第122話 好きのきっかけ
俺を巻き込んで不登校少女に成り果てようとしている陽菜をなんとか学校に送り届け、クラスの自分の席に着く。
自宅の柔らかいソファに沈む感触に慣れきっていたからか、この木の硬い椅子に座って長時間授業を受けていた一学期の自分の忍耐強さに感心した。
この椅子に長時間座るのは腰によくないとしみじみ思うが……文句を垂れたところでどうにもならないので、仕方なくもたれる。
柔らかい反発ではなく、ギシッと硬い音がした。
そうやって腰を降ろして一息つくと、なんだか疲れがどっと押し寄せてきた。
まだ登校しただけ。始業式も授業もこれからなのだが、すでに満身創痍。陽菜の言葉を真似するのなら、まだ何もしていないけどお家に帰りたい。
普段は一緒に登校するのも途中まで。
電車通学の生徒が通る道と合流する前に別行動するのだが、そこで渋ることを失念していたのが痛かったな。
上目遣いで嫌という意を示す「やっ」のガトリングが炸裂。おかげさまで俺の精神力はがっつり削られることになった。
これに関しても話し合わないとな……、
俺としては波風立てずに平穏に学校生活を送りたいが、付き合っているということを隠したいのは俺のエゴだ。
それが陽菜にとって苦しいものになるのなら、関係をオープンにすることも考えた方がいいか。そうすればこそこそ隠れて密会する必要もなくなるが……あまり甘やかしすぎるのも考え物だしなぁ。
家での距離感を外にまで持ち込むのは非常に危険だ。このままいつ何時でも一緒にいるのが当たり前という認識のままでいられては、今後の学校生活が心配になる。
陽菜の悲しむ姿は見たくないが、ここは心を鬼にして厳しくするべきなのか……。
とても悩ましい。
まさか二学期初日からこのような葛藤で頭を悩ませることになるとはな……。
とりあえずそれはいったん置いておこう。こういうのは一人で決めるべきじゃない。帰ってからゆっくりと話し合おう。
目先の悩みを頭の片隅に押し込んで、いつものようにボーっとしながらホームルームまでの時間を潰す。
クラスは夏休み明けということもあってまだ浮き足立っている。
友達同士で遊び尽くした者、部活に精を注いだ者、勉強に打ち込んだ者、様々な過ごし方をしただろう。
積もる話で会話に花を咲かせて、大いに盛り上がっている。
そんな中、少し離れた位置で話している女子グループの声が耳に入った。
別に聞き耳を立てているわけじゃない。単純に話し声が大きくて、勝手に耳に入るだけだ。
「えっ! 部活の先輩と付き合い始めたの?」
「ちょっと、声大きいって」
「ごめんごめん。で、経緯を詳しく」
「どこが好きになったの?」
「告白したの? されたの?」
「バスケ部の2年の先輩。レギュラーだし、背が高くてイケメンでかっこいいの」
「いいなー」
「バスケ部って他にフリーでかっこいい人いる? いたら紹介してよ」
あまりにも大っぴらに行われる恋バナ。
これほどまでにオープンに話すということは聞かれて困ることでもないのか。
矢継ぎ早に質問攻めにされる女子も普通に答えている。
見知らぬ女子生徒の恋愛事情など興味はないが、その女子グループの会話で一つ気になったことがある。
それは好きになった理由である。
聞こえてきた話を整理すると、その子は男子バスケ部のマネージャーで、先輩と夏休みの間に付き合い始めたらしい。
その先輩とやらはレギュラーに選ばれている。バスケの実力も高いだろうし、背が高くてイケメンという容姿も優れているみたいだ。
聞いている限りではとても魅力的だろう。
そういった人より優れた何かを持っているというのに惹かれるのは至って普通のことだ。
そして、その最たる例は陽菜だろう。
入学間もない頃からその美貌で男子共を虜にし、一目惚れによる告白が相次いだのはまだ記憶に新しい。
かわいいから付き合いたい。かっこいいから付き合いたい。容姿がその人のすべてではないが、好みであるか判断するのに大切な要素であることは自明だろう。
(……俺ってどうして陽菜と付き合えたんだろうな?)
いつからか俺に向いていた陽菜の好意。
それが育まれるにあたってどんな理由があったのだろうかとふと気になってしまった。
彼女はいったい俺の何に惹かれたのだろうか。
印象的な出会いをしたとは思うが、それ以外に何かあっただろうか。
俺は至って普通の男子高校生。
自分で優れていると思うところは特にない。背もそれなりだし、容姿も普通だと思う。
そんな俺にあの高嶺の花三上陽菜がどうして……と今更ながら思ってしまったが、別に深刻に考える必要はないか。
(別に理由なんて無くても、俺が陽菜を好きで、陽菜が俺を好きでいてくれるならそれでいい……よな?)
きっかけがなんだったのか俺には分からないが、きっと陽菜にもそういう何かがあったのだろう。
あれだけ男子から告白を受けてもなびかなかった陽菜が、俺にだけ心を許してくれた何かが。
それに、俺だっていつの間にか陽菜に惹かれていて、気がついた時には心を許していた。
つまり……そういうことなんだろう。
(でも……やっぱりちょっと興味あるな。後で聞いてみようかな)
考える必要はないと頭の中から追い出そうとしたが、思ったより気になっているのか中々興味が失せない。
好きに理由なんて無くてもいいと頭では思っていても、心が知りたがっている。
もしかしたらこの問いを投げかけることで困らせることになるかもしれないが、今日はもう散々困らされたし、多少やり返してもいいだろう。
(そういや陽菜……大丈夫かな?)
そんなことを考えてしまったからか、俺の頭は陽菜のことでいっぱいになってしまった。
別クラスの彼女が、涙目になっていないか……無性に心配だ。
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