第124話 感情爆発

 昼休み。

 無事授業を乗り切り、待ち望んでいた憩いの時間が訪れる。

 始業式で少し時間が潰れているから午前中の授業の時間はいつもより短いはずなのにやけに長く感じた。

 夏休みという長期休暇で甘やかされた身体は、厳しい授業についていくのを拒否しているかのようで、どうにも集中して聞くことができなかったな。


 だが、過ぎたことを気にしても仕方がない。

 午後も授業が控えているし、陽菜お手製の弁当で英気を養うのが俺のすべきこと。


「あっちいな」


 久しぶりのベストスポットに腰を下ろして青い空を見上げる。

 太陽も高く昇っていて、まだまだ夏だぞと主張するように照りつけてくるな。

 ここではすっかりお馴染みとなってしまった、陽菜お気に入りのあの座り方が待っていると思うと余計に暑さを感じる気がする。


 家では空調の効いた部屋でしていたからあまり気にならなかったかもしれないが、ここではそうもいかないな。じんわりと汗が滲んできて、あまりくっつかれるのはちょっと気になるのでやんわりとお願いしてみようかな……。





「あの……陽菜さん?」


「やっ」


「まだ何も言ってない」


「やっ」


「……暑いから離れて」


「お構いなくです」


 なんて思っていた時期が俺にもありました。

 交渉の余地は普通に残されてなかったみたいで、陽菜は聞く耳を持たない。


 陽菜はいつもの場所で俺が待っているのを確認すると、おもむろにクラウチングスタートの姿勢を取り、ものすごい勢いで走り始めた。

 小走りなんて比じゃない。持ち前の運動能力をフル稼働した全力ダッシュである。

 スカートが風で捲れ、下着が見えるのもお構いなしで突っ込んでくるのには思わず絶句してしまった。


 そして、速度を落とすことなく器用にローファーを脱ぎ捨て、俺に向かって躊躇くなく飛び込んできた。

 それをなんとか受け止めて……今に至るというわけだ。


「玲くん、念願の玲くんです……」


 しかも、普段は俺が背もたれになり、後ろから抱き込む形なので、ある程度俺の方で調整が効くのだが、本日は一味違った特別仕様。陽菜は俺に背ではなく顔を向けて、またがるように座っている。がっちりホールドを受け、すんすんすりすりされる今やってほしくなかったことをすべて詰め込んだスペシャルセット。暑さと熱さで体力と精神力がゴリゴリ削られていくのが分かる。


「陽菜、汗かいてるからあんま嗅がないで……」


「お構いなく。とてもいい匂いです」


「そんなに強くぎゅーってしたら制服しわになるぞ」


「お構いなく。玲くんももっと抱きしめてください」


「暑いんだが?」


「お構いなくです。せっかくなのでもっと熱くなりましょう」


 なるほど、何を言っても無駄というわけですか。

 これじゃ弁当も食べられない。陽菜が落ち着くのを待つしかないが……それほどの時間を要するだろうか。


 ただ、ひたすらに無心ですんすんしている陽菜の頭を撫でながら、ここでの過ごし方も考えないといけないなとふと思う。

 汗ばんだ肌に張り付いてやや透ける白いシャツ。汗とシャンプーの混ざった甘酸っぱい香りが鼻先を擽る。対面密着により余すことなく押し付けられる柔らかさ。制服越しとはいえ、比較的生地の薄い夏服だし、十分すぎるほどに感触は伝わってくる。


 夏の暑さと、この状況により熱さもあり、くらっとする。

 言葉を選ばずに表現するのなら、ムラっとするな。


「陽菜、そろそろ……」


「やっ」


「やっ、じゃなくて……頼むって」


「玲くんのお願いでもそれは聞けません。午後の授業を耐え抜くために、ここでしっかり補給しておく必要があります」


 今日はまた一段と強い。

 どんなことがあろうとこの状態を維持し続けるという強い意志を感じる。


 こうなるのを想定して、こまめに気にかけてやらなかった俺の落ち度か。

 初めの様子見でなんとか頑張れていると判断するのは早計だったか……。

 でもまあ、これで午後も頑張れるんだったら安いもんか?

 いや……安くはないか。むしろ高くついている。だが、必要経費だと割り切るしかない。


「玲くん、もっと撫でてください」


「はいはい」


「玲くん、もっと強く抱きしめてください」


「はいはい」


「玲くん、ちゅーしてください」


「……学校ではしないよ」


「……流れでいけると思ったのに。もう少し暑さで朦朧としてくださいよ」


 危ない危ない。本当、油断も隙もないな。

 こうして暑さでくらくらさせるのも計画のうちなのだとしたら恐ろしすぎるだろ……。


 こんなことしている時点で説得力はあまりないが、さすがの俺も弁えるべきラインは引いている。

 キスから先はどれだけねだられてもしない。

 だって、止められなくなったら一貫の終わりだからな。


 一度ブレーキが壊れたら、しばらくは止められなくなる。

 それが分かっているから、早々に理性を手放すわけにはいかない。


 だから、あまり俺の情欲を煽るのはやめていただきたい。

 って、言っても聞いてくれないのは分かっているから、こっちでなんとか我慢するしかない。



 そうしてされるがままになり、叶えられる要求にだけ応えていると、満足したのか陽菜は俺の胸から顔をあげた。

 上下した顔。汗ばんだ額に張り付く前髪が色っぽい。


「ふぅ……落ち着きました。これでこの後もなんとか頑張れそうです」


「そか、それはよかった」


「お腹空きましたね。お弁当食べましょうか……あ」


「げっ」


 陽菜の拘束から逃れ、やっとのこと昼食にありつけると思ったのも束の間。

 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。

 汗だくになった俺達は顔を見合わせて……慌てて撤収することになるのだった。


 ◇


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