第125話 身バレ即バレ

 昼飯を食い損ねて若干グロッキーになりながら午後の授業を乗り切った。

 暑い日であるほどご飯の重要性が身に染みるな。

 ただでさえ集中力に欠けていたのが、エネルギー不足で拍車をかけていた気がする。

 暑さで体力を。陽菜の攻撃で理性を。汗をかいて水分を。昼休みの間に失ったものが多すぎた。


 まぁそれはそれとして、恋人とハグするのは幸せだ。恋人とのハグによってストレスがどうとかって言う話を聞いたことがある。

 実際、暑いだのなんだのと不満を垂れながらも強引に陽菜を振りほどかなかったのは、ハグによって得られる幸福感が凄まじかったからだろう。

 ハグ自体に罪は無い。外的環境と時間猶予の問題だった。今度はぜひ、時間に追われることの無い休日に、空調が効いて快適な部屋でお願いしたい。


 なんて考えているうちにホームルームの時間は過ぎ去り、放課後へ突入する。

 例によって下校のタイミングを他の生徒達とずらしたいので、すぐには席を立たない。

 登下校を別にできるならそれが一番安全ではあるが、却下されるのは目に見えている。そのわずかな時間ですら共にしたいと思ってもらえるのは光栄なことだし、俺も陽菜といる時間は大切にしたいから異論はない。


 とりあえず空腹の限界で帰宅まで我慢できそうにないので、少し遅めの昼食を取りながら待つことにする。

 何気に教室でご飯を食べるというのは珍しいので少し緊張する。だが、俺の食事になんて誰も興味ないだろうから気にせず食べる。今日も卵焼きがおいしい。


 しばらくして教室に残る生徒はおれだけになった。

 もしゃもしゃしながら窓の外を眺めると、運動場では陸上部が走っている。夏休み後半は何がとは言わないがスタミナ不足を痛感させられたので、俺ももう少し体力をつけるべきだろうか……。


 なんてらしくないことを考えていると、誰かが俺の席の前にやってきた。

 待ちきれなくなった陽菜が来たのかと思い、窓の外に向けた視線を戻すと……見知らぬ女子生徒がいて、驚いてよく噛まずに飲み込んでしまった唐揚げが喉に詰まって咳き込んでしまう。


「げほっ、げほっ」


「大丈夫?」


「……悪いっ」


 お茶で流し込んで息を吐く。

 初対面の女子に随分みっともない姿を見せてしまったなと気まずくなっていると、その女子生徒に見覚えがあることに気付いた。


(この子……陽菜と話していた……)


 2組を覗いた際にちらっと見えた。陽菜とおしゃべりをしていた女子生徒のうちの一人だ。

 名前は知らない。茶髪で陽キャっぽい女の子。そしておそらく陽菜の友達。

 そんな彼女が俺にいったいなんの用だろうか。ぼっちで放課後飯をしている俺を哀れに思って声をかけにきたとかだろうか。


「驚かせてごめんね。私は2組の町田まちだ柚月ゆづき。君は桐島玲くん……でよかったかな?」


「……そうだが、何か用か?」


「んー? どんな人なのかなーって思って探してただけ」


「探す? 俺のことを知っていたのか?」


「いや、全然? でも……君、陽菜ちゃんの彼氏さんなんでしょ?」


 そう言って彼女――町田さんは悪戯に微笑む。

 驚きはしたが、俺は動揺を見せないように努める。


 さて、俺はどのようなリアクションを取るべきだろう。

 しらばっくれる?

 それとも潔く認めるか?


 これが鎌かけである可能性もあるが、この聞き方的に確信があるんだろうな。

 少なくとも密会を覗いたとかではない。陽菜と何かあるかもと疑っているのではなく、陽菜との交際を確信しているのなら、下手にしらばっくれるのは裏目か。

 そうやって悩んでいるの俺を見て、町田さんはにやにやと楽しんでいるようだ。


 ま、どのみち陽菜に恋人がいることはオープンにしてもらうつもりだった。

 一応二人で話し合ってから少しづつ広めていこうと思っていた。だから、遅かれ早かれこうなってはいただろう。


「……ま、事実だな」


「……へー、そうくるかぁ。てっきりはぐらかすもんかと思ったけど、簡単に認めちゃうんだね。誤魔化そうとしたら桐島くんは陽菜ちゃんのことを彼女だと思ってないみたいだよって報告しようと思ったのに残念」


「は、おい……」


「あはは、いい慌てっぷり。そんなことされたら困るよね~」


 こいつ……俺がどういうふうに反応してもからかう気だったな。

 肯定すればそのまま、否定すれば陽菜に言いつけるといった脅す形で。

 否定していたら俺に一番ダメージを与えられる選択肢が提示されるところだった。実際、陽菜にそんな風に言いつけられたらたまったもんじゃない。ぷんすかするのが目に見える。


「あ、ちなみにげろったのは陽菜ちゃんだから」


「……だろうな」


「いやね、午前中元気がなかった陽菜ちゃんが昼休みが終わってからすごく幸せオーラを撒き散らしてたのよ。しかも、汗かいてて表情もなんかエロかったから、冗談のつもりで『彼氏とえっちでもしてきたの?』ってこっそり聞いてみたの」


 あ、なんか嫌な予感がする。

 それにしても聞き方が酷いな。


「そしたらね、陽菜ちゃんなんて言ったと思う? 『えっちしてません』だって。そのあと『あっ』って口を押さえてたけど、完全に手遅れだったわけですよ」


 なにしてんの?

 失言とかの次元じゃないぞ。うっかりで喋っていい内容じゃないだろ……。


「で、なんやかんやあって、彼氏がいるということは否定しなかったところを問い詰めて、君のことを聞きだしたって流れです」


「まじかぁ……」


「まじまじ、大まじ。面白いでしょ」


「他人事だと思って……。それで、それを知った上で俺に接触してきた目的はなんなんだ? 別れろとかいうつもりなら断るぞ」


「え、そんなこと言わないって。むしろ陽菜ちゃんとくっついてくれてありがとうってお礼を言いたいくらいだよ」


「……ああ、そういうことか」


「察しがいいね。陽菜ちゃんが身を固めてくれて一安心。私にも春が来るかも……ってもう夏も終わって秋になりそうなんだけどね」


 俺が陽菜と交際していることに関して、文句を言われることはあれど、お礼を言われることはないと思ったが、立ち聞きしてしまった女子の雑談を思い出して合点がいった。

 それほどまでに陽菜がフリーであることの影響力は大きいのだろう。


「柚月ちゃん! なにしてるんですか!?」


 ここにきて陽菜が息を切らしてやってきた。

 ぴしゃっと勢いよく扉を開けて、つかつかと俺達の方にやってくる。顔は笑顔だが目は笑っていない。

 だが……自分で蒔いた種だろ。


「陽菜ちゃんの彼氏さんに挨拶してただけだよ~」


「そうなんですか、玲くん?」


「……ああ、そんな感じ」


「それならいいですが……柚月ちゃん、あとで紹介するって言ったじゃないですか!」


「ごめんごめん、彼氏さんがどんななのか気になっちゃって我慢できなかった」


 なるほど、それで俺を探してたってことか。

 いきなり陽菜の友達が接触してきたのには肝が冷えたが……とりあえず何があったのかは理解した。

 俺達の関係がバレてしまったのは仕方ないが……もう少しバラし方を考えてほしかったな。


「陽菜、うっかりをやらかしたのは町田さんにだけか?」


 コクリと頷く陽菜。

 とりあえず大声で話さなかったことだけは褒めてやろう。


「町田さん、このことって……」


「誰にも話してないよ。陽菜ちゃんの黒歴史、抱えておいた方が面白いしお得じゃん」


「柚月ちゃん!?」


「えっちはしてません。えっち


「あぅ……」


 完全に遊ばれている。

 しばらくはこのネタで弄られ続けることになるんだろうな……。

 陽菜は顔を真っ赤にしてあぅあぅ呻いて口をパクパクさせている。


「いじめるのもほどほどにしてくれ。泣いたら大変なことになる」


「へぇ、具体的には?」


「……黙秘する」


 ちなみに大変なことになるのはおそらく俺だ。

 だからこれ以上は勘弁してもらいたい。


「ま、陽菜ちゃんの彼氏さんに免じて今日はこの辺にしておいてやりますかぁ。桐島くん、またおしゃべりしようね」


「お。おう……」


「じゃ、陽菜ちゃんもまた明日~。いっぱい話聞かせてね~」


 そう言い残して町田さんは鼻歌スキップで教室から去っていった。

 二学期早々、慌ただしくなるのが確定した濃い一日だった。

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