第123話 彼氏の特権

 始業式を終え、休憩時間を挟んだ後、いよいよ授業が始まる。

 この高校では始業式の日から授業を普通に行う。始業式含めた午前中で終わる学校もあるみたいだが、うちはさっそくの授業で夏休み気分を払拭させにきている。


 授業が始まる前に夏休み課題の提出があるため、休憩時間のうちに提出するものを整理していく。

 周りには若干数名、課題がまだ終わってないだとか、家に忘れただとか焦っている者もいるが、俺には関係ない話だ。


 ところで、こういう提出物を忘れたって言うやつは、本当に忘れてきているのだろうか?

 実際は終わってないけど、忘れたことにして、帰宅後に急ピッチで仕上げ、次の日に何食わぬ顔で出そうと画策しているせこい者もいるじゃなかろうか。


 提出物を回収する先生も長年教師をやっていればそういった手口はあらかた知っていそうだ。

 だからこそ、本当にただ忘れてきてしまっただけのやつが、せこいことを考えるやつと同列に扱われてしまうのは損だと思う。

 ま、しっかり準備しなかったのが悪い。自業自得だと言われてしまえばそれまでだが。


(……連帯責任でお叱りとかあったら嫌だなぁ)


 なんて最悪の未来を思い浮かべて少しげんなりしてしまった。

 こういうのは個人の責任だとは思うが、夏休み明けであることも関係して、全体への注意喚起として厳しいお言葉が投げ掛けられる可能性もないとは言いきれない。


(一応心の準備だけしておくか)


 先生が寛大な心を持っているのことを願うばかりだ。

 そんなことを思いながら授業の準備を軽く済ませて、席を立ち教室を出る。

 向かう先はトイレ……ではなく2組の教室だ。


 自分でもらしくないとは思う。

 基本的に俺はトイレ以外で教室を出ることは少ないし、チャイムがなるまでは机に突っ伏す、単語帳を見る、本を読むなどして適当に時間を潰している。


 そんな俺がわざわざ他の教室を覗きに行くなんて目的はただ一つ。

 陽菜が大丈夫そうかの様子見だ。


 現時点でお助けのメッセージなどは届いていないし、俺のクラスへの襲撃も受けていない。

 家での発言を省みると、せいぜい始業式を乗り切るくらいが頑張れる限界かと勝手に決めつけていたが……思いのほか耐えている。


 意外と何とかなっているのか、それとも身動きが取れないほど撃沈しているのか。

 それだけ確認して戻ろうと思い、陽菜のクラスをこっそりと覗く。


(お……なんとかなってるパターンか)


 陽菜が座る席に数名の女子生徒が集まり、何やら話をしている。

 やや距離を取って見守っているため会話の内容までは聞き取れないが、楽しそうにしているため頑張れているようだ。


 俺の心配しすぎだったみたいだな。

 それだけ確認して踵を返す。


「ね、三上さんめっちゃかわいくなってない?」

「分かる。あれは恋してるね」


 教室に戻る際に廊下で話していた女子生徒の会話に思わず足を止めてしまう。

 さすが人気者。色んなところで噂されているな。


「女は恋すると綺麗になるって話あるよね」

「ホルモンの働きとかが関係してるらしいよ。あと、好きな人にはよく見られたいって思いが自分磨きに繋がるんだって」

「へー」

「そりゃそうだよね。好きな人に荒れた肌とか、たるんだ身体とか見られたくないもん」

「確かに! 三上さんのクールビューティっぷりも磨きがかかっているし……つまりそういうこと? 彼氏できたのかな?」

「だといいけどねー。そうすれば三上さん狙いの男子がフリーになるし、もしかしたら私らにもチャンスあるかも」

「確かに」

「誰だと思う?」

「えー、分かんねー。分かんねーけど誰でもいいからはよくっつけとは思う。クリスマスまでに彼氏欲しいし」

「だねー。あ、ところでさ――」


 うっかり聞き入ってしまったが、2人の話題が転換したところで耳を傾けるのをやめて教室に戻った。

 偶然とはいえ、女子目線での見え方が少し分かったのはとても勉強になる。


(なるほど……ステータスを明かすことによるメリットか)


 現状、俺と陽菜の関係はオープンになっていない。

 つまり、周り目線だと陽菜に恋人がいるかどうか分からない。男子目線ではワンチャンあるかもしれないということになる。


 その状況が続く限り、陽菜を狙う男子は後を絶たないだろう。

 何せ、男目線では陽菜にフリーの可能性が残されているのだから。


 さっきの女子生徒達はそういう意味で、さっさと陽菜に彼氏ができてほしいと言っている。

 意中の相手に恋人が既にいると判明すれば諦めもつくというものだ。

 届かない思いをずっと抱えるものもいるかもしれないが、普通は次の恋に切り替える。


 そういう意味では数多の男子の心を射止め続けている陽菜は、恋する乙女の敵なのかもしれないな。


 だが、恋人がいると明言してしまえば、大半の男子をなぎ倒すことができるだろう。

 俺との関係を明かすかどうかはともかくとして、彼氏がいるということをオープンにしてしまうのは、陽菜にとっては意外と有効な手なのかもしれない。

 人の会話を立ち聞きするのは悪かったと思うが、思わぬ発想を得られたのはよかったな。




 そうしてまだ騒がしい教室に戻り、席に着いてふと思う。

 さっきの女子生徒の会話で一つ気になっていたことだ。


(磨きがかかってるのってクールビューティっぷりじゃなくて、ポンコツっぷりじゃね?)


 普段の陽菜とか、特に今日の陽菜を知っている身としてはそう思わざるを得なかった。

 でも……そういう姿を見られるのも、恋人、彼氏としての特権なのかもしれないな。

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