつものアレを催促してくる。
ブカブカなシャツでいわゆる彼シャツ状態を演出している陽菜を後ろから抱き抱えて、今後の方針について考える。
「玲くん、怒ってますか?」
「怒ってないぞ。怒ってほしいなら怒ってもいいけど」
「……夜のお仕置ならウェルカムです」
「それご褒美じゃん。ちゃんとお仕置きになるようにしばらくお預けにしてやろうか?」
「え……それはお構いなくです」
何から話したもんかなと思って陽菜のうなじを吸っていると、陽菜の方から話を切り出してきた。
何についての怒ってますかなのかは聞くまでもない。
諸々が暴露された経緯について驚きはしているものの、怒っているかと聞かれればそれはノーだ。
「でも……本当は隠しておきたかったんじゃないですか?」
「まぁ、いい機会だろ。いつまでも隠し通せるわけじゃない」
今日の陽菜の様子から容易に想像できるが、俺達が付き合っている事を隠して学校生活を送るのはかなり骨が折れそうだ。
俺のわがままで距離を置けば置くほど、反動で陽菜の禁断症状は手に負えなくなる。
今日みたいなのが続くといつまで俺の理性が耐えられるか分かったもんじゃない。
今までは平穏な学校生活を送るために陽菜との関係は伏せるべきだと思っていたが、むしろその逆。平穏を求めるのなら陽菜との関係はオープンにしなければならないのだとよく分かった。
「じゃあ、本当にいいんですか?」
「ああ」
「これから学校まで一緒に登校してもいいんですか?」
「いいぞ」
「休み時間の度に会いに行ってもいいんですか?」
「俺も話しに行くよ」
「任意のタイミングでいつでもちゅーしてくれますか?」
「それはしない」
流れでぶっこまれたがそれだけはきちんと否定しておく。
あくまでも校内での接触を拒否しないだけであって、なんでもするというわけではない。
だからそんな残念そうにするな。節度を持った学校生活を心がけようね。
ということで、今後は俺達の関係を隠さずにやっていくことを決定した。
どうせ隠していても、陽菜が町田さんにやらかしたみたいに、いずれボロが出る。
意図せぬ広まり方をして後手に回るくらいなら、こっちから動いてみるのもありだろう。
ちょっとした噂でも、聞き付けた人なら今日の町田さんみたいに直接やってくるかもしれないし、そういう前提の心構えでいた方がよさそうだ。
しかし、それにしても……。
「町田さんか……」
「柚月ちゃんがどうかしましたか?」
「いや、久しぶりに学校で人と話したなぁと」
「……それは私が人ではない何かだと言いたいのですか?」
「悪い、言葉が足りなかったな。普段はぼっちだから久しぶりって意味だ」
夏休みがあったからとかそういうのじゃなく、俺はぼっち故に基本的に人と会話しない。
そういうキャラとして定着しているのか変に気を遣われることもないので俺としては助かるが、こうして学校で陽菜以外の誰かと話すのは久しぶりだったから結構緊張した。
「結構生々しい話もできる関係ってことは相当仲良いんだな」
「そうですね。三上のみ、と町田のまで席も前後なのでよくお話してます」
「出席番号順か。そりゃ話すきっかけになるか」
陽菜の交友関係を事細かに知っているわけではないが、町田さんのことは名前で呼んでいるみたいだし、距離感的にもかなり仲がいいことが窺えるな。
そういった信頼できる友達だからうっかりやらかしてしまったのだろうか。
「私がいない間、柚月ちゃんとどんな話をしていたんですか? ただ挨拶しただけではないんですよね?」
「向こうからしたら本当に顔合わせみたいなもんだったんじゃないか? 俺を一目見に来たって感じだったぞ」
「色目とか使われてないですか?」
「ないない。仮に使われたとしても、俺はなびかないよ」
「それならいいです。ずっと私に夢中でいてください」
「言われるまでもない」
現状、陽菜の友達くらいの認識である町田さんだが、初対面かつ陽菜と付き合っていると知っている状態で俺に色目を使ってきたとしたらちょっと軽蔑するかもしれない。
ま、俺の心は誰かさんにとっくに侵略され尽くしてるから、初対面の誰かが入り込む余地は残されていない。
ただ、不安になってそういうことを聞いてくる陽菜はとてもかわいい。
こういうのを嫉妬というのだろうか。
好かれているというのが感じられて俺としては嬉しいが……そういえばそのきっかけとやらを聞いてみようと思っていたんだったな。
陽菜のうっかり誤爆が大きすぎてすっかり忘れていた。
「なあ、陽菜。ちょっと変な事聞いてもいいか?」
「はい、なんですか?」
「陽菜ってなんで俺のこと好きになったんだ?」
「……随分と突然ですね。柚月ちゃんに何か変な事言われました?」
「いや、クラスで聞こえた女子の恋バナ。背が高いとかイケメンとか……気になった理由的な? ほら、陽菜って割と出会ったばかりの頃からぐいぐいきてただろ? その時、俺に陽菜の気を惹ける何かがあったかと思ってな」
今でこそお互い愛しあっているが、陽菜にとってその始まり。俺への思いが芽生えたきっかけはなんだったのか。
それについておそるおそる尋ねると、腕の中の陽菜がもがき、抜け出して体勢を変えた。
昼休みのように俺と向き合い、足をぺたんと畳んで俺にまたがった。
「そうですね。初めて会ったあの日……助けてもらったというのもありますが、私が強く印象を覚えているのはその後……ですかね」
「その後? 俺、なんかしたっけ?」
「いいえ、何も。玲くんは私に構わず去ってしまいました。その時の……私なんて眼中にないみたいな、特に興味なさそうなの表情が、私としては好印象だったんです」
そう言って陽菜は優しく微笑む。
俺はそれのどこが好印象なのか分からずに困惑した。その反応楽しんでいるかのように、陽菜は俺の頬を撫でる。
「自分で言うのもアレなんですけど、私ってモテるじゃないですか?」
「うん、まあ……そうだね」
「入学当初が特に多かったですが、一目惚れって言葉で告白してくる人ばかりで、正直うんざりしてました。ろくに話したこともないけど、かわいいから付き合いたい。見ているのは私の容姿だけ。そんなのばっかりに嫌気がさしていた時に……出会えたのが玲くんだったんです」
言われてみれば確かにそうだ。
入学したてので一目惚れラッシュはさぞ辟易しただろう。大して知りもしないのに、容姿だけを見て交際を求めてくる。そんなのが続けばそりゃ嫌気の一つや二つさすだろうに。
「名前も名乗らないし、恩に着せるようなことも言わないし、お礼をしようとしても逃げるし……覚えてますか? 玲くん、私からのお礼をパンで済ませようとしていたんですよ?」
「そんなこともあったな……」
懐かしいな。
俺達の出会いと関係の始まり。俺が偶然陽菜を助けてしまったのがきっかけで、そこから陽菜の侵略は始まったんだ。
「玲くんといるのはとても居心地がよかったです。下心もないですし、変なフィルターを通さず私を……ありのままの三上陽菜を見てくれました」
「そうだったか?」
「下心があったらもっと恩に着せるようにしてあれこれできたはずです」
「……それもそうか」
高嶺の花というカーストトップの美少女。そのステータスが目当てで近付く人も一定数はいただろうな。三上陽菜としてではなく、高嶺の花の恋人、高嶺の花の友達として。そういった損得勘定で取り入ろうしてくる人も……。
「玲くんにお礼をするまでの間で一緒に過ごした時間はそんなに長くなかったですが、居心地がよくて、楽で、ありのままでいられる。だから、もっと一緒にいたい。仲良くなりたい。そう思いました」
「そりゃ光栄なことで」
「あとは……ちょっとした女の勘です」
「勘?」
「はい。この人と一緒にいられたら、きっと幸せになれるんだろうなぁ、という予感がしました。つまり、天啓みたいなものですね。玲くんを捕まえろって」
「……その通り、きっちり捕まえられちまったな。それで……勘は当たってたか?」
「はい、大当たりです。そして……これからもっともっと幸せにしてもらいます」
幸せに満ち溢れた微笑みに思わず見とれてしまった。
そして、おもむろに近付いてくる唇に息を奪われる。
「なので、末永くよろしくお願いしますねっ」
「ああ、こちらこそ。一緒に幸せになろうな」
抱きしめあって、さっきよりも長くて深い口付けを交わす。
この幸せを噛み締めて、二人でもっともっと大きなものへと育てていきたい。
改めてそう思いながら、ふわふわと理性がほどけていくのをぼんやりと感じていた。
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