二学期
第121話 二学期の始まり
温泉旅行を終え、残りの夏休みも消化したところで、二学期の始まりが訪れた。
部活には所属しておらず、課外授業などもなかったため、実に久しぶりに腕を通す学生服だ。
夏休みの課題などを含めた必要なものは昨夜のうちに鞄に詰めて用意してある。
比較的余裕のある朝。
夏休み明けということで、いつまでも夏休み気分が抜けないことが心配だったが、温泉旅行から帰って来てからは二学期に向けて生活リズムを整えて準備したから切り替えはきちんとできている。
……俺は。
「うぅ……玲くんと離れ離れ……。死んでしまいます」
「大袈裟だな」
「大袈裟じゃないですよぉ……。私にとっては死活問題です……」
朝ごはんを食べながら陽菜は死んだ目をして呻いている。
きっちり早起きをして、いつものようにおいしいご飯を作って食卓を共にするところまではよかったが、いざ登校が近付くとこんな感じだ。
夏休みは本当にいつも一緒にいたからなぁ。
それに比べると学校では当然離れる時間も多くなる。クラスも違うし仕方のないことなのだが、陽菜はそれを受け入れられないのか、ぼそぼそと呪詛を垂れ流していて怖い。
「何かの間違いでクラス替えが行われていたりしないでしょうか?」
「ないな。この時期にクラス替えはない。仮にあったとしても同じクラスになれるかは分からないぞ」
「ぐっ……早急に教師陣を掌握……」
「やめなさい」
席替えならともかくとして、この時期にクラス替えを所望とは中々思い切った発想だな。
そんな席替え感覚でころころクラス変わったら困るだろ。学校だって考えてクラス編成してるだろうから、そんな簡単に言ってやるな。
あと、しれっととんでもないこと口走ってるけど、ハイライトが消えた目で言われるとガチでやりそうだから怖い。
やめてね。気付いたら学校が陽菜に支配されてるとか嫌だからね。
「むぅ……玲くんは私と離れて寂しくないんですか?」
「学校で一緒にいられなくても家で一緒に過ごせるからな。多少は寂しいけど陽菜ほどじゃない」
同棲しているからむしろ他のカップルと比べて格段と一緒に過ごしている時間は長いはずだ。
通常のカップルは学校の限られた時間しか共に過ごせない。放課後などを含めてもそれなりに短いと思う。
平日学校にいる時間しか顔を合わせることができないのと、学校にいない時間は一緒にいられるのではどちらが恋人と過ごす時間を確保できるか。学校では授業の時間が大半を占めているため、どちらが長いかは一目瞭然だろう。
「それはそうですが……夏休みずっと一緒に過ごすのが当たり前になっていたので、いきなり長時間の隔離は命の危険が危ないです」
「危険が危ない……なるほど?」
隔離……なのか?
登校して授業を受ける学生として当然の行いが、いつから命の危険を伴うものになってしまったのか……。
「こうなったら転校して、玲くんのクラスに配属されるまで転校を繰り返すガチャを……!」
「やめなさい」
「では、どうすればいいんですか? 私を見捨てるんですか?」
「そうは言ってないけど……困ったなこりゃ」
冗談みたいなやり取りだが、陽菜にとっては切実なものなのだろう。
そこまで離れたくないと思ってくれるのは愛されている証拠なのだろうが、あまりにも学校生活に支障をきたしすぎている。
これ、大丈夫か?
「ほら、早く食べないと遅刻するぞ」
「うぅ……先行き不安過ぎてご飯が喉を通りません。あーんしてくれたら食べられるかもしれません」
「分かったから。優等生なんだから頑張ってくれ」
「頑張れません……おいし」
箸の進みが悪い陽菜をせっつくも、本当に先行き不安になってくる。
とりあえずあーんしてあげたら食べ始めたので朝食はなんとかなりそうだが……はたして登校はできるのだろうか。
「はぁ……憂鬱です」
「そう言うなよ。かわいい顔が台無しだぞ」
「だって……玲くんと離れてしまうんですよ? 深刻な問題です」
「その分帰ってからしっかり甘やかしてやるから頑張ろうな」
「……しっかりとはどのくらいですか?」
「まぁ……それなりに期待してくれ」
「言いましたね? 約束ですよ?」
あとが怖いがこうでもしないといつまでもぐずってそうなので仕方の無い対価だ。
これで頑張って学校に行ってくれるのなら喜んで甘やかそう。
「帰ったら玲くんがいっぱい甘やかしてくれると考えたらなんだが頑張れそうな気がしてきました……30分くらい」
「短いな、おい。始業式でアウトじゃねーか」
「始業式……授業……はぁ、まだ家にいるのにもう帰りたいです」
そう言って陽菜は俺の胸にすりすりと頭を擦り付けて抱き着いてくる。
宥めるように頭を撫でると気持ちよさそうにしているが、手を離すと悲しそうな顔で見つめてくる。
これは相当重症だな。
でも、反動がでかいだけでそのうちなんとかなるだろ……と思いたい。
出発前に帰りたいと言っているところ悪いが、とりあえず学校に向かうところからだな。
「ほら、準備するぞ」
「……やっ」
「嫌じゃないの。頑張るって約束したでしょ?」
不登校の子をなんとか学校に連れていこうとしているみたいだ。
これが学年首席の高嶺の花。クールビューティでお馴染みの三上陽菜の本当の姿だとは誰も思うまい。
「うぅ……頑張ったらちゃんといっぱい甘やかしてくださいね?」
「分かってる」
「約束ですよ?」
「分かったって」
言質を取るように何度も聞き返してくる陽菜。
若干涙目になってるところがかわいい。
「あ、あともう少しだけこうしててもいいですか?」
「あと5分な」
「……1時間」
「5分」
「2時間」
「延ばすな」
そうやって心を落ち着かせるために俺の胸で深呼吸を繰り返す陽菜がかわいい。
かわいいけど……とても心配だ。
まさか二学期の始まりがこんなにも前途多難になるとは思ってもみなかったな……。
◆
というわけで、二学期編始めていきます〜
引き続き応援よろしくお願いいたします!
感想、レビューなどどしどしお待ちしております……!
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